令和8年熊本地震で最大震度7を観測した熊本県氷川町で、高校1年の平山愛琉さん(16)が、地震発生直後に自宅で倒れているのが見つかり、その後、死亡した。
平山さんは7月28日、激しい揺れが収まった後、自宅2階の部屋で意識のない状態で発見された。病院へ搬送されたが、死亡が確認された。父親によると、病院からは首に重い損傷があり、地震の揺れで転倒するなどした可能性があるとの説明を受けたという。
妹が発見、近隣住民が心肺蘇生
家族の説明によると、平山さんを最初に発見したのは妹だった。
妹は119番通報を試みたものの、地震直後で電話がつながりにくい状態だったという。近所の住民が平山さんに心肺蘇生を行い、救急車の到着を待った。
救急車が到着したのは、発見から約1時間半後だったとされる。平山さんは病院へ運ばれたが、助からなかった。
父親の勝久さん(48)は、事故を直接目撃した人はいないとしたうえで、強い揺れによって平山さんが室内で転倒し、首を打った可能性があるとの認識を示している。
病院側からは、首以外に目立った外傷は確認されなかったとの説明を受けたという。ただし、当時の詳しい状況や正式な死因については、現時点で公的に明らかにされていない。
絵を描くことが好きだった高校1年生
平山さんは幼い頃から絵を描くことが好きで、今年4月、熊本市内の高校の芸術創造コースに進学したばかりだった。
将来は絵に関わる仕事に就きたいと話し、新しい学校生活の中で夢を膨らませていたという。
中学2年生の時には、高熱で救急搬送された父親を気遣う詩を書き、コンクールで受賞したこともあった。
父親は、平山さんについて、周囲を思いやる優しい娘だったと振り返る。仕事から疲れて帰った際には、頼むと嫌がらずにマッサージをしてくれたという。
「まだ信じられない」。突然娘を失った父親は、深い悲しみの中でその人柄を語った。父親や中学校の教員は、平山さんが絵を好み、困っている友人へ自然に手を差し伸べる生徒だったと振り返っている。
同級生や学校関係者が最後の別れ
8月2日に営まれた通夜には、同級生や学校関係者ら多くの人が参列した。
勝久さんは、参列した友人たちの姿を見て、平山さんが多くの人に支えられ、愛されていたことを改めて感じたという。
高校生活は始まったばかりだった。絵に関わる将来を思い描いていた16歳の命が、突然の激しい揺れによって失われた。
震度7、室内にも重大な危険
気象庁によると、震度7では立っていることができず、揺れに翻弄されて動けなくなることがある。固定されていない家具の多くが移動、転倒し、飛ぶ場合もある。
建物が倒壊していなくても、人が室内で転倒したり、家具や家電が移動したりすることで、頭部や首に重大なけがを負う危険がある。
気象庁は、日頃から家具を固定し、室内に安全な空間を確保することに加え、揺れを感じた際は、まず自分の身を守るよう呼びかけている。
編集部まとめ
平山愛琉さんは、絵を描くことを愛し、この春に高校生活を始めたばかりだった。
周囲を思いやり、家族にも友人にも優しく接していた16歳。その将来が、震度7の激しい揺れによって突然断たれた。
今回の詳しい発生状況は分かっていない。だからこそ、推測だけで事故の経緯を決めつけることはできない。
一方で、地震による危険は、建物の倒壊や火災だけではない。日常を過ごしている自宅の一室でも、強い揺れによる転倒が命に関わることがある。
平山さんが抱いていた夢と、家族や友人に残した優しさを静かに悼みたい。
週刊TAKAPI編集部/成田
特記事項
救急車の到着時間、通報時の状況、頸椎損傷に関する記述は、遺族の説明に基づいています。警察、消防、医療機関による正式な発表で新たな事実が判明した場合は、内容を更新します。
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