愛知県豊橋市の国指定天然記念物「葦毛湿原」で、自然に生育したものではなく、人為的に持ち込まれた可能性が高いサギソウが相次いで確認されている問題で、週刊TAKAPI編集部は豊橋市の担当者に取材した。
市によると、今回、不自然な状態で確認され除去したサギソウは約230株。担当者は、2020年、2025年にも同様の事案が確認されており、今回は前年にはなかった場所でも新たに見つかったと説明した。
さらに取材では、約50年前にはサギソウの球根を湿原に入れる行為が「自然を豊かにする活動」として肯定的に受け止められていた時代があったことも明らかになった。
しかし現在は、遺伝子レベルで地域固有の自然環境を守るという考え方に変わっている。
「増やすため」の行為が、現在では自然を壊す行為になり得る。
葦毛湿原で何が起きているのか。
2020年は1200個超の球根 「地表に出ていて明らかにおかしかった」
最初に大規模な持ち込みが確認されたのは2020年だった。
市担当者によると、葦毛湿原には植生が少なく地面が露出している場所があり、そこにサギソウの球根が広い範囲にわたって存在していた。
本来、球根は土中にある。
そのため、地表に多数の球根がある状態から、人為的に持ち込まれたものと判断したという。
担当者は取材に対し、
「地表面に球根が出ていること自体がおかしい。球根は土の中にありますので、人間が投げ入れたことが明らかに分かった」
と説明した。
豊橋湿原保護の会などの協力を得て、6日間にわたって除去作業を実施。見つかった球根は1200個以上に上ったという。
2025年には約10カ所 狭い範囲に50~60本
その後、注意看板などを設置し、しばらく大規模な事案は確認されなかった。
しかし、再び異変が表面化した。
2025年には、狭い範囲に数十本単位のサギソウが集中して生育する場所が約10カ所確認された。
担当者によると、50本、60本といった数が狭い場所に集中して出現するなど、それまでの自然な生育状況とは明らかに異なっていたという。
国指定天然記念物となっていることから、市は文化庁に報告。指導を受けて除去作業などを行った。
さらに担当者によると、2024年にも「怪しい」と感じられる場所があったという。
2026年は「見つからない場所」に投入か 草に覆われた場所で発見
今回の事案には、2020年とは異なる特徴がある。
2020年は地面が見える場所に球根があり、比較的発見しやすかった。
一方、今回は草が生い茂り、地面が見えない場所で不自然なサギソウが確認された。
つまり、仮に球根を投入しても外から見つけにくい場所だったことになる。
しかも広い範囲にばらまかれているのではなく、1メートル四方などの狭い範囲に集中して生育する状態が確認された。
担当者は、
「手で握って広くまくというより、狭い範囲に集中している」
との趣旨で状況を説明する。
さらに重要なのは、今回確認された5カ所は、前年には同じような異常が確認されていなかった場所だという点だ。
前年にも同じ場所に多数生育していれば自然に残った可能性も考えられるが、新たな場所で突然、不自然な密集状態が確認されたことから、市は人為的な持ち込みとみて対応した。
約230株を除去 「明らかにおかしいものは全て取った」
今回、市などが除去したのは約230株。
市担当者によると、明らかに不自然な密集状態になっているものについては除去を終えている。
ただし、持ち込まれた可能性があるサギソウを完全に取り除けたかどうかについては、断定できないという。
最大の問題は、葦毛湿原に本来生育しているサギソウと、園芸由来のサギソウを見た目だけで完全に区別することが難しいことだ。
疑わしいという理由だけで抜けば、本来守るべき在来個体まで除去してしまう恐れがある。
担当者は、
「明らかにおかしいものについては確実に除去している」
とする一方、今後再び確認される可能性については否定できないとの認識を示した。
花が咲いて初めて異変を確認 「70、80本出てくる」
今回の異変は、サギソウが開花したことで分かった。
市は職員だけでなく、植物の専門家に調査を委託しているほか、ボランティアも湿原を見回っている。
その中で、通常とは明らかに異なる密集状態が確認された。
担当者によると、例えば1メートル×2メートル程度の範囲に70~80本ほど生育するような場所もあり、
「そんな出方は今までしたことがない」
という。
昨年確認されたものと似た生育状況だったことから、市は文化庁と相談し、前年と同様の方法で対応した。
園芸種との交雑で「葦毛湿原本来のサギソウ」が失われる恐れ
なぜサギソウを増やすことが「自然破壊」になるのか。
最大の問題が遺伝的な攪乱だ。
サギソウは園芸店などでも流通しており、人工的に増殖させることも可能だ。
しかし、葦毛湿原に昔から生育してきた個体群と、外部から持ち込まれた園芸由来の個体が交雑すると、地域固有の遺伝的特徴が失われる恐れがある。
担当者は、
「雑種だらけになったということになると、葦毛湿原の純粋なサギソウは絶滅したという扱いになってしまう」
との趣旨で危機感を示した。
見た目にはサギソウが増えていても、葦毛湿原固有の個体群という観点では、むしろ失われていく可能性がある。
園芸由来とみられる個体には「大きさ」に特徴も
取材では、園芸環境で育てられた可能性を判断する際の特徴についても説明があった。
人工的に栽培すると肥料などによって栄養状態の良い球根が育つ場合があり、そこから成長したサギソウは背丈が高く、1本に3~5輪ほど花をつけることもあるという。
一方、葦毛湿原で自然に生育するものは比較的小さく、花も1輪、多くても2輪程度のものが多かったという。
市側はこうした特徴や密集状況などから、明らかに不自然と判断できる個体について除去している。
2020年度には「球根が入った袋」を持つ人物も
取材では、過去の事案を巡る重要な証言もあった。
2020年の大量持ち込みが発覚した後、年度内にボランティアらが植生管理作業をしていた際、サギソウの球根が多数入った大きな袋を持つ人物が確認されたという。
担当者によると、保護活動関係者がその人物に対し、そうした行為をやめるよう伝えたという。
ただし、この人物が2020年の大量持ち込みや2025年、2026年の事案を行った人物と同一であることが確認されているわけではない。
今回の一連の行為について担当者は、
「同じようなやり方」であることから同一人物である可能性にも言及したが、あくまで推測の域を出ないとしている。
防犯カメラ設置は「現実的に難しい」
では、防犯カメラを設置して持ち込みを防ぐことはできないのか。
市は現在、防犯カメラを設置していない。
葦毛湿原は約3万平方メートルと広大で、24時間立ち入ることができる。
来訪者も多く、場所によっては1日に200~300人程度が通ることもあるという。
仮にセンサーカメラを設置すると、多数の来訪者が記録されることになる。
さらに湿原全体をカバーするには1台では足りず、担当者は10台、20台といった規模が必要になる可能性を指摘する。
大量の映像を誰が確認するのかという問題もあり、現時点では現実的な運用が難しいとしている。
豊橋警察署にも相談 「被害届」とは異なる扱い
市は今回の事案について、豊橋警察署に相談している。
ただし、現時点では一般的な意味での「被害届」とは異なり、相談案件として扱われているという。
担当者によると、葦毛湿原では植物の盗掘も発生している。
植物を持ち去る行為であれば窃盗などとして被害届につながる場合がある一方、球根を「入れる」行為の場合、行為者が自然を良くしようという善意で行っている可能性もあり、刑事事件として扱うことには難しさがあるという。
ただし、葦毛湿原は国指定天然記念物だ。
担当者は、無断で球根を持ち込む行為について、文化財保護法上の「現状変更」に当たり、禁止される行為になると説明する。
植物を「取る」だけではない。
外部から「入れる」ことも、自然の現状を変える行為になる。
