豊橋市教育委員会は2026年8月18日、市立学校などを結ぶ「情報教育ネットワークシステム再構築(仮)」に向け、事業者から技術、サービス、運用方法、費用などの情報を集めるRFI=情報提供依頼を始めました。市公式サイトでも同日、新規案件として公表されています。
対象は市立小中学校74校をはじめ、くすのき特別支援学校、豊橋高校、院内学級、家政高等専修学校、教育支援施設、教育会館、市役所内の教育関係部署など計83拠点です。
構想にはWi-Fi 7、ゼロトラストセキュリティ、顔認証を含む多要素認証、校務用パソコンの一元管理などが盛り込まれています。
ただし、今回のRFIは導入事業者を決定する入札ではありません。どのような製品やサービスを利用できるのか、導入・運用にどの程度の費用が必要になるのかを調べ、今後の調達仕様を固めるための市場調査です。
現行システム更新を機に校務DXを本格化
豊橋市は以前から、校務系と学習系ネットワークの統合や校務支援システムのクラウド化を検討してきました。
市の校務DX計画では、現在分離している校務系・学習系ネットワークについて、ゼロトラストセキュリティを前提に統合を研究するとしています。また、現在オンプレミス型で運用している校務支援システムについてもクラウド化を進める方向を示しています。
つまり、今回突然Wi-Fi設備だけを更新する計画が持ち上がったわけではありません。
豊橋市が進めてきた校務DXを、ネットワーク、認証、端末、クラウドまで含めた実際のICT基盤へ落とし込む段階に入ったとみることができます。
83拠点を1Gbps級で接続 25校では2回線化も
次期ネットワークでは、計83拠点について原則として下り1Gbps級の回線を準備する構想です。
児童生徒数が多い市立小中学校25校では、CATV回線とは別の回線も用意し、2回線化する案が示されています。
通信量が集中した際の負荷を分散するだけでなく、一方に障害が発生しても通信を継続できる環境を想定します。
「とよはしほっとプラザ中央」については、現在のLTE通信からCATVによる有線接続へ変更する案も盛り込まれました。
学校だけではなく、教育支援施設や教育委員会側まで含めたネットワーク再編です。
75校の無線LANをWi-Fi 7へ
学校内の無線LANも大幅な更新が検討されています。
対象は小学校52校、中学校22校、くすのき特別支援学校1校の計75校です。
一部のアクセスポイントが廊下にあり、教室内で通信が安定しない場所があることから、次期システムでは原則として各部屋への設置を検討します。
理科室などの共用教室や体育館も対象とし、アクセスポイントは現行から約2割増やす想定です。
規格として示されたのがIEEE 802.11be、いわゆる「Wi-Fi 7」です。
アクセスポイント1台につき少なくとも40台程度の端末がMicrosoft Teamsなどのテレビ会議を円滑に利用できる性能を想定し、2.4GHz、5GHz、6GHz帯への対応も検討します。
今回の再構築で何が変わるのか
技術用語は多いものの、大きく分けると今回検討されている変更は5つです。
- 学校のインターネット回線を高速化する
- 教室ごとのWi-Fi環境を強化する
- 学校外からでも安全に校務システムを利用できるようにする
- 指紋・顔認証などで「誰が利用しているか」を厳格に確認する
- 紛失したパソコンを遠隔停止するなど端末管理を強化する
中心にあるのは「学校の中だから安全」という従来型のネットワークからの転換です。
文部科学省も次世代校務DXについて、閉じた校務ネットワークだけに依存するのではなく、ゼロトラストの考え方に基づくアクセス制御を講じた上で、校務系・学習系ネットワークを連携・統合する方向を示してきました。
豊橋市の構想も、この国の方向性に沿ったものです。
教職員2320人、自宅や出張先から校務利用へ
大きな変更となる可能性があるのが、教職員が校務システムを使う場所です。
市は、教職員が自宅や出張先から校務支援システムや校務用ファイルサーバーへアクセスできる環境を想定しています。
対象として示されたのは教職員2320人、非常勤教職員460人、Windows 11を搭載した校務用パソコン2182台です。
その安全性を確保する考え方が「ゼロトラスト」です。
アクセスしてきた人や端末を最初から信用するのではなく、利用者、端末、接続状況などをその都度確認した上で、必要なシステムだけへのアクセスを許可します。
SASEやZTNAとは? 難しい用語を整理
RFIでは、SASE、ZTNA、SWG、CASB、DLP、DNSセキュリティといった専門用語も並んでいます。
読者側から見ると、役割は次のように整理できます。
- SASE=ネットワークとセキュリティをクラウド上でまとめて管理
- ZTNA=認証された利用者だけ必要なシステムへ接続
- SWG=危険なウェブサイトへのアクセスを防止
- CASB=クラウドサービス上での情報の扱いを管理
- DLP=個人情報など重要データの外部流出を防止
- DNSセキュリティ=危険な通信先への接続を遮断
個々の製品名が重要なのではなく、教職員が「学校の外」から仕事をする場合でも、校内と同等以上の安全性を確保するための仕組みです。
指紋認証に加えて「顔認証」
認証方法も見直されます。
現在、校務用パソコン2182台では指紋認証を使った多要素認証が行われています。
一方で市は、冬季の乾燥などによって指紋を読み取りにくい場合があることを課題として挙げています。
2182台のうち1282台には赤外線カメラが搭載されているため、次期システムでは指紋に加えて顔認証も利用できる認証基盤を検討します。
Windows Hello for Businessを採用するケースと採用しないケースの双方について、費用や運用性を含む提案を事業者に求めます。
紛失したPCを遠隔停止 USB利用も管理
2182台の校務用パソコンについては、端末管理の強化も検討されています。
WindowsやOfficeの更新管理、アプリの配布、USBメモリなど外部機器の制御、端末情報の管理、操作ログ保存、遠隔操作、ディスク暗号化などが対象です。
盗難や紛失が発生した場合には、遠隔操作で端末を使えなくする「リモートロック」や、保存データを消去する「リモートワイプ」も想定されています。
学校の回線を速くするだけでなく、端末を持ち出した場合の情報漏洩まで含めて設計することになります。
では、事業費はいくらになるのか
現時点で豊橋市は、今回の再構築に必要となる総事業費を示していません。
ここは今後の重要な焦点になります。
参考になる事例として、茨城県常総市が2026年に公募した「市立小中学校ICT環境更新事業」では、統合型校務支援システムの更新に加え、ゼロトラストネットワーク、ゼロトラストセキュリティ、ロケーションフリー環境、データ連携基盤、運用・保守などを含め、事業費限度額を5億8381万円としています。
ただし、これは豊橋市と同一条件の案件ではありません。
対象校数、利用者数、契約期間、含まれる機器やソフトウェア、既存設備をどこまで流用するかが異なるため、「豊橋市も5億円程度になる」という比較はできません。
むしろ、この事例から分かるのは、ゼロトラスト化や校務システム、端末管理、運用保守まで一体化した自治体の教育ICT更新は、単純なWi-Fi機器交換とは事業構造そのものが違うということです。
豊橋市の場合は83拠点、75校の無線LAN、2182台の校務用パソコンなどを対象としており、RFIで各社から提示される初期費用と継続的な運用費が、今後の事業規模を判断する材料になります。
全国でも進む「次世代校務DX」
豊橋だけの動きでもありません。
東京都は都内公立学校を対象に、統合型校務支援システム、クラウドツール、認証基盤、端末・ネットワークを含むゼロトラストセキュリティなどを共同化する「次世代校務DX」の方針を示しています。
京都府綾部市でも、教育ネットワーク更新に際し、文部科学省の方針を踏まえたゼロトラスト型システムへの移行を進めています。
学校ICTは「児童生徒に端末を配るGIGAスクール」の段階から、教職員側の校務やネットワークそのものをクラウド前提へ作り直す段階に移っています。
豊橋市の今回のRFIも、その流れの中に位置付けられます。
参加表明は8月31日まで
事業者による参加表明書の提出期限は8月31日です。
質問書は9月2日、情報提供資料は9月14日が締め切りです。
参加表明した事業者には、導入物品一覧やシステム全体の構成資料など、より詳細な資料が市から提供されます。
現段階では導入事業者、事業費、契約方式、採用製品はいずれも決まっていません。
今回のニュースの核心は「豊橋市がWi-Fi 7を導入すると決めた」ということではありません。
83拠点に及ぶ教育ネットワークについて、Wi-Fi 7、ゼロトラスト、校外からの校務利用、顔認証、端末管理まで含む具体的な条件を示し、次期システムの市場調査に入ったことです。
編集部まとめ
豊橋市が検討しているのは、学校インターネット回線の単純な更新ではありません。
83拠点の通信網を土台に、75校の無線LAN、2182台の校務用パソコン、教職員の校外アクセス、ゼロトラスト、顔・指紋認証などを一体的に再設計する構想です。
市自身もこれまでの校務DX計画で、ネットワーク統合とクラウド化を研究する方向を示してきました。
一方で、ここから先は費用とのバランスが問われます。
他自治体ではゼロトラストや校務システムを含むICT更新が数億円規模となる事例もありますが、対象範囲は自治体ごとに大きく異なります。豊橋市についても、現段階で総事業費を推測するのは早計です。
RFIを経て、どの技術を正式採用するのか。初期整備にいくらかかり、毎年どの程度の維持費が必要になるのか。
次の重要な続報は、調達仕様と予算額が具体化した時点になります。
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