2021年3月、福岡県内の私立高校に通う男子生徒が自ら命を絶った。
遺書には、過去に部活動の先輩らからいじめを受けていたことなどが記されていた。
学校側の第三者委員会は、2019年4月から6月にかけ、複数の先輩からガムテープなどで貼り付けられてわいせつな行為を受けるなど、10件のいじめを認定。学校は、部活動内のいじめが自死の一因になったと考えられるとした。
しかし、遺族は「いじめの事実認定が不十分」などとして再調査を求めた。福岡県の再調査委員会も、「いじめの事実関係が十分に明確になっているとは言えない」などとして再調査が必要と判断した。
2026年3月13日、約2年間に及ぶ再調査の報告書が知事に提出され、その後、福岡県は報告書全文を公表した。
週刊TAKAPIは、福岡県が公表した約80ページに及ぶ再調査報告書を独自に精査した。
そこから浮かび上がったのは、いじめの認定件数だけではない。
生徒が発していたSOSを学校はどう受け止めたのか。なぜ教員が把握した情報が組織的な対応につながらなかったのか。そして、部活動や寮の運営には何が欠けていたのか。
再調査報告書が指摘した学校側の対応を詳しく検証する。
学校側の調査では「10件のいじめ」
福岡県によると、男子生徒は2021年3月に自死した。
学校は同年9月、弁護士や大学教員、臨床心理士らで構成する第三者委員会を設置。2019年4月から6月初旬にかけて、10件のいじめがあったと認定した。
県の公式発表では、その内容について、
「ガムテープ等で貼り付けられてわいせつ行為を受ける等」
と説明している。
学校側の第三者委員会は、部活動内でのいじめのほか、本人を取り巻く複数の事情が相まって自死に至ったと考察する一方、直接的な原因については判断できないとした。
2023年12月、学校は県に重大事態の調査報告書を提出し、部活動内のいじめ行為が自死の一因になったと考えられるとした。
遺族が再調査を要求 県も「十分に明確とは言えない」
学校側の調査を受けても、遺族は十分に事実が解明されたとは考えなかった。
2023年12月、遺族は知事に再調査を求める意見書を提出。
再調査報告書によると、遺族側は、いじめについての調査・検討だけでなく、いじめ発覚前後の学校対応、再発防止策、部活動の環境が自死に与えた影響などについて改めて調査するよう求めた。
県の再調査委員会は2024年2月、
「いじめの事実関係が十分に明確になっているとは言えない」
「学校の再発防止について再考の余地がある」
「被害生徒の保護者の主張が合理的なものと認められる」
として、再調査が必要だと知事に答申。
県は再調査の実施を決めた。
自宅で「死のうと思ったが、死ねなかった」
再調査報告書を読み進めると、生徒が発していたSOSが記録されている。
報告書によると、2019年6月11日、生徒は部活動を無断で休み、寮から自宅へ戻った。
家族に対し、「死のうと思ったが、死ねなかった」と話して泣き崩れ、先輩から受けたいじめの一部を母親に伝えたとされる。
さらに、現在の高校を辞め、別の高校へ通いたいとの意思も訴えた。
翌12日、生徒と母親は学校を訪問した。
報告書では、顧問がこの面談で、ガムテープで身体を巻かれたことや、その様子を撮影されたことなど、生徒が部活動内で受けた行為について把握したとされている。
学校でも「死にたい」趣旨の訴え
さらに重要なのが、この面談でのやり取りだ。
再調査報告書によると、生徒は涙ながらに、
「死にたい」
「目標がない」
「生きている意味が分からない」
という趣旨の発言をしたとされる。
家族だけではない。
学校側も、生徒から自死を示唆するSOSを直接聞いていたことになる。
では、その情報を受け、学校は組織としてどのように動いたのか。
ここが再調査報告書の重要な論点の一つとなっている。
顧問は管理職へ報告せず
再調査報告書によると、学校では、生徒間のトラブルなどを把握した場合、管理職へ速やかに報告し、対応方針を協議することになっていた。
しかし、生徒から訴えを受けた顧問は、管理職へ報告せず、自身の判断で対応していたとされる。
再調査委員会は「学校の対応と課題」の冒頭で、
「いじめ等に関する報告義務の不履行と組織的な対応の欠如」
を問題として掲げた。
教員個人による判断や対応を許容する状態が続いたことで、いじめの兆候を学校組織として早期に把握する機会を失ったと指摘している。
「部活動のことは部活動内で完結」
再調査委員会が問題視したのは、一人の顧問の対応だけではなかった。
報告書では、「部活動のことは部活動内で完結させる」という閉鎖的な文化・慣習があったことも指摘している。
部活動で発生した問題が学校全体へ共有されにくく、組織的な対応につながらない構造があったということだ。
なぜ、生徒の訴えが管理職まで届かなかったのか。
なぜ、周囲の教職員が異変を把握できなかったのか。
再調査委員会は、その背景まで検証している。
県再調査が指摘した「SOS・心身状況把握の不備」
報告書では学校の問題点として、
「対象生徒のSOS・心身状況把握の不備」
も挙げられた。
学校生活に関するアンケートについて、部活動内のいじめや人間関係を具体的に把握する質問が不足していたと指摘。
保護者へのアンケートなど、多角的な情報収集も行われていなかったとした。
さらに、生徒が希死念慮を示した際の顧問の対応についても検証。
再調査委員会は、専門的な知識に基づく適切な対応ではなく、顧問が自身の経験を話すなどの対応をしていたことを問題視した。
把握された生徒の心身状態や家庭環境などについても学校全体で十分に共有されず、専門職や保護者との必要な連携につながらなかったとしている。
性的ハラスメントを「ふざけ合い」として放置
再調査報告書は、部活動内で起きていた行為を学校側がどう認識していたのかについても踏み込んだ。
性的なハラスメント行為の深刻性や、生徒の心身に与える影響についての認識が不足していた結果、部内で常態化していた不適切な行為が「ふざけ合い」として放置されたと指摘している。
動画撮影についても、その映像が拡散する危険性や二次被害への認識が不足していたとした。
いじめ防止対策推進法では、行為をした側が「ふざけていた」と考えていたかだけではなく、行為を受けた児童・生徒が心身の苦痛を感じているかが重要になる。
再調査委員会は、学校側の「いじめの認知・判断能力の不足」そのものを課題として挙げた。
顧問への「過度な依存」 部活動・寮にも構造的課題
さらに再調査は、部活動の運営体制そのものにも及んだ。
報告書では、顧問に指導権限が過度に集中し、学校全体で部活動をチェックする仕組みが不足していたと指摘。
部活動に関する連絡会なども十分に機能せず、顧問への過度な依存と、他の教職員による関与の不足があったとしている。
寮についても、学校による直接的な監督が十分ではなく、寮監や顧問に運営が過度に委ねられていたとした。
日報制度は存在していたものの、潜在的ないじめを把握できず、学校への報告にもつながらなかったとされる。
学校調査「10件」から県再調査「12件」へ
再調査委員会は最終的に、12件の行為をいじめと認定した。
学校側第三者委員会が認定していたのは10件だった。
遺族は学校側調査について「事実認定が不十分」と訴え、県再調査委員会も「事実関係が十分に明確になっているとは言えない」と判断して再調査を実施した。
その結果、いじめとして認定された行為は学校側の調査より増えた。
ただし、単純に「学校が2件を見落とした」とだけ捉えるのは正確ではない。
県の再調査は、学校や遺族から提供された資料の精査、聞き取り、現地調査、アンケートなどを行い、学校側調査とは異なる視点から事実関係を検討している。
また報告書自身も、事案発生から年月が経過していたことや、先行する第三者委員会が収集したすべての資料を引き継げなかったことなど、調査上の制約を明記している。
いじめは自死にどう影響したのか
ここは報告書の記述を慎重に読む必要がある。
再調査委員会は、いじめだけを自死の唯一の直接原因とはしていない。
一方、認定されたいじめについては、心の傷を残し、その影響が一時的なものではなく、その後の心理に長期にわたり作用した可能性を指摘している。
報告書では、いじめを含む人間関係、学校や顧問との関係、学業や部活動をめぐる負担など、複数の事情を踏まえて自死に至る心理的な過程を考察している。
学校側の第三者委員会も、部活動内のいじめ行為について、自死の一因になったと考えられるとしていた。
県が報告書全文を公表
再調査委員会は、弁護士、医師、学校心理学を専門とする大学准教授、スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラーの5人で構成された。
2024年3月27日の第1回審議から2026年2月20日まで、計24回にわたり審議、聞き取り調査、現地調査などを実施。
2026年3月13日、伊藤巧示委員長から服部誠太郎知事へ報告書が提出された。
その後、福岡県は再調査報告書全文をホームページで公表した。
福岡県「いじめによる重大事態に関する再調査報告書」公表ページ
問われるのは「SOSが出た日に何をしたのか」
今回の再調査報告書で問われているのは、いじめが何件あったのかだけではない。
生徒は家族に死を考えたことを伝え、学校を辞めたいと訴えていた。
翌日には学校でも「死にたい」という趣旨の言葉を発していたとされる。
それでも再調査委員会は、その後の学校について、「いじめ等に関する報告義務の不履行と組織的な対応の欠如」「対象生徒のSOS・心身状況把握の不備」を指摘した。
子どもが助けを求めたその日に、学校は何をしたのか。
そして、そのSOSを一人の教員の問題として終わらせず、学校全体で共有し、支援につなげる仕組みが機能していたのか。
報告書が突きつけているのは、同じようなSOSを二度と見過ごさないための、学校組織そのものへの問いでもある。
このニュースのポイント
情報提供・相談窓口
学校でのいじめ、部活動での暴力・ハラスメント、学校側の対応などについて、週刊TAKAPIでは情報提供を受け付けています。

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