沖縄県那覇市の魚市場で売られていた「ちょっと珍しい魚」。研究者が詳しく調べてみると、これまで日本では一度も記録されていなかったヒメジ科の希少種だったことが分かった。
琉球大学の研究チームは、沖縄県・北大東島沖で漁獲されたヒメジ科ウミヒゴイ属の「Parupeneus moffitti」を日本から初めて記録したと発表した。
しかも、この魚は世界でも過去にマリアナ諸島から3標本が知られていただけ。今回が世界で2例目、標本として4個体目となる極めて珍しい記録だ。
研究チームは新たな標準和名として、「コトウヒメジ」を提唱している。
発見の舞台は海ではなく「魚市場」
今回の研究の始まりは、調査船による深海調査でも、特別な採集プロジェクトでもなかった。
きっかけは、那覇市内の鮮魚流通販売施設「泊いゆまち」だった。
当時、琉球大学大学院生だった金子哲平氏が、鮮やかな赤色の体と2本のあごひげを持つ珍しい魚が販売されていることに気づき、研究用標本として購入。大学へ持ち帰った。
ヒメジ科の魚は沖縄県内で「かたかし」として流通し、スーパーなどに並ぶこともある食用魚だという。
一見すると市場に並ぶ魚の一つだったが、この1匹が非常に珍しい存在だった。
日本のウミヒゴイとは「何かが違う」
標本を詳しく調べたのは、ヒメジ科ウミヒゴイ属を研究していた篠田将太郎氏だ。
魚のひれやひげの長さ、鰓耙(さいは)の数、体の色彩などを確認すると、それまで日本で知られていたウミヒゴイ属の魚とは特徴が異なっていた。
そこで世界で知られているウミヒゴイ属35種と比較した結果、魚の正体がParupeneus moffittiであることが判明した。
この種は1993年、グアムと北マリアナ諸島のアナタハン島から得られた計3標本をもとに学名が付けられた。
ところが、それ以降は追加の採集記録がなかった。
つまり今回の1匹は、約30年ぶりとなる追加記録で、世界で2例目、日本では初めて確認された個体だったことになる。
市場の魚はどこで獲れた? 流通経路を追跡
ただ、市場で購入しただけでは、その魚がどこの海に生息していたのかは分からない。
研究チームは泊いゆまちや沖縄県漁連のイマイユ市場、北大東村水産組合などの協力を得て流通経路を追跡した。
その結果、この個体は北大東島の北東沖、水深約180メートルで漁獲されていたことが確認された。
北大東島を含む大東諸島の周辺は、水深1000メートルを超える深海に囲まれている。
特に水深100~300メートルほどの「トワイライトゾーン」は、通常のダイビングでは調査が難しく、魚類相について分かっていない部分も多い。
市場に流通した魚を調べることが、こうした調査の難しい海域の生物を知る手掛かりになった形だ。
遺伝子解析でも「別種」を確認
今回の研究では、Parupeneus moffittiについて初めて遺伝子解析も実施された。
その結果、ハワイに生息する形態のよく似た「Parupeneus chrysonemus」と近縁であることが示された一方、遺伝的には別種と判断できる違いが確認された。
コトウヒメジには、
- ひげが長い
- 黒色の帯や斑点がない
- 背中に桃色の縦帯がある
といった特徴があるという。
新しい和名は「コトウヒメジ」
Parupeneus moffittiには、これまで標準和名がなかった。
研究チームは今回、「コトウヒメジ」という新たな標準和名を提唱した。
名前の由来となったのは「孤島」だ。
これまで確認された場所はマリアナ諸島と大東諸島。いずれも主要な陸地から遠く離れ、過去に大陸とつながったことがない「海洋島」にあたる。
その特徴を反映して「コトウヒメジ」と名付けられた。
なぜ北大東島に? 離れた島々のつながり示す記録に
今回の発見は「珍しい魚が日本で見つかった」というだけではない。
Parupeneus moffittiが含まれる「posteli種群」は、紅海に生息する1種を除き、ほかの4種が海洋島からのみ記録されている。
研究チームは、今回北大東島で同種が確認されたことについて、大東諸島とマリアナ諸島をはじめとする海洋島との生物地理学的なつながりがあるという従来の仮説を、さらに裏付ける成果としている。
魚市場に並んでいた、たった1匹の魚。
その1匹を研究者が見逃さなかったことで、日本の魚類相に新たな1種の記録が加わった。
研究成果は篠田将太郎氏、金子哲平氏、小枝圭太助教によってまとめられ、動物分類学の学術誌「Species Diversity」に掲載された。論文タイトルは「First Japanese Record of Parupeneus moffitti (Teleostei: Mullidae) from Kitadaito Island」で、2026年9月3日に公開されている。
「コトウヒメジ」は新種なの?
今回のコトウヒメジは、新種として発見された魚ではない。
Parupeneus moffittiという種自体は1993年に学名が付けられている。今回の研究のポイントは、この種が日本の海域から初めて記録されたことと、これまで存在しなかった日本語の標準和名「コトウヒメジ」が提唱されたことにある。
世界的に見ても今回が2例目、標本として4個体目という希少な記録となった。
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週刊TAKAPI編集部:黒木

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