【コラム】学校が「重大事態」と認めない、教育委員会も動かない――いじめ被害の後に始まる「行政との闘い」 疲弊する親子を誰が救うのか

いじめを受けた

子どもが学校へ行けなくなった

保護者は学校へ相談した

それでも、

「いじめとは確認できない」

「子ども同士のトラブルだ」

「重大事態には当たらない」

と説明される。

それならと教育委員会へ相談する。

ところが、

「まず学校と話してください」

「学校から報告を受けています」

「確認します」

と言われ、時間だけが過ぎていく。

その間にも、被害を受けた子どもの学校生活は失われていく。

そして保護者はいつしか、子どものケアだけではなく、学校との面談、教育委員会との交渉、メール、資料整理、制度の勉強、重大事態の申立て、第三者委員会への対応まで抱えることになる。

いじめを受けた家庭が、なぜ「被害を認めてもらうための闘い」までしなければならないのか。

週刊TAKAPIは、この構造そのものを真剣に考える必要があると考える。


いじめ76万9,022件、重大事態1,405件――ともに過去最多

まず現在の状況を数字で見たい。

文部科学省が公表した2024年度の調査によると、小中高校・特別支援学校で認知されたいじめは76万9,022件

前年度の73万2,568件から3万6,454件、5.0%増えた。

そして、いじめ防止対策推進法に基づく「重大事態」は1,405件

いずれも過去最多となった。

【統計図①】全国のいじめ・重大事態

項目2023年度2024年度増減
いじめ認知件数732,568件769,022件+36,454件
増加率+5.0%
重大事態1,306件1,405件+99件
重大事態の状況過去最多過去最多更新

重大事態だけを見ても、その増え方は顕著だ。

【統計図②】いじめ重大事態の推移

年度重大事態件数
2020年度514件
2021年度705件
2022年度923件
2023年度1,306件
2024年度1,405件

2020年度から2024年度までの4年間で、重大事態は514件から1,405件へ約2.7倍となった。

ただし、この増加を単純に「いじめが2.7倍になった」と読むことはできない。

制度への理解が進み、これまで表面化しなかった重大事態が適切に拾われるようになった影響も考慮する必要がある。

重要なのは、件数そのものだけではない。

重大事態1,405件のうち490件 事前に「いじめ」と認知されていなかった

2024年度の重大事態1,405件のうち、重大な被害を把握する以前から学校がいじめとして認知していたのは915件だった。

つまり、490件では重大な被害を把握するまで、いじめとして認知されていなかったことになる。

【統計図③】重大事態になる前に学校は「いじめ」と認知していたか

状況件数割合
事前にいじめと認知915件65.1%
事前に認知していなかった490件34.9%
合計1,405件100%

およそ3件に1件である。

文科省自身も、重大事態1,405件のうち相当数について、重大事態になるまでいじめとして認知できていなかったとして、未然防止、積極的な認知、早期発見・早期対応を改めて求めている。

この490件という数字は極めて重い。

早い段階で子どものSOSを拾えていたら。

保護者の訴えをもっと重く受け止めていたら。

担任だけで抱えず、学校いじめ対策組織に共有されていたら。

重大化を防げた事案はなかったのか。

一件一件、検証する必要がある。


「学校が重大事態と認めない」――しかし国のルールはかなり明確だ

ここは、いじめに苦しむ保護者にぜひ知ってほしい。

いじめ防止対策推進法が重大事態を規定するときに使っているのは、

「重大な被害が証明された場合」

ではない。

生命、心身または財産に重大な被害が生じた**「疑い」**。

あるいは、いじめによって相当期間学校を欠席することを余儀なくされている疑い

つまり、「疑い」の段階から調査する制度なのである。

文科省は2024年8月改訂の重大事態ガイドラインで、さらに明確にした。

児童生徒や保護者から重大事態の申立てがあった場合、法の要件上「重大事態に当たらないことが明らか」である場合を除き、重大事態として調査する必要がある。

そして、

「学校でいじめの事実を確認できなかった」

というだけでは、重大事態ではないとする理由として足りない。

重大事態に当たらないとするためには、学校や設置者側が、いじめが起こり得ないことを客観的・合理的な資料などによって説明する必要があるとガイドラインは示している。

これは非常に重要だ。

学校が、

「確認できませんでした」

と言えば終わる制度ではない。

「学校としてはいじめだと思っていない」でも調査は必要になり得る

文科省はさらに、

児童生徒や保護者から申立てがあった時点で、学校側が、

「いじめの結果ではない」

「重大事態とはいえない」

と考えていた場合であっても、重大事態として報告・調査等に当たる考え方を明示している。

それでも現実の個別事案で、

「学校が重大事態として認めない」

「教育委員会も動いてくれない」

という訴えが起きているのであれば、問われるべきなのは保護者ではない。

なぜ国がここまで明確に示している制度が現場で動かなかったのか。

教育行政側が説明すべき問題ではないだろうか。


「重大事態として認めてもらう」ために疲弊する保護者

ここに大きな矛盾がある。

本来、重大事態調査は、

「学校に責任があることを証明した家庭へのご褒美」

ではない。

何が起きたのかを確認し、被害児童生徒への対応と再発防止につなげるための制度だ。

ところが重大事態の入口で学校と家庭が対立すると、

保護者が証拠を集める。

時系列を作る。

学校へ文書を出す。

教育委員会へ連絡する。

重大事態のガイドラインを読む。

回答を催促する。

また面談する。

それでも進まなければ再び申し入れる。

いつの間にか、

いじめ被害そのものへの対応より、「重大事態として扱わせる作業」の方が大きくなってしまう。

これは制度としておかしくないだろうか。

被害を受けた子どもを支えている家庭に、行政との長期間の交渉まで背負わせるべきではない。


教育委員会に相談しても動かない――国の分析でも問題事例

「学校がだめなら教育委員会へ」

そう考える保護者は少なくない。

それは当然だろう。

学校を設置・監督する側に相談すれば、学校とは違う立場から調べてくれると期待するからだ。

ところが、こども家庭庁が重大事態調査報告書を分析してまとめた「いじめの重大化を防ぐための留意事項集」には、看過できない事例が掲載されている。

生徒と保護者からいじめによって不登校になったとの訴えがあり、不登校の継続を把握していたにもかかわらず、教育委員会による学校への調査・指導が十分に行われず、適切ないじめ対応や重大事態調査につながらなかったと分析されたケースがある。

また別の分析事例では、管理職はいじめに該当すると認識していたにもかかわらず、学校として組織的ないじめ認知に至らず、初期対応が遅れたことも指摘されている。

つまり、

「管理職まで相談したから大丈夫」

「教育委員会まで話が行ったから大丈夫」

とは必ずしも言えない。

国自身が、重大化した事案を分析する中で、学校・教育委員会の対応上の課題を確認しているのである。


2026年になっても「平時の備え」が十分ではない

さらに2026年3月。

文部科学省は、学校や学校設置者を対象に、重大事態へ対応するための「平時からの備え」を点検した結果を公表した。

学校側では、

  • 学校いじめ防止基本方針を児童生徒・保護者などへ説明する
  • 教員が作成したメモなどを適切に管理する
  • 情報を記録・保存する仕組みを整える
  • 犯罪に当たり得るいじめについて警察へ相談・通報することを事前に周知する

という基本的な4項目で、「備えができている」と回答した学校は90%前後にとどまった

そして学校設置者側では、

【統計図④】教育委員会など「学校設置者」の重大事態への備え

国が確認した項目結果
必要時に設置者が保護者へ直接説明・調整できる体制90%未満
首長部局・医療機関などと迅速に連携できる体制90%未満
重大事態発生時の対応手順を事前に学校へ示す90%未満

文科省自身が、これら3項目について「備えができている」と回答した学校設置者の割合が90%を下回ったと公表している。

注目すべきなのは、

「保護者との直接説明・調整」

まで項目として入っていることである。

教育委員会側は、

「学校と保護者の問題です」

と距離を置けばいいわけではない。

文科省は、必要な場合には学校設置者が直接説明・調整することも考えられるとしている。


文科省自身が認めた「ガイドライン通りに対応できず深刻な被害」

さらに重い一文がある。

2026年3月の通知で文科省は、近年の重大事態について、

法、基本方針、重大事態ガイドラインなどに沿った対応ができていなかったために、児童生徒へ深刻な被害を与える事態が発生している状況を指摘している。

つまり、

「制度は十分だから問題は現場だけ」

では済まない。

国がルールを作っている。

通知も出している。

チェックリストも作っている。

それでも適切に対応されないケースが発生する。

それなら次に問われるべきなのは、

「守ってください」という通知を何度出すのかではなく、守られなかった場合に誰が介入し、誰が是正するのか

ではないだろうか。


「隠蔽」は、資料を破棄することだけではない

「いじめ隠蔽」と聞くと、学校が意図的に証拠を捨てたり、教員同士が口裏を合わせたりする場面を想像しがちだ。

もちろん、個別事案について具体的証拠なしに「隠蔽」と断定することはできない。

しかし、問題はもっと広い。

いじめ情報を担任だけで止める。

学校いじめ対策組織へ共有しない。

「ふざけ合い」と判断する。

保護者からの訴えを正式な記録に残さない。

重大事態の可能性を検討しない。

教育委員会へ必要な報告をしない。

調査開始が長期間遅れる。

その結果として、被害の全体像が見えなくなる。

意図的な隠蔽でなくても、組織的な認知・記録・報告が機能しなければ、結果として「なかったこと」に近い状態は生まれる。

だからこそ文科省も2026年の通知で、重大事態調査に備え、

「いつ」「どこで」「誰が」「誰に」「何を」「どうした」

という正確な記録を残すことの重要性を改めて指摘している。


保護者の声を「親の主観」で片付けてはいけない

学校での子どもの姿と家庭での姿は違う。

学校では平静を装っていても、帰宅後に大きく様子が変わることがある。

だから文科省の重大事態ガイドラインは、家庭での児童生徒の様子について、

学校では知り得ない情報であり、重大事態を把握する端緒として重要

という考え方を示している。

それなのに、

「学校では普通にしています」

「先生の前では笑っています」

だけで保護者の訴えを軽く扱えば、最も重要なSOSを取り逃がす可能性がある。

保護者の主張を最初からすべて事実と認定せよ、という話ではない。

だから調査するのである。

学校側の話だけでも決めない。

保護者側の話だけでも決めない。

第三者を含めて事実を調べる。

それが重大事態調査の意味ではないか。


30日休むまで待つ必要はない

不登校重大事態についても注意が必要だ。

「30日以上休まなければ重大事態ではない」

と理解されることがある。

しかし文科省ガイドラインは、いじめが要因として疑われ、連続欠席が続いている場合、30日に達する前から学校は設置者へ報告・相談する必要があるとの考え方を示している。

30日という数字は、

「子どもが30日間苦しむまで待っていい」

という意味ではない。

子どもの状態を見ながら、早い段階から動くための制度でなければならない。


苦しんでいる保護者は、具体的に何をすればいいのか

ここが最も重要だ。

制度上正しいことを知っていても、現実に学校や教育委員会が動かなければ意味がない。

まず最優先すべきなのは子どもの安全と心身の状態である。

そのうえで、後になって「言った・言わない」にならないよう、できる範囲で記録を残してほしい。

【保護者が確認しておきたいポイント】

段階確認・記録する内容
① 事実整理いつ・どこで・誰から・何をされたか
② 学校への相談相談日時、担当者、学校側の回答
③ 子どもの変化欠席・遅刻・早退など学校生活への影響
④ 重大事態「重大事態として申し立てる」意思を明確にする
⑤ 記録保存アンケート、面談記録、教職員メモなどの保存を求める
⑥ 教育委員会学校設置者として何を把握し、どう判断したか確認する
⑦ 調査調査主体、委員構成、調査項目、予定を確認する
⑧ 経過調査中も定期的な説明・経過報告を求める

重大な被害が疑われるのであれば、

「いじめ防止対策推進法に基づく重大事態に該当すると考え、重大事態として申し立てます」

と学校と学校設置者に明確に伝える方法がある。

書面にしておけば、申立てを行った日時と内容も明確になる。

ただし、文科省ガイドライン上は、書面がなければ無効というわけではない。

電話や口頭での申立てだからといって対応を遅らせてはならないとされている。


教育委員会には「学校へ聞いてください」で終わらせないでほしい

教育委員会には学校とは異なる役割がある。

だから保護者側から、

「学校いじめ対策組織でいつ検討されましたか」

「重大事態の申立ては教育委員会として受理されていますか」

「首長への発生報告は行われましたか」

「誰が重大事態ではないと判断したのですか」

「その客観的・合理的資料は何ですか」

と確認することには意味がある。

学校が重大事態ではないと考えているというだけで、教育委員会まで思考を停止してはならない。

特に文科省は2026年、学校設置者に対して、重大な被害の**「疑い」の段階から重大事態として扱い、調査へ動き出せるよう対応手順を明確にすること**を求めている。


調査委員会をつくれば終わりではない

重大事態として調査が始まっても、次の問題がある。

誰が調査するのか。

何を調査するのか。

学校側の初期対応まで検証するのか。

第三者性は確保されているのか。

文科省ガイドラインでは、調査組織の公平性・中立性が重要視されている。

学校と保護者との間ですでに大きな不信感が生じている場合は、第三者の参加が特に重要になる。

調査開始前には、対象児童生徒・保護者に対して調査方針などを説明する必要もある。

「委員会を設置しました。結果が出るまで待ってください」

だけで終わってよい話ではない。


教育委員会の調査に問題があれば「再調査」という制度もある

公立学校の重大事態では、調査結果は地方公共団体の長、市長・町長・知事などへ報告される。

そして必要があると首長が判断した場合には、再調査を行うことができる。

文科省ガイドラインでは、例えば、

  • 調査後に重要な新事実が判明した
  • 保護者と事前に確認した事項が十分に調査されていない
  • 新しい重要事実について十分な調査が尽くされていない
  • 調査組織の公平性・中立性が明らかに確保されていない

といったケースが再調査を検討する例として示されている。

ただし、保護者が求めれば自動的に再調査される制度ではない。

首長側が必要性を判断する。

ここにも、被害家庭から見れば大きなハードルが存在する。


こども家庭庁は何をしているのか

では、教育委員会でも解決しない場合、こども家庭庁が直接調査してくれるのだろうか。

現在の「いじめ調査アドバイザー」は、自治体や学校設置者から要請を受け、

第三者委員の人選、

公平・中立な調査方法、

などについて助言する制度である。

アドバイザーが調査委員会に代わって個別事案を直接調査したり調停したりする制度ではない

ここは被害家庭にとって重要な制度上の空白ではないだろうか。

「学校が動かない」

「教育委員会も信用できない」

という家庭が、国へ直接持ち込めば独立機関が調査してくれる制度にはなっていない。


こども家庭庁も「学校外の入口」を模索している

一方、変化も始まっている。

こども家庭庁は2026年度、全国15自治体で「地域全体で取り組むこどもの悩み相談モデル事業」を実施している。

学校や教育委員会だけではなく、首長部局、福祉、医療、民間団体など地域全体で、いじめを含む学校関係の悩みをワンストップで受け止める仕組みの実証だ。

【統計図⑤】2026年度・学校外相談モデル

項目数字
実施自治体15自治体
目的いじめ等の悩みを地域でワンストップ支援
主な連携先首長部局・福祉・医療・教育・民間団体

これは重要な方向性だ。

ただし、まだ全国一律ではない。

だから問いたい。

なぜ、住んでいる自治体によって「学校・教育委員会以外の救済ルート」が大きく違うのか。

子どもの権利に自治体格差があっていいのだろうか。


「親が諦めれば案件終了」になってはいけない

何度電話しても進まない。

何度説明しても同じ回答。

文書を作る。

仕事を休む。

また学校へ行く。

また教育委員会へ行く。

何か月も続けば、多くの家庭は疲れ切る。

そして、

「もう学校とは関わりたくない」

「これ以上子どもを苦しませたくない」

「転校します」

「もう教育委員会には期待しません」

となる。

そこで行政への連絡が途絶える。

しかし、それは解決したのではない。

被害家庭が諦めただけかもしれない。

電話が来なくなったこと。

卒業したこと。

転校したこと。

保護者が申立てを取り下げたこと。

それだけをもって「問題終了」と考えてはならない。

むしろ、

なぜ被害を受けた側が学校を去らなければならなかったのか。

そこまで検証してこそ教育行政ではないだろうか。


保護者を「モンスターペアレント」にしてはいけない

何度も学校へ電話する。

教育委員会へ問い合わせる。

文書回答を求める。

資料保存を求める。

重大事態調査を求める。

それだけ切り取れば、

「要求の多い保護者」

に見えるかもしれない。

しかし、その前に何があったのかを見る必要がある。

最初の相談できちんと対応したのか。

経過を説明したのか。

約束したことを実行したのか。

重大事態制度を説明したのか。

回答を何週間も待たせていなかったか。

行政側の説明不足によって、保護者が何度も問い合わせざるを得なくなっている可能性はないか。

被害家庭が強い言葉を使ったことだけを取り上げ、その言葉に至った経緯を無視する。

そんな教育行政であってはならない。


「いじめを認めた学校が負け」という発想を捨てるべきだ

いじめ認知件数が多い学校は悪い学校。

重大事態を出した学校は問題校。

そんな評価の仕方をすれば、学校には「認めない方が得」という逆方向のインセンティブが働きかねない。

本来、評価すべきなのは、

いじめを小さい段階で見つけたか。

子どものSOSを拾ったか。

保護者の話を聞いたか。

学校いじめ対策組織で共有したか。

早く対応したか。

再発防止につなげたか。

という点だ。

いじめを認知したことは学校の敗北ではない。

認知すべきSOSを放置したことこそ検証されるべきである。


「学校が重大事態と認めない」とき、本当にそれで終わりなのか

終わりではない。

文科省は2024年改訂ガイドラインとその後の通知で、児童生徒や保護者から申立てがあれば、明らかに法の要件外の場合を除き、重大事態として報告・調査する考え方を繰り返し示している。

学校が、

「いじめと確認できませんでした」

と答えたことだけで終わらせるのではなく、

なぜ重大事態に当たらないと判断したのか。

どの資料によってそう判断したのか。

そこを確認する必要がある。


「教育委員会が動かない」ときはどうするのか

まず、相談した日時・担当部署・回答内容を記録する。

重大事態の申立てを行った場合は、

「いつ受け付けられたのか」

「学校設置者としてどのように判断したのか」

「首長への報告は行われたのか」

を確認する。

重大事態調査が行われ、その内容が不十分だと考える場合には、公立学校なら首長による再調査制度も存在する。

暴力など犯罪行為に当たり得る行為については、学校内の出来事だからといって、警察への相談が禁止されるわけでもない。

文科省は、犯罪行為として取り扱われるべきいじめについて、警察との適切な連携を学校側に求めている。


国に求めたい――被害家庭を「制度の専門家」にするな

ここからは週刊TAKAPIとしての提言である。

① 全国共通の「重大事態申立て受付制度」を

学校や教育委員会だけでなく、第三者的な窓口でも重大事態申立てを正式記録できる制度を検討すべきだ。

受付日。

申立て内容。

学校側の判断。

教育委員会の判断。

首長への報告日。

調査開始日。

これらを記録する。

「相談だと思っていた」

「重大事態の申立てとは認識していなかった」

という行き違いを防ぐためだ。

② 被害児童生徒・保護者にも独立した支援者を

学校側には教職員がいる。

教育委員会には行政職員がいる。

専門家や弁護士が関与するケースもある。

しかし被害家庭は一家庭だ。

調査手続きを説明し、子どもの意見を伝え、資料整理などを支援する独立したアドボケイト制度を全国的に検討すべきではないか。

③ 第三者委員を自治体人脈だけに頼らない

全国あるいは広域単位で、

弁護士、

心理、

福祉、

医療、

教育、

などの第三者人材プールを整備し、利害関係をチェックした上で派遣できる仕組みを強化する。

④ 「重大事態ではない」という判断こそ記録・検証する

重大事態になった事案だけ国へ報告するのでは不十分だ。

保護者から重大事態申立てがあったにもかかわらず「非該当」とした事案についても、

誰が、

いつ、

どんな資料に基づき、

なぜそう判断したのか、

検証できる仕組みが必要ではないか。

⑤ 再発防止策を「報告書を書いて終了」にしない

半年後。

1年後。

第三者委員会が提言した再発防止策は実行されたのか。

教職員研修は行われたのか。

記録制度は改善したのか。

学校いじめ対策組織は実際に機能しているのか。

事後検証まで制度化する必要がある。


おかしいものは「おかしい」と言う教育行政であってほしい

学校にも事情はある。

教育委員会にも膨大な業務がある。

教員の負担が極めて大きい現状も無視できない。

そして、保護者の申立てがすべて事実だと最初から決めることも適切ではない。

しかし、それと

「だから調査しない」

は全く別の話だ。

分からないから調べる。

双方の主張が違うから調べる。

学校側の対応にも疑問があるから第三者を入れる。

それが制度である。

学校を守ることと、教育を守ることは同じではない。

教育委員会の体面を守ることと、子どもを守ることも同じではない。

間違った対応があったなら認める。

遅れたなら検証する。

重大事態の疑いがあるなら調べる。

それでいいはずだ。


被害者に二度、三度と苦しませないでほしい

いじめを受けた。

それだけですでに子どもは苦しんでいる。

その家庭にさらに、

いじめだったことを証明させる。

重大な被害があることを説明させる。

学校の対応に問題があったことを整理させる。

法律を調べさせる。

教育委員会と交渉させる。

重大事態として認めてもらうまで動かせる。

第三者委員会とも向き合わせる。

再調査まで自分で求めさせる。

あまりにも酷ではないか。

「保護者が諦めなかったから、ようやく調査が始まった」

そんな制度を成功例にしてはいけない。

本当に機能している制度とは、

保護者が闘わなくても動く制度である。

文部科学省にも。

こども家庭庁にも。

全国の教育委員会にも。

そして学校にも真剣に考えてほしい。

学校が重大事態と認めない。

教育委員会も動かない。

被害者と保護者だけが疲弊していく。

もしそんなことが起きているのであれば、

「保護者の要求が強すぎる」

と見る前に、

なぜ法律とガイドラインがあるのに、子どもを守る仕組みが動かなかったのか。

まず教育行政自身が、自らに問いかけるべきではないだろうか。

制度は、制度を勉強できる家庭だけのものではない。

仕事を休める親だけのものでもない。

声を上げ続けられる家庭だけのものでもない。

最も疲れ、

最も困り、

最も助けを必要としている子どもと家庭に、

制度の側から手を伸ばす。

それこそが「こどもまんなか」を掲げる国に求められる教育行政ではないだろうか。

担当取材記者 たかぴ 記事作成 週刊TAKAPI編集部

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