学校の中では「いじめ」、社会では犯罪になり得る行為
いじめという言葉には、もう一つ考えるべき問題がある。
殴る、蹴る、金銭を脅し取る、脅迫する、人格を傷つける言葉を執拗に浴びせる。
こうした行為は、その内容や状況によって、暴行罪、傷害罪、恐喝罪、脅迫罪などに該当する可能性がある。
しかし、学校という場所では、これらが「いじめ」や「生徒間トラブル」という言葉で一括りにされることがある。
もちろん、すべてのいじめが犯罪に当たるわけではない。
また、いじめ防止対策推進法における「いじめ」の定義は、被害を受けた児童生徒の苦痛に着目したものであり、幅広い行為を把握するために重要な意味を持っている。
問題は、その言葉を使うことで、個々の行為の重大性が軽く扱われることである。
犯罪に該当する疑いがある場合には、学校内部だけで解決しようとせず、警察との適切な連携も求められる。
学校は教育の場であると同時に、子どもの安全を守る責任を負う場所でもある。
「子ども同士のことだから」という説明だけで済ませてよい問題ではない。
教育委員会は、誰のために存在しているのか
いじめ重大事態が発生すると、学校だけでなく教育委員会の対応も検証の対象となる。
学校からどのような報告を受けていたのか。
保護者の訴えをどう把握していたのか。
重大事態に該当する可能性をいつ認識したのか。
調査の開始や実施方法を適切に判断したのか。
これらは、再発防止を考えるうえで欠かせない論点である。
文部科学省は2024年8月、いじめ重大事態の調査に関するガイドラインを改訂した。
重大事態への対応を適切に進めるため、調査の進め方や関係者への対応などを明確にしている。
制度は整備されてきた。
それでも、重大事態に至るまでいじめを認知できなかった事案がある。
制度が存在することと、それが現場で機能することは別の問題だ。
教育委員会には学校を支援する役割がある。
しかし同時に、学校の対応に問題があった場合には、その事実も適切に検証する責任がある。
学校や教育委員会を守るための説明になっていないか。
被害を訴えた子どもや保護者の声が、組織内部の判断によって軽視されていないか。
調査の独立性や透明性が確保されているか。
こうした点を、報道機関も継続して確認しなければならない。