【愛知・名古屋】防衛省研究費「最大20億円」で名大初採択 池内名誉教授「一線越えた」 平和憲章との整合性が焦点

名古屋大学が防衛省の研究支援制度に初採択され、最大20億円の研究費と平和憲章との整合性が議論となっていることを伝える報道画像

防衛省が軍事分野への応用を見込む基礎研究に資金を提供する「安全保障技術研究推進制度」で、名古屋大学の研究課題が初めて採択された。最長5年間で最大20億円の補助を受けられる制度だが、軍事研究に慎重な立場を取ってきた大学の理念との整合性をめぐり、研究者らが反発している。

10月25日、名古屋市内で記者会見を開いた名古屋大学の池内了名誉教授らは、研究成果が防衛省によって軍事利用されるのであれば軍事研究に当たると主張し、大学側の判断を批判した。

名古屋大学では1987年、学生や教職員らが中心となって「名古屋大学平和憲章」を制定。2018年には防衛関係機関からの研究資金の受け入れを原則認めない基本方針も決定している。

今回採択されたのは、通信技術などへの応用が期待される半導体の基礎研究だ。研究そのものが兵器開発を目的としているわけではないが、大学が長年掲げてきた理念と防衛省からの資金提供を、どのように両立させるのかが問われている。

最大20億円の対象は高性能半導体 次世代通信への応用も

防衛装備庁が10月20日に公表した採択資料によると、名古屋大学で選ばれたのは、大学院工学研究科の須田淳教授による「ミリ波帯AlN/GaN/AlN高電子移動度トランジスタの開発」である。

窒化アルミニウムや窒化ガリウムといった半導体材料を使い、高い周波数帯で動作する高出力トランジスタの開発を目指す。次世代の高速通信などに役立つ可能性があり、民間の通信機器だけでなく、防衛分野の通信・電波関連技術にも応用が考えられる。

今回の研究は補助事業として採択され、研究期間は最長5年間、研究費の上限は20億円。ただし、これは補助金の上限額を示したもので、名古屋大学に既に20億円が支払われたという意味ではない。

防衛装備庁が公表した研究概要にも、特定の兵器や防衛装備品を直接開発する計画は記載されていない。

39年前の平和憲章 8,523人が署名した名大の原点

今回の問題が注目される背景には、名古屋大学が約40年にわたって積み重ねてきた議論がある。

1983年、学生自治会による提案をきっかけに始まった平和憲章制定運動は、学生や教職員を巻き込む学内の取り組みに発展した。1987年2月5日には豊田講堂で約1,200人が参加する制定宣言大会が開かれ、同年3月までに集まった署名は8,523人。当時の大学構成員の約58%に相当する規模だった。

憲章には、戦争を目的とする研究や教育に加担せず、軍関係機関との共同研究や研究資金の受け入れを拒むという考え方が盛り込まれた。

もっとも、この平和憲章は大学構成員による制定運動から生まれた理念文書であり、大学の役員会が決定する研究審査の規則と同一ではない。

名古屋大学は2018年9月14日、別途「軍事的安全保障研究の取扱いに係る基本方針」を役員会で決定した。この方針では軍事的利用を目的とする研究を行わず、防衛を所管する公的機関から資金を受ける研究も原則実施しないと規定する一方、人道上の目的が明白で、成果の公開性が確保されるなどの条件を満たし、学内審査で認められた場合には例外を設けていた。

したがって、過去の基本方針だけを根拠に今回の採択を規定違反と断定することはできない。2026年の応募時点でどのような審査基準が適用されたのか、改めて確認する必要がある。

池内名誉教授が反発 研究費への依存にも懸念

25日の会見で池内名誉教授は、防衛省による軍事利用を前提とするなら軍事研究に当たるとして、名古屋大学が踏み越えてはならない一線を越えたと批判した。

会見に参加した研究者らは、軍事研究に関わらないという姿勢を守るべきだとする声明を発表。池内名誉教授は、一度研究資金を受け入れると関係を断つことが難しくなるとして、資金への依存が研究活動に与える影響を懸念した。

名古屋大学職員組合も10月13日付の声明で、軍事にも利用できる技術を研究することと、将来の軍事利用を想定した制度から研究費を受け入れることは異なると指摘している。

組合は研究費の確保に苦しむ研究者個人を非難する立場ではないとも説明し、大学が組織として研究資金の受け入れを判断する責任を強調した。20日には杉山直学長に対し、平和憲章の理念と今回の採択との整合性について説明を求める質問・要請書も提出している。

防衛省は「研究に介入しない」 小泉防衛相は大学の姿勢変化を歓迎

一方、防衛装備庁は同制度について、研究成果の公表を制限せず、防衛省職員が研究内容に介入することもないと説明している。研究成果を秘密に指定することもないという。

ただし、研究によって生じた知的財産権については、国や国が指定する第三者への実施権の許諾を求める場合があるとしている。

小泉進次郎防衛相は20日の記者会見で、民生分野と防衛分野を明確に分けることが難しくなっているとの認識を示し、大学や学術界との連携を進める必要性を強調した。名古屋大学の研究についても、高度な半導体技術による超高速通信の実現などにつながる基礎研究として、外部有識者が科学的・技術的な観点から評価したと説明している。

研究成果が民生と防衛の双方に利用され得ることを前提に支援を進める防衛省と、研究費の出所や将来の利用目的まで含めて慎重に判断すべきだとする研究者側。両者の見解は、研究そのものの価値というより、成果の利用と研究機関の責任をどこまで考慮するかという点で隔たりがある。

大学からの応募は291件 東三河の豊橋技術科学大学も採択

防衛装備庁によると、2026年度の制度への応募は560件で、前年度の340件から220件増加した。このうち大学等からの応募は、前年の123件から291件に増え、採択された47件のうち30件を大学等が占めた。

愛知県内では、豊橋技術科学大学の南哲人氏による「上下空間の知覚バイアスの発生メカニズムと共通原理の検証」も委託事業として採択されている。

人が同じ対象を見上げた場合と見下ろした場合の認識の違いを、行動や脳波、瞳孔の計測などから調べる基礎研究だ。名古屋大学とは研究分野も支援の形態も異なるが、防衛省の同じ制度で採択されたことになる。

大学からの応募が急増した理由については、制度の周知や研究資金を確保する必要性など複数の要因が考えられる。応募件数の増加だけで、学術界全体が軍事研究への方針を転換したと結論づけることはできない。

名古屋大学はどの基準で応募を認めたのか

今回の採択をめぐって確認が必要なのは、研究内容が軍事目的に直接結びつくかどうかだけではない。

2018年の基本方針には、研究資金の提供元に関する原則と、一定の条件を満たした場合の例外が明記されていた。名古屋大学が今回の応募に当たり、その例外を適用したのか、あるいは審査基準や運用を変更したのかは、確認できた公開資料からは判然としない。

研究課題の科学的な価値と、大学が研究資金を受け入れる判断は、それぞれ異なる審査を要する問題である。

研究の独立性や成果の公開性を保障する制度であっても、大学が掲げる理念との整合性を検討する必要は残る。反対に、防衛省からの資金提供を受けるという事実だけで、研究者が兵器開発に関与したとみなすことも適切ではない。

大学側がどの規定に基づいて判断し、どのような審査を経たのか。その説明が、今回の議論に欠かせない。

編集部まとめ

名古屋大学の初採択は、研究資金をめぐる一大学の判断にとどまらず、日本の大学が安全保障と科学技術の関係をどう考えるのかという問題を浮かび上がらせた。

防衛省は研究の自由を尊重すると説明し、研究者側は資金提供元との関係が将来の研究活動に影響することを懸念する。どちらの主張を検討するにしても、研究の実態と制度の条件を正確に把握する必要がある。

名古屋大学が明らかにすべきなのは、今回の採択をどう評価しているかという結論だけではない。1987年の平和憲章を受け継ぐ大学として、2018年の基本方針を現在どう運用し、応募をどのような手続きで認めたのかという判断の経緯である。

その説明なしに、今回の採択が大学の理念と整合しているかを検証することは難しい。

特記事項

本記事は、2026年10月25日までに公表された防衛装備庁の採択資料、防衛大臣記者会見録、名古屋大学の歴史資料、2018年決定の軍事的安全保障研究に関する基本方針、職員組合の声明、同日の研究者らによる会見内容を照合して構成した。

名古屋大学の現行の審査規定、今回の応募に関する学内審査の具体的な内容、研究費の実際の交付額については確認できていない。名古屋大学への新たな直接取材による回答を得たものではなく、研究成果の軍事転用や学内規定への違反があったと断定するものではない。

Q名古屋大学は防衛省から20億円を受け取るのですか?
A採択された研究は、最長5年間で最大20億円の補助対象です。20億円全額の交付が決定したわけではありません。
Q名古屋大学が開発するのは兵器ですか?
A公表された研究課題は、次世代通信などへの応用が期待される高性能トランジスタの基礎研究です。特定の兵器を直接開発する内容は確認されていません。
Q名古屋大学の平和憲章に違反するのではありませんか?
A研究者らから理念との整合性を問う声が出ています。ただし、平和憲章と大学の研究審査規定は同一ではなく、現行の規定や具体的な審査過程を確認しなければ違反とは断定できません。
Q防衛省は大学の研究を軍事目的に利用できるのですか?
A防衛装備庁は研究内容には介入せず、成果の公表も制限しないと説明しています。一方、研究成果の知的財産については、国などへの実施権の許諾が求められる場合があります。
Q豊橋技術科学大学も防衛省の研究制度に採択されていますか?
Aはい。人間の上下方向の空間認識に関する基礎研究が、2026年度の委託事業として採択されています。

週刊TAKAPI 編集部/一条

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