岐阜県には、豊かな山林、清らかな地下水、寒暖差のある気候、城下町や宿場町の歴史から生まれた食べ物や伝統文化が数多くあります。
全国のスーパーや百貨店で見かける食品から、海外でも知られる日本文化まで、ルーツをたどると岐阜県に行き着くものも少なくありません。
今回は、岐阜県内の自治体や農林水産省などの情報をもとに、「岐阜県で誕生したもの」「岐阜県を代表する発祥文化」10選を紹介します。
※「発祥」には複数の説がある場合があります。本記事では、自治体や公的機関が発祥地として紹介しているものを中心に掲載しています。
1.甘柿の代表品種「富有柿」は岐阜県瑞穂市発祥
全国各地で栽培されている甘柿の代表品種、富有柿。その発祥地は岐阜県瑞穂市です。
富有柿の原木は、現在の瑞穂市居倉にあった「居倉御所」と呼ばれる柿の木とされています。地元の福嶌才治氏が接ぎ木や試作を重ね、品評会などへ出品したことで品質の高さが認められました。
「富有」という名前は、中国の古典『中庸』にある「富有四海之内」に由来するとされています。その後、栽培方法と苗木が各地へ広まり、現在では日本を代表する甘柿になりました。
瑞穂市には今も富有柿の母木が保存され、市指定天然記念物となっています。
2.秋の高級和菓子「栗きんとん」は中津川市発祥
栗を炊き、砂糖を加えて茶巾で絞る岐阜県東濃地方の栗きんとん。おせち料理に入る黄色い栗きんとんとは異なり、栗本来の風味と食感を楽しむ和菓子です。
栗の産地だった中津川では、家庭で収穫した栗を使い、茶巾絞りにして食べる文化がありました。これを地元の和菓子店が商品化し、秋を代表する銘菓として発展させたとされています。
現在、中津川市内には栗きんとんを販売する和菓子店が数多くあり、店によって甘さ、口当たり、栗の粒感が異なります。
中津川市も公式に「栗きんとん発祥の地」として発信しています。
3.夏の涼菓「水まんじゅう」は大垣市で誕生
透明感のある生地であんを包んだ水まんじゅうは、岐阜県大垣市を代表する夏の和菓子です。
「水の都」と呼ばれる大垣市には、豊富で良質な地下水があります。かつて各家庭では、湧き水を引いた「井戸舟」で野菜や果物などを冷やしていました。
明治時代、この地下水を生かして夏でもおいしく食べられる菓子として水まんじゅうが開発されたと伝わります。くず粉に水に強いわらび粉を混ぜることで、冷水に漬けても硬くなりにくい、独特の食感が生まれました。
現在は大垣だけでなく全国の和菓子店でも販売されていますが、店先の水槽で冷やす光景は、今も大垣の夏の風物詩です。
4.岐阜のソウルフード「鶏ちゃん」は奥美濃・南飛騨生まれ
鶏肉とキャベツなどを、味噌やしょうゆベースのたれで炒める鶏ちゃん(けいちゃん)。郡上市や下呂市を中心に食べられてきた岐阜県の郷土料理です。
農林水産省によると、鶏ちゃんが誕生したのは1950年ごろ。岐阜県の一部で食べられていたジンギスカンを参考に作られたのが始まりとされています。
卵を産まなくなった鶏を貴重なタンパク源として食べた生活の知恵が背景にあり、もともとは来客時や盆、正月などに振る舞われる特別な料理でした。
現在は味付け済みの商品がスーパーや通販でも販売され、岐阜県外でも楽しめるご当地グルメとなっています。
5.旅館の朝食でおなじみ「朴葉味噌」は飛騨地方発祥
大きな朴の葉に味噌、ネギ、シイタケなどをのせ、火にかけて焼く朴葉味噌。飛騨高山の旅館や飲食店で定番となっている郷土料理です。
由来には諸説ありますが、林業が盛んだった飛騨地方で、山仕事をする杣人が朴の葉を皿代わりにして味噌を焼いたことが始まりとされています。
寒さの厳しい飛騨では、凍った漬物や味噌を囲炉裏で温めて食べることもありました。朴の葉は大きく、香りが良いうえ、食材を直接火にかけず調理できるため、山の暮らしに適していたのです。
昭和40年代には土産物として販売されるようになり、現在は全国的に知られる飛騨の味になりました。
6.「幻のハム」と呼ばれた明宝ハムは郡上市発祥
岐阜県を代表する加工食品の一つが、豚肉の食感を残した明宝ハムです。
ルーツは1953年、当時の奥明方村、現在の郡上市明宝にあった奥明方農協加工所。畜産振興と山間地域の食生活改善を目的に、小さな加工所でハム作りが始まりました。
当初は高価だったこともあり販売に苦戦しましたが、手作りに近い製法や肉本来の味が評価されるようになります。テレビ番組で紹介されたことをきっかけに全国から注文が集まり、一時は入手困難な「幻のハム」と呼ばれました。
現在は岐阜県内のスーパーや土産物店だけでなく、全国の百貨店、物産展、通信販売でも取り扱われています。
7.日本独自の「食品サンプル文化」を広げたのは郡上市出身者
飲食店のショーケースに並ぶ、本物そっくりの料理模型。日本の観光文化として海外からも注目される食品サンプルの発展には、岐阜県郡上市が深く関係しています。
食品サンプルの先駆者として知られる岩崎瀧三氏は郡上八幡出身です。岩崎氏は食品模型を大阪で事業化し、その後、故郷の郡上八幡に工場を開設しました。
その技術を学んだ職人が独立したことで、郡上八幡に食品サンプル産業が集積。本物そっくりの天ぷらやレタスを作る体験施設も生まれました。
厳密には「食品模型そのものが郡上で初めて作られた」と断定するのではなく、全国へ普及させた先駆者の出身地であり、産業として根付いた地域と表現するのが正確です。
8.飛騨地方のお守り「さるぼぼ」
赤い布で作られた、顔のない人形として知られるさるぼぼ。飛騨高山を代表する民芸品です。
「ぼぼ」は飛騨地方の言葉で赤ちゃんを意味し、「さるぼぼ」は猿の赤ちゃんを表します。かつて母親や祖母が子どものために人形を作り、健やかな成長、安産、良縁、家庭円満などを願ったとされています。
「災いが去る」「病が去る」という語呂から、厄除けのお守りとしても親しまれるようになりました。
現在は定番の赤色だけでなく、金運、恋愛、健康など、願いに合わせたさまざまな色のさるぼぼが販売され、飛騨を訪れる国内外の観光客に人気です。
9.世界が認めた「美濃和紙」は岐阜県の清流から生まれた
岐阜県美濃市周辺で受け継がれてきた美濃和紙は、1300年以上の歴史を持つとされる伝統工芸です。
長良川水系の良質な水と、楮などの原料に恵まれたことから紙作りが発達しました。薄くても丈夫で、繊維が均等に絡み合う美しさが特徴です。
美濃和紙の中でも厳格な基準を満たす「本美濃紙」の手すき技術は、島根県の石州半紙、埼玉県の細川紙とともに、ユネスコ無形文化遺産「和紙:日本の手漉和紙技術」に登録されています。
障子紙や照明、インテリア、アート作品など用途も広がり、岐阜の伝統技術が国内外の暮らしやデザインに取り入れられています。
10.岐阜提灯は美濃和紙から発展した伝統工芸
細い竹ひごで骨格を作り、美濃和紙を張って花鳥や風景を描く岐阜提灯。岐阜市を代表する伝統的工芸品です。
良質な美濃和紙、竹、木材が身近にあり、長良川の水運を利用できたことから、岐阜では提灯作りが発達しました。
繊細な骨組みと薄い和紙によって、明かりをともしたときに柔らかく上品な光が広がります。盆提灯として全国へ流通したほか、現在は照明器具やインテリア製品としても活用されています。
岐阜市では岐阜和傘などとともに、地域の歴史と生活文化を支える伝統工芸として継承されています。
なぜ岐阜県から多くの名物や伝統文化が生まれたのか
岐阜県発祥のものには、地域の自然環境を生かしているという共通点があります。
東濃の栗、西濃の地下水、飛騨の山林、長良川流域の和紙など、各地域の資源が食べ物や工芸品の誕生につながりました。
さらに岐阜県には、中山道や飛騨街道など、人や物が行き交う交通路がありました。地域で生まれた商品や技術が宿場町や商業都市を通じて外へ運ばれ、全国へ知られていったと考えられます。
まとめ|岐阜県は「名物を生み、育てた県」だった
岐阜県には、富有柿や栗きんとん、水まんじゅうのような食べ物だけでなく、食品サンプル、美濃和紙、岐阜提灯など、日本文化を支える産業があります。
単に岐阜県内だけで消費されてきたのではなく、観光、流通、職人技によって全国へ広がった点も大きな特徴です。
普段何気なく食べたり目にしたりしているものでも、その背景をたどると、岐阜の気候、清流、山の暮らし、人々の工夫が見えてきます。
週刊TAKAPI 編集部/黒木
※本記事は公開されている企業情報、報道内容、地域特性、市場動向などをもとに編集部が独自に考察した内容です。企業や関係者が公表している出店理由・経営方針を断定するものではなく、一部に編集部の見解や推測が含まれます。最新かつ正確な情報は、各企業・自治体の公式発表をご確認ください。
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週刊TAKAPI編集部:黒木
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