「治療の一環だと思っていた」。
患者が歯科医師を信頼し、診察台に身を任せる。その関係を利用したとされる事件の審理が、静岡地方裁判所で続いている。
治療中の女性患者にわいせつな行為をしたなどとして罪に問われている、静岡市駿河区の歯科医師の男(50)。
2026年8月24日に開かれた追起訴分の公判で、男は起訴内容を認めた。
今回審理されたのは、男が院長を務める歯科医院を訪れていた当時19歳の女性患者に対する事件だ。
検察側によると、男は歯科治療を装い、女性の目元をタオルで覆った状態で「舌の運動」などと説明し、治療とは関係のない性的行為をさせたほか、その様子を動画で撮影したとされる。
これまでの公判でも、別の女性患者への同様の行為が次々と審理されている。7月14日の公判時点では、法廷で明らかになった被害者は4人となり、その後さらに別の女性について追起訴されていた。(FNNプライムオンライン)
問題は、一人の歯科医師の刑事責任だけにとどまらない。
患者が「治療だ」と信じた医療行為の中で、なぜ異変を見抜くことが難しかったのか。
当時19歳の女性に何があったのか
起訴状などによると、事件があったのは2025年8月。
女性は男が院長を務める歯科医院で治療を受けていた。
男は施術中、「顔に水が飛ぶ」などと説明して女性の目元をタオルで覆ったとされる。
その後、「舌の運動」と説明しながら、実際には治療とは無関係な性的行為を強要したという。
さらに、その状況を撮影した罪にも問われている。
8月24日の公判で男は、起訴内容について認めた。
「治療のため」と説明 患者は違和感を抱いていた
公判では、被害を受けた女性の供述調書も読み上げられた。
女性は治療中、通常の歯科治療とは異なる感覚に違和感を覚えていたという。
しかし、相手は治療を担当する歯科医師だった。
目元も覆われている。
そして「治療のため」と説明されている。
その状況で、患者側が即座に「これは治療ではない」と判断することがどれほど難しかったか。
今回の事件で重く見るべきなのは、この圧倒的な情報格差だ。
患者は医学的に何が必要な処置なのかを、医師ほど詳しく知ることはできない。
だからこそ医療は、患者と医療者との信頼関係によって成立している。
女性はその後、行為を拒否
女性側によると、その後の治療でも同様の行為を求められたが、女性が拒否したため、それ以降は行われなかったという。
事件が発覚するまでには時間を要した。
男から予約用LINEへの返信が来なくなったことなどに加え、別の女性患者をめぐる事件の報道を見た女性の姉が、今回の女性にも確認。
その後、母親が警察へ相談したことで被害が表面化したとされる。
これまでの別の公判でも、被害女性が家族へ相談したことや、別事件の報道をきっかけとして被害申告につながった経緯が明らかになっている。(FNNプライムオンライン)
「私が相談していれば」女性が抱えた思い
女性の供述調書では、被害に遭った当時に感じていた違和感だけでなく、その後の苦しい心境も明らかにされた。
女性は、自分がもっと早く周囲へ相談していれば、別の被害を防げたのではないかという趣旨の思いを語ったとされる。
しかし、本来問われるべきなのは、被害者が「なぜ早く言わなかったのか」ではない。
患者が異変を訴えなくても不適切な行為を防げる医療環境になっていたのか。
そこではないだろうか。
治療を受けている患者が、医療者の説明を疑わなければならない状況そのものが異常だ。
これまでの公判でも「治療」を装った行為
今回が初めての審理ではない。
7月14日に開かれた別の追起訴分の公判でも、当時10代だった女性患者に対し、「舌の運動」と称して治療とは無関係な性的行為をさせ、その様子をスマートフォンで撮影したとして審理が行われた。
この公判でも被告側は公訴事実を争わなかった。(FNNプライムオンライン)
さらに同日時点で、別の女性への事件についても追起訴されており、被害者は計5人になったと報じられていた。(FNNプライムオンライン)
今回の8月24日の公判も、その一連の事件を審理するものとなった。
なぜ患者は気付きにくかったのか
歯科治療には、患者側から施術内容を直接確認しづらいという特徴がある。
診察台では体を倒す。
口を開ける。
器具を使う。
処置によっては顔や目元を覆うこともある。
そして患者は、「何をされているのか」を医療者からの説明に頼ることになる。
今回の起訴内容が事実として認定されれば、こうした歯科診療特有の環境と患者からの信頼が、逆に利用されたことになる。
「治療と言われたから従った」
という患者の心理を、単純な自己防衛の不足として片付けてはいけない。
「密室の診療」をどう安全にするのか
これまでの公判では、被告が他のスタッフがいない状況で女性患者の診療を受け入れていたとされるケースも明らかになっている。(FNNプライムオンライン)
ここから浮かぶのは、診療所の安全管理という問題だ。
もちろん、すべての歯科治療に複数のスタッフを配置できるわけではない。
また、一人で診察すること自体が直ちに問題というわけでもない。
しかし、患者が治療内容を確認しづらい医療分野だからこそ、
治療内容を事前に説明する。
必要性を患者が理解できる言葉で伝える。
通常とは異なる処置では明確な同意を得る。
診療記録を適切に残す。
院内で不適切な行為を起こしにくい環境を整備する。
といった基本的な仕組みが重要になる。
歯科医療全体への不信につなげてはいけない
今回の事件は重大だ。
一方で、一人の被告の事件を理由に、歯科医師や歯科医院全体を疑うような見方も適切ではない。
静岡県歯科医師会や地域の歯科医師会には多数の歯科医師が所属し、地域住民の歯科医療や健診、休日診療などを担っている。(静岡県歯科医師会)
だからこそ重要なのは、
一部の重大事件によって医療全体への信頼が損なわれないよう、業界や行政が安全確保の仕組みを検証すること
だ。
患者に「怪しいと思ったら自分で見抜いて」と責任を負わせるだけでは、十分な再発防止とは言えない。
7回の逮捕 長期化する捜査と裁判
男は同種の事件をめぐり、これまでに7回逮捕されたと報じられている。
複数の女性患者について捜査、起訴が順次進められてきたため、静岡地裁では追起訴分を一件ずつ審理する形が続いている。
7月14日の公判でも別の追起訴事件が扱われ、被告は起訴内容を争わなかった。(FNNプライムオンライン)
そして今回も被告は起訴内容を認めた。
次の公判は10月16日に予定されており、引き続き追起訴された事件について審理が行われる見通しだ。
週刊TAKAPIの視点|問われるのは「医師だから信じた」という構造
この事件を単に「歯科医師によるわいせつ事件」として読むだけでは、重要な部分を見落とす。
患者は医師を信用する。
治療に必要だと説明されれば、専門知識のない患者側は従うことが多い。
その信頼関係がなければ医療は成立しない。
だからこそ、医療者側には一般のサービス業以上に強い倫理と説明責任が求められる。
今回の裁判で明らかになっているのは、まさにその「信頼」が背景にあったとされる事件だ。
患者側が違和感を感じながらも、すぐには被害として認識できなかったことを責めるべきではない。
検証すべきなのは、
なぜ医療行為と信じ込ませることが可能だったのか。
院内で不適切な行為を防止・発見する仕組みは十分だったのか。
複数の被害が表面化するまで、なぜ止めることができなかったのか。
という点だ。
刑事裁判では今後、それぞれの起訴事実に対する責任が判断されることになる。
同時に、医療機関や関係団体にとっては、患者が安心して診療を受けられる環境をどう守るかという課題が残る。
週刊TAKAPIでは、10月16日に予定される次回公判や、今後の論告・求刑、判決まで引き続き確認する。
担当記者|週刊TAKAPI編集部
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