佐々木朗希を支えるトレーナー・大久保研介さんが語る「俺たちのアメリカン・ドリーム」
ロサンゼルス・ドジャースのクラブハウスで、ひときわ静かに、しかし確かな存在感を放つ日本人がいる。
愛知県豊橋市出身のトレーナー、大久保研介さん(43)。
現在、ドジャースで佐々木朗希投手を支える存在として、コンディショニング、ケア、そしてコミュニケーション面まで幅広くサポートしている。
大谷翔平、フレディ・フリーマンらスター選手が並ぶ世界最高峰の舞台。その中で、佐々木が心身を整え、マウンドへ向かうまでの時間を、最も近くで見守る男だ。
「彼の目標は俺の目標。全力でやりきるだけです」
穏やかな口調の奥にあるのは、20年以上にわたる挑戦と、異国で積み重ねてきた覚悟だった。
豊橋から始まった野球人生
大久保さんが野球を始めたのは小学校4年生のころ。母に背中を押され、グラウンドへ向かったのが原点だった。
豊橋南高校では白球を追い続けたが、高校3年夏は初戦敗退。しかも最後の打者として試合を終えた。
「がむしゃらだけでは届かない」
その悔しさが、大久保さんの人生を変えた。
ただ努力するのではなく、どう努力するのか。身体をどう使い、どう整え、どう成長させるのか。やがて関心は、プレーヤーとしての野球から、選手を支える側の道へと向かっていった。
アメリカで味わった壁と、運命を変えた鍼灸との出会い
2002年、大久保さんは単身アメリカへ渡った。
アリゾナ州立大学で学びながら、言葉の壁、文化の違い、そしてアジア人としての偏見にも直面した。
差別的な言葉を浴びることもあった。
それでも折れなかった。図書館にこもり、知識を詰め込み、現場で必要とされる力を磨いた。
転機となったのは、大リーグのテストに挑んだ時だった。思うように体が動かず苦しんでいた大久保さんを救ったのが、一人の鍼灸師だったという。
「一発で治った。この技術はヤバい!」
その衝撃が、第二の人生の始まりだった。
帰国後、鍼灸の資格を取得。台湾プロ野球、元中日ドラゴンズの陳偉殷投手の専属トレーナー、千葉ロッテでの経験などを重ね、プロの現場で信頼を積み上げていった。
“令和の怪物”佐々木朗希との出会い
2018年、大久保さんは一人の高校生と出会う。
身長190センチを超える規格外の投手、佐々木朗希だった。
当時からその身体能力は別格。球団スタッフがデータ分析を行う際、平均値を大きく狂わせるほどの存在だったという。
初めて佐々木の動きを見た時、大久保さんは衝撃を受けた。
「この子、どうやって体を使っているんだ?」
並外れた出力を生み出す身体。
一方で、その才能を長く、強く、世界で戦える形にしていくには、細やかなケアと調整が欠かせない。
やがて佐々木本人から、こんな言葉をかけられた。
「米国に行く時は一緒に来てほしい」
その一言が、大久保さんの次なる挑戦を決定づけた。
トレーナーであり、通訳であり、“人間の橋”でもある
佐々木のドジャース移籍に合わせて渡米した大久保さん。
現在はトレーナーとして鍼灸やマッサージを中心にコンディショニングを担当し、オフシーズンの自主トレにも同行している。
さらに今年からは、通訳としての役割も正式に担うようになった。
単に言葉を訳すだけではない。
選手の体の状態、感覚、微妙なニュアンスを球団スタッフに伝え、逆に球団側の意図や方針を佐々木に届ける。
メジャーリーグの現場では、医療、トレーニング、戦術、メンタルが複雑に絡み合う。そこに言葉の壁が加われば、わずかなズレがパフォーマンスに影響することもある。
大久保さんはその間に立つ“人間の橋”だ。
昨年のワールドシリーズでは、万全とは言えない状態で中継ぎ登板に向かった佐々木の準備を間近で見守った。細部まで確認し、少しでも不安を減らす。その過程で、チーム内の連携の重要性を改めて感じたという。
「アジア人を甘く見るな」悔しさを力に変えて
大久保さんの言葉には、アメリカで戦ってきた者だけが持つ重みがある。
「アジア人を甘く見るな」
それは怒りだけではない。
偏見や壁にぶつかっても、結果で信頼を勝ち取ってきた自負だ。
選手として夢見たメジャーの舞台。
今はトレーナーとして、佐々木朗希という日本が誇る才能を支えている。
形は変わっても、夢は続いている。
「彼の目標は俺の目標」
佐々木が世界一を目指すなら、自分も同じ場所を目指す。
その覚悟があるからこそ、佐々木もまた大久保さんに背中を預けられるのだろう。
豊橋から世界へ 挑戦はまだ終わらない
現在43歳。
大久保さんは、自身の挑戦についてこう語る。
「志を立てるのに遅すぎることはない。俺も今からさらに上を目指してる」
豊橋のグラウンドから始まった野球人生は、アメリカで壁にぶつかり、鍼灸と出会い、プロ野球の現場を渡り歩き、今やメジャーリーグの名門ドジャースへとたどり着いた。
佐々木朗希がマウンドで剛速球を投げ込む時、その裏側には、日々の準備を支える一人の日本人トレーナーの姿がある。
派手なスポットライトを浴びることは少ない。
だが、スター選手の最高の一球は、こうした“支えるプロ”たちの積み重ねによって生まれている。
豊橋出身の大久保研介さん。
彼の挑戦は、佐々木朗希のメジャーでの物語とともに、まだ始まったばかりだ。

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