【豊橋市】吉田城とは?歴史・見どころ・アクセスを徹底解説|「出世城」と呼ばれる東三河最大級の名城

豊橋駅から約10分。豊橋観光で外せない「吉田城」

豊橋市を代表する歴史スポットといえば吉田城です。

豊橋公園内にある吉田城は、戦国時代から江戸時代にかけて東三河の政治・軍事の中心として栄えました。現在も石垣や堀が残り、復元された鉄櫓(くろがねやぐら)は豊橋のシンボルとなっています。

実は吉田城は「続日本100名城」に選ばれており、全国の城ファンからも注目される名城です。さらに歴代城主には徳川家康や酒井忠次、池田輝政など、日本史に名を残す武将たちが関わっていました。

吉田城とは?

吉田城は現在の愛知県豊橋市今橋町にある平城です。

築城は1505年(永正2年)頃、牧野古白によって「今橋城」として築かれたのが始まりとされています。その後、吉田城へと改称され、戦国時代には今川氏・戸田氏・徳川氏などによる激しい争奪戦の舞台となりました。

徳川家康と吉田城の深い関係

1564年、徳川家康は吉田城を攻略し、家臣の酒井忠次を城主に任命しました。

吉田城は三河統一の重要拠点となり、その後の徳川政権誕生にも大きく貢献した城として知られています。

豊橋の歴史を語るうえで、吉田城は欠かせない存在です。

姫路城との意外なつながり

1590年には豊臣秀吉の命により、池田輝政が吉田城へ入城しました。

池田輝政は城を大規模に整備し、現在も残る石垣や縄張りの基礎を築きました。

その後、池田輝政は姫路城の大改築を手掛けた人物として全国的に知られています。

つまり、

「姫路城を築いた名将が、その前に城主だった城」が吉田城なのです。 

「出世城」と呼ばれる理由

江戸時代には譜代大名が次々と城主を務めました。

歴代城主の多くが老中や京都所司代など幕府の重要職へ昇進したことから、

**吉田城は「出世城」**とも呼ばれています。

見どころ① 鉄櫓(くろがねやぐら)

現在の吉田城を象徴する建物が鉄櫓です。

昭和29年(1954年)に復元されたもので、内部は無料公開されています。

最上階からは

  • 豊川
  • 豊橋市街
  • 石垣
  • 豊橋公園

を一望できます。

歴史好きだけでなく写真撮影スポットとしても人気です。

見どころ② 野面積みの石垣

吉田城最大の見どころともいえるのが豊川沿いの石垣です。

自然石をそのまま積み上げる「野面積み」の技法が残っており、戦国時代から江戸初期の築城技術を今に伝えています。

川沿いから眺める石垣は迫力満点で、全国の城好きから高い評価を受けています。

見どころ③ 豊橋公園

吉田城跡は現在、豊橋公園として整備されています。

園内には

  • 美術博物館
  • 芝生広場
  • 桜並木
  • 四季折々の自然

があり、市民の憩いの場となっています。

春には約500本の桜が咲き誇り、東三河屈指のお花見スポットとしても人気です。

続日本100名城にも選出

吉田城は公益財団法人日本城郭協会が選定する

「続日本100名城」

にも認定されています。

全国からスタンプラリー目的で訪れる城ファンも多く、近年人気が高まっています。

アクセス

住所

愛知県豊橋市今橋町3(豊橋公園内)

アクセス

  • JR・名鉄「豊橋駅」から市電で約10分
  • 「市役所前」電停下車 徒歩約5分

入館料

無料

※鉄櫓内部は開館時間・休館日があります。夏季は開館時間が変更される場合があるため、事前確認がおすすめです。

吉田城周辺のおすすめ観光

吉田城を訪れたら周辺も散策してみましょう。

  • 豊橋公園
  • 豊橋市美術博物館
  • 豊橋市役所13階展望ロビー
  • 手筒花火関連スポット
  • 豊川沿いの散策路

徒歩圏内で豊橋の歴史や文化を満喫できます。

Q吉田城は誰が築いた?
A牧野古白が1505年頃に築いた今橋城が始まりです。後に吉田城へ改称されました。
Qなぜ「出世城」と呼ばれるの?
A江戸時代の歴代城主が幕府の重要役職へ昇進する例が多かったためです。
Q入場料は?
A鉄櫓の見学は無料です。
Q豊橋駅から近い?
A豊橋駅から市電で約10分、最寄り電停から徒歩約5分です。

まとめ

吉田城は、豊橋の歴史そのものを感じられる貴重な史跡です。

戦国武将たちが争奪戦を繰り広げ、徳川家康や池田輝政が関わった名城であり、「出世城」としても知られています。

復元された鉄櫓や美しい石垣、豊橋公園の自然を楽しめることから、歴史ファンはもちろん、家族連れや観光客にもおすすめです。

豊橋を訪れるなら、まず最初に立ち寄りたいスポットの一つといえるでしょう。

リアルタイム
サイト訪問者数
49