静岡県と静岡市が9月3日夜、静岡市内のドラッグストアで、市販薬のオーバードーズ対策を目的とした夜間監視調査を行いました。県薬事課や市保健所の担当者が店舗に入り、大量購入を希望する客への対応や医薬品の管理体制などを確認しています。店舗では対象となる医薬品を購入する客に年齢や他店での購入状況を聞き、オーバードーズが疑われる場合には販売を断ることもあると説明したということです。
ニュース映像だけを見ると「行政が夜のドラッグストアを視察した」という話に見えます。しかし、静岡県の公式資料まで確認すると、今回の調査の意味はもう少し大きいことが分かります。県は2026年度、夜間の立入調査だけでなく、学校での実態調査、複数店舗を回る「買い回り」への対応、薬剤師や登録販売者への研修、相談窓口への接続までを一つの対策として組み始めています。
では、愛知県も夜間のドラッグストアを調べるべきなのでしょうか。必要性はあると考えます。ただし、静岡の「夜間調査」だけをまねても十分ではありません。2026年5月から全国共通の販売規制がすでに強化された今、自治体に問われ始めているのは、新しいルールを作ることより、そのルールが実際の売り場で機能しているかを確認することです。
静岡の「116件」は何を意味するのか 中3が47件、女性が88%
今回の静岡朝日テレビの報道では、県内の小中高校生について2025年にオーバードーズが116件確認されたことが紹介されています。ここは数字だけが独り歩きしやすい部分です。116件は救急搬送人数ではなく、静岡県が県内すべての小学校、中学校、高校を対象に行った実態調査で寄せられた情報提供件数です。
県資料を見ると、その内訳はかなり偏っています。116件のうち女性が102件で88%、中学生が88件で76%。学年別では小学6年生7件、中学1年生13件、中学2年生28件、中学3年生47件、高校1年生7件、高校2年生6件、高校3年生8件でした。中学3年生だけで全体の4割ほどを占めています。
もう一つ、静岡県は別の数字も持っています。静岡市消防局と浜松市消防局の管内で「医薬品の過剰摂取が原因と疑われる救急搬送」を集計したところ、2025年は353人。女性が69%、10代・20代が46%を占め、救急搬送全体は2020年以降増加を続けています。10代・20代だけを見ると、2020年から2025年に1.8倍となりました。
この二つを混ぜてはいけません。116件は学校から得た情報、353人は一部消防局管内の救急搬送です。対象地域も定義も違います。それでも静岡には、「学校で見えている問題」と「救急現場で見えている問題」の双方を数値化した上で、販売現場まで見に行くという流れがあります。
今回の夜間調査は、その流れの一部分です。
夜間監視は単独施策ではない 静岡は「買い回り」と支援まで方針に入れた
静岡県が5月に策定した2026年度の薬物乱用対策推進方針では、「広報・啓発」「取締り・監視指導」「薬物問題を抱える人への支援」の3本柱に69の具体的な取り組みを置いています。夜間調査は、そのうち「医薬品等取扱施設への監視指導」の新規施策です。県は、周囲の目が届きにくくなる夜間帯に、繁華街の店舗などへ立ち入ると明記しています。
重要なのは、その直後です。県は業界団体に対して複数店舗での買い回りへの対応を要請し、薬局や店舗販売業者に頻回購入など不審な動向があった場合は関係機関と連携するよう指導する方針も掲げています。さらに、オーバードーズの実態調査を継続し、薬剤師や登録販売者には、問題を抱える人への接し方を専門家から学ぶ研修を実施。相談窓口カードを薬局に置くことまで盛り込んでいます。
つまり静岡がやろうとしているのは、「怪しい客に薬を売らない」だけではありません。
販売時に異変を見つけ、複数店舗での購入にも目を向け、学校や救急のデータで実態を把握し、その人を相談につなぐ。この一連の設計の中に夜間監視があります。
ここを切り離して「愛知も夜に職員を店へ行かせればよい」と考えると、静岡の政策を半分しか見ていないことになります。
5月から法律は全国共通 それでも店頭対応は100%ではない
制度そのものは静岡県独自ではありません。
2026年5月1日の改正薬機法施行で、これまで「濫用等のおそれのある医薬品」とされていた対象は「指定濫用防止医薬品」として法律上位置付けられました。販売時には、薬剤師や登録販売者が年齢、他の医薬品の使用状況、他店を含む対象医薬品の購入状況などを確認し、大容量製品や複数個を求める場合には理由も確認する必要があります。18歳未満に対しては大容量製品や複数個を販売できません。
販売店側には頻回購入対策を含む手順書の整備も求められています。厚生労働省は薬剤師や登録販売者について、単なる販売規制の担当者ではなく、問題を抱える人を相談先につなげる「ゲートキーパー」としての役割も求めています。
それでも、現場の運用は完全ではありません。
厚労省が8月7日に公表した2025年度の医薬品販売制度実態把握調査では、店舗で濫用のおそれがある医薬品を複数購入しようとした際に「対応が適切だった」割合は86.8%でした。13.2%は適切な対応を確認できなかったことになります。インターネット販売は90.5%でした。
この13.2%を「多い」と見るか「9割近く守っている」と見るかは評価が分かれるでしょう。ただ、健康被害を防ぐための販売確認である以上、法律を施行しただけで問題が消えたとは言えません。
行政が店頭の実態を確認する意味はここにあります。
東京都ではすでに2023年度から、保健所設置区市と連携して繁華街の薬局などに夜間一斉監視を行っています。2023、2024年度の2年間で立入検査は558件。他店舗での購入状況などの確認について、2024年度の遵守率は86%でした。
静岡の問題意識は、全国から見ても特殊ではありません。
愛知は「何もしていない」わけではない ただ、見えにくいものがある
愛知県も市販薬のオーバードーズを公式に取り上げています。県は危険性や相談窓口を案内し、薬物乱用防止教室や啓発事業も実施しています。2026年1月の愛知県薬事審議会でも、5月から始まる指定濫用防止医薬品制度について、18歳未満への販売制限や購入者への確認義務などが説明されていました。
名古屋市も今年に入り、名古屋市薬剤師会などと連携したオーバードーズ防止啓発を強化しています。学校や薬局、ドラッグストアへのポスター掲示に加え、8月には中学生で約55人に1人、高校生で約70人に1人が乱用目的で市販薬を使用した経験があるという全国調査を紹介し、相談先への接続を呼びかけています。
全国の中学生を対象とした国立精神・神経医療研究センターの調査でも、過去1年以内に市販薬を乱用した経験がある中学生は約55人に1人。乱用経験のある生徒では学校や家庭での孤立、生きづらさといった心理社会的特徴が確認され、主な入手先は薬局やドラッグストアなどの実店舗でした。
愛知に対策がない、とは言えません。
一方、9月4日時点で県と名古屋市が公開している情報を確認した範囲では、静岡や東京都のように市販薬の適正販売を対象とした「夜間・繁華街」での監視結果を前面に出した資料や、静岡の学校調査・消防調査と直接比較できる県内実態データは確認できませんでした。
この違いは小さくありません。
愛知県の薬物濫用防止条例もありますが、県自身の説明を見ると、具体的な規制の主要部分は危険ドラッグなど法規制前の物質を知事指定薬物として規制する仕組みです。一般のドラッグストアで販売される指定濫用防止医薬品の販売管理は、今回強化された国の薬機法とは別に整理する必要があります。
愛知で必要なのは「夜間監視をやるか」だけではない
愛知でも、夜間帯の販売実態を確認する取り組みには合理性があります。しかし、本当に静岡から学ぶなら、調査時間を夜に変えるだけでは弱いでしょう。
行政がまず把握すべきなのは、年齢確認、他店での購入状況、大容量や複数個購入の理由確認といった5月施行のルールが、時間帯を問わずどの程度守られているかです。同時に、県内の学校、救急、相談機関でオーバードーズがどのように把握されているのかを、定義を明示して継続的に公開する必要があります。
さらに問題になるのが買い回りです。一つの店舗が販売を断っても、別の店舗へ移れば個店だけでは見えません。だから静岡は業界団体への対応要請まで方針に入れ、東京都も他店舗での購入状況を監視項目にしています。
そして最も重要なのは、その先でしょう。
厚労省自身、市販薬の乱用について、若者を中心に広がり、家族関係、友人関係、学校関係など身近な人間関係に起因する生きづらさが背景にあるケースを指摘しています。薬剤師や登録販売者には、乱用を止めるだけでなく、必要に応じて相談窓口や医療機関につなぐ役割が期待されています。
販売拒否だけを成果にしてしまえば、「その店では買えなかった」で終わります。
愛知で静岡型の取り組みを導入するなら、夜間を含む販売実態の確認、学校・救急などの定義付きデータ、複数店舗を回る購入への対応、販売時に気付いた人を相談支援へつなぐ仕組みまでを一つの対策として考える必要があります。
静岡県の今年度方針が示しているのも、まさにその組み合わせです。
静岡と愛知の差は「条例の有無」ではなく、運用をどこまで見える化するか
5月から販売ルールは全国共通になりました。静岡だけ法律が厳しいわけではなく、愛知だけ規制が緩いわけでもありません。
これから自治体によって差が出るとすれば、「制度があります」と説明する段階から、実際の販売現場を確認し、結果を数字で示し、その後の支援まで検証できるかどうかです。
静岡は2025年の学校調査で116件、消防調査で353人という異なる指標を持ち、2026年度には夜間立入、買い回り対策、販売従事者への研修、相談窓口カードまで対策を広げました。9月3日のドラッグストア調査は、その政策が実店舗で動き始めた一場面と見る方が実態に近いでしょう。
愛知で次に問われるのも、「静岡と同じ視察をするか」ではありません。
県内でどの程度の問題が起き、5月からの販売ルールがどこまで守られ、販売現場で異変を把握したとき誰につなぐのか。その三つを行政が説明できる状態をつくることです。
そこまでできて初めて、オーバードーズ対策は啓発から実装の段階に進みます。
編集部まとめ
静岡県が夜間に確認しているのは、法律そのものではなく、法律が店頭で本当に機能しているかです。
愛知でも夜間監視を検討する余地はあります。ただ、静岡から学ぶべきなのは夜の立入調査だけではありません。学校・救急の実態把握、買い回りへの対応、販売現場から相談支援につなぐところまで含めて初めて、対策の実効性を検証できます。
週刊TAKAPI編集部/成田
特記事項
本記事は、2026年9月4日の静岡朝日テレビの報道、静岡県「令和8年度静岡県薬物乱用対策推進方針」、厚生労働省の指定濫用防止医薬品制度および2025年度医薬品販売制度実態把握調査、東京都議会資料、愛知県・名古屋市の公開資料、国立精神・神経医療研究センターの調査を確認し、愛知県での対応について編集部が考察したものです。
静岡県の116件は県内すべての小中高校を対象とした実態調査への情報提供件数で、救急搬送人数ではありません。353人は静岡市消防局と浜松市消防局管内で「医薬品の過剰摂取が原因と疑われる」とされた救急搬送人数であり、116件とは対象、定義とも異なります。
また、愛知県や名古屋市が市販薬の適正販売に関する夜間監視を一切実施していないと断定するものではありません。9月4日時点で確認した公開情報では、静岡県や東京都のような夜間監視の実施内容・結果を明示した資料を確認できなかったという整理です。
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