「北の国から」などで知られる脚本家の倉本聰さんが9月18日夕刻、多臓器不全のため自宅で死去した。91歳だった。倉本財団が28日、公式サイトで発表した。
葬儀は家族の意向により近親者で執り行われた。故人の遺志により、11月3日に北海道富良野市の富良野演劇工場で別れの会が予定されている。開始時刻や参加方法などの詳細は、今後公式サイトで案内される。
1977年に富良野へ移住 「北の国から」など手がける
倉本さんは東京都出身。東京大学文学部を卒業後、放送の世界に入り、1963年に脚本家として独立した。
1977年に北海道富良野市へ移住し、創作活動の拠点とした。1981年に放送が始まった「北の国から」をはじめ、「優しい時間」「風のガーデン」「前略おふくろ様」「昨日、悲別で」など、数多くのテレビドラマを手がけた。
テレビだけでなく映画や舞台でも創作を続け、幅広い作品を世に送り出した。
1984年に富良野塾 人材育成にも力注ぐ
倉本さんは1984年、脚本家と俳優を育成する「富良野塾」を開設した。
全国から集まった若者が共同生活を送りながら脚本や演技を学び、2010年の閉塾まで25期、26年間にわたって活動が続いた。
また、2000年に完成した富良野演劇工場には「創造役」として一から携わった。作品を生み出すだけでなく、次の世代を育て、演劇を発信する場所を富良野に築いてきた。
倉本財団は今回の発表で、倉本さんが残した作品や言葉、思いを今後も受け継いでいくとしている。遺族や関係者を静かに見守り、個別の問い合わせを控えるよう求めている。
編集部まとめ
倉本聰さんが富良野に残したものは、数々の作品だけではない。
脚本家や俳優を育てる場をつくり、舞台表現を発信する拠点にも携わった。作品を生み出すことと、次の世代が創作を続けられる環境をつくること。その両方に長く取り組んだことも、倉本さんの足跡の一つとなった。
週刊TAKAPI 編集部
特記事項
倉本聰さんが死去したのは9月18日夕刻で、倉本財団による公表は9月28日。死去から公表まで10日となったが、確認された公式発表では公表時期の理由は明らかにされていない。このため、週刊TAKAPIでは理由を推測して記載しない。
死去場所については「自宅」と発表されているが、具体的な市町村などは公表されていない。

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