漫才コンビ「中田カウス・ボタン」で長年活躍した中田ボタンさん(本名・藤長明さん)が9月14日、大阪府内で亡くなったことが19日、分かった。78歳だった。複数の報道機関が関係者への取材として伝えた。葬儀・告別式はすでに近親者による家族葬で執り行われたという。
ボタンさんは晩年、肺がんと闘っていた。2019年に体調不良で芸能活動を休止。その後、2023年に吉本興業とのマネジメント契約を終了し、事実上、第一線から退いていた。
1967年に中田カウスさんとコンビ結成
ボタンさんは1948年4月12日、香川県生まれ。1967年に中田カウスさんと「中田カウス・ボタン」を結成した。
当時の漫才師はそろいのスーツ姿が一般的だったが、2人はジーンズ姿で舞台に立つなど、それまでの漫才師とは違うスタイルでも注目を集めた。「アイドル漫才師」として若者から支持され、上方漫才を代表するコンビの一つとなった。
コンビとして上方漫才大賞を3度受賞。長年にわたり上方漫才界の第一線で活動した。
2019年に休養 舞台への復帰はかなわず
転機となったのは2019年だった。
ボタンさんは同年3月、体調不良のため一時休養すると発表。なんばグランド花月などの舞台出演を取りやめ、療養生活に入った。
日刊スポーツによると、ボタンさんは休養前から体調の異変を抱えており、その後、肺がんの治療を受けた。闘病を続けながらも、コンビとして本格的に舞台へ復帰することはなかった。
2023年に吉本興業との契約終了
2023年2月には、長年所属してきた吉本興業とのマネジメント契約を終了した。
日刊スポーツによると、ボタンさん本人から「区切りをつけたい」と申し出たとされ、これをもって芸能活動は事実上の引退状態となった。
ただ、その後まったく公の場から姿を消したわけではなかった。
2024年10月には大阪・天満天神繁昌亭で開かれた桂小文枝さんの芸歴55周年公演にサプライズ出演。久しぶりにファンの前に姿を見せた。
「ステージ4の肺がん」を公表
ボタンさんは桂小文枝さんのYouTubeチャンネルにも出演し、自身がステージ4の肺がんだったことを明らかにしていた。
厳しい治療を経験しながら、リハビリにも取り組んでいたという。表舞台から離れて以降も旧知の芸人らとの交流は続き、2024年の舞台出演では間寛平さん、桂小文枝さんとトークを繰り広げ、会場を沸かせた。
しかし、長年コンビを組んだ中田カウスさんと再び本格的な漫才を披露することはかなわなかった。
「中田カウス・ボタン」が残した足跡
中田カウス・ボタンは、昭和から平成にかけて上方漫才を支えたコンビの一つだった。
若い時代から型にはまらない衣装やスピード感のあるしゃべくりで人気を集め、ベテランとなってからも舞台で活動を続けた。ボタンさん自身の私生活をカウスさんがネタにする掛け合いも、コンビを象徴するスタイルとして知られた。
1967年のコンビ結成から半世紀以上。肺がんとの長い闘病を経て、ボタンさんは78年の生涯を閉じた。
中田ボタンさんはいつ亡くなった?
関係者への取材をもとにした複数の報道によると、2026年9月14日に死去した。訃報は19日に伝えられた。78歳だった。
中田ボタンさんの死因は?
ボタンさんがステージ4の肺がんを患い、長年治療を続けていたことは明らかになっている。一方、19日夜時点で確認できた主要報道では、訃報と肺がん闘病について伝えているものの、死因を明示していない報道もある。そのため、肺がんを直ちに直接の死因と断定するのは避ける必要がある。
特記事項
中田ボタンさんの死去については、2026年9月19日に複数の報道機関が関係者への取材をもとに報じています。死亡日は9月14日、享年78。葬儀・告別式はすでに家族・近親者を中心に執り行われたとされています。
週刊TAKAPI編集部:黒木

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