一宮市立市民病院で、左大腿骨頚部を骨折した当時80代の患者に対し、誤って骨折していない右脚へ人工骨頭を入れる手術が行われた医療過誤で、患者が2日後に本来治療が必要だった左脚の手術を受け、その後、歩行器を使って歩けるまで回復していたことが新たに分かった。
28日付で病院側への追加取材内容として伝えられた情報では、患者は当時、自ら意思表示できる状態ではなかった。また、担当医以外の職員にも手術内容を共有、確認する機会があったものの、左右の誤りを手術前に発見できなかったとされる。病院側は、誤りに気付く機会は複数あったとの認識を示している。なお、取材対応者の役職や氏名は公開された記事では明示されていない。
一方、一宮市が26日に公表した一次資料だけでは、当時どのような手術安全チェックを実施していたのか、切開直前の「タイムアウト」で誰が何を確認したのかまでは分からない。今回の問題は「医師が左右を書き間違えた」だけではなく、正しい診断情報が存在したのに、複数の工程を通過しても誤りを止められなかったことにある。
最初のX線診断は正しく「左」 入院後に「右」へ変わった
患者は2024年12月、転倒後に一宮市立市民病院を受診した。
外来担当医はX線画像から「左大腿骨頚部骨折」と正しく診断している。
左右が入れ替わったのは、その後だ。
| 段階 | 公表されている内容 |
|---|---|
| 外来診断 | X線で左大腿骨頚部骨折と診断 |
| 手術承諾書 | 誤って「右」と記載 |
| 手術申込書 | 診断名・術式とも右側として記載 |
| 術前マーキング | 骨折していない右下肢に実施 |
| 手術 | 右大腿骨人工骨頭挿入術を実施 |
| 発覚 | 術後のX線撮影で左右取り違えを確認 |
つまり、元となった診断画像には正しい情報があったにもかかわらず、書類上で生じた「右」という誤情報が、マーキング、実際の手術まで引き継がれたことになる。
追加取材で判明① 患者自身による最終確認は困難
28日付の病院側への取材では、患者はもともと意思表示できる状態ではなかったとされる。
手術部位を患者本人に確認できなかったことは今回の条件の一つになる。
ただし、患者が意思表示できない場合でも、手術部位の安全確認が成立しなくなるわけではない。
WHOの手術安全チェックでは、患者本人による確認ができない場合についても想定されており、左右がある手術では部位マーキングを確認し、さらに皮膚切開前に手術チームで患者、手術内容、手術部位を確認する仕組みが示されている。
追加取材で判明② 担当医以外にも「確認する場」はあった
病院側への追加取材では、担当医以外の職員も手術方法などについて情報を共有し、確認する場が設けられていたことも明らかになった。
それでも、担当医が記載した左右の誤りを発見できなかった。病院側は、誤りに気付く機会は複数あったとの認識を示している。
ここで重要なのは、「確認した人数」と「独立した情報で確認したか」は同じではないという点だ。
仮に複数人が確認していても、全員がすでに「右」と誤記された手術申込書やマーキングだけを基準にしていれば、最初の誤りをそのまま追認する可能性がある。
今回、実際にそうだったと断定できる資料はない。
しかし、一宮市が再発防止策として新たに強調しているのは、単なる複数人確認ではなく、電子カルテ上の画像まで参照し、受傷部位と手術部位を照合することだ。
つまり病院側も、確認人数だけでなく、元となる診断情報まで戻って照合する工程を強化対象としている。
当時「タイムアウト」は実施されたのか 公開資料では分からない
ここは現時点で残る大きな空白だ。
WHOが示す手術安全の考え方では、麻酔導入前の確認に加え、皮膚切開直前にチーム全体がいったん手を止め、患者、術式、手術部位を確認する「タイムアウト」が位置付けられている。
しかし、一宮市の公表資料には、
- 事故当時、この病院で正式なタイムアウトを実施していたのか
- 実施していた場合、誰が参加したのか
- 「右」と声に出して確認したのか
- X線画像をその場で表示したのか
- 書類、マーキング、画像の3つを相互照合したのか
- チェック記録が残っているのか
といった具体的な記載がない。
したがって、現段階で「タイムアウトがなかった」「形だけ実施された」と断定することはできない。
ただ、正しい左脚のX線画像が存在しながら右脚への切開まで進んだ以上、切開前に左右を独立して照合する安全機能が、結果として誤手術を止められなかったこと自体は明らかだ。
「切開すれば骨折していないと分からなかったのか」
今回の事故で読者が抱く疑問の一つが、骨折していない右脚を手術している途中で異常に気付かなかったのかという点だ。
しかし、市の発表にも28日付の追加情報にも、右脚の手術中に術者が何を確認したのか、どのような術中所見だったのかは示されていない。
このため、「切開すれば当然分かったはずだ」と医学的に断定することはできない。
むしろ医療安全上の核心は、その前にある。
WHOの安全手順でも、左右取り違えは手術を始めてから発見することを前提とせず、切開前に部位を確定する設計になっている。
今回問われるべきなのは「手術中になぜ気付かなかったのか」だけではなく、正しい診断画像があったのに、なぜ切開前の段階でその画像と右脚のマーキングが照合されなかったのかだ。
追加取材で判明③ 2日後に左脚を手術、歩行器で歩けるまで回復
患者は、必要のなかった右脚への手術を受けた2日後、本来骨折していた左脚についても手術を受けた。
骨折前から完全に自力で歩ける状態ではなかったとされるが、その後は歩行器を使用して歩けるまで回復したという。
この「2日後の再手術」「歩行器まで回復」「患者が意思表示できない状態だった」という3点は、一宮市の26日付公式発表には記載されていない。
週刊TAKAPIが独自取材した情報ではなく、28日付で公表された病院側への追加取材内容を、26日の市一次資料と区別して再構成している。
550万円は一括公表 賠償項目の内訳は明らかにされず
一宮市は、今回の医療過誤が診療契約上の義務違反にあたるとして、患者側に損害賠償金550万円を支払う内容で和解する。
市の9月補正予算案でも「医療過誤に係る裁判外での和解に伴う損害賠償金」として550万円が計上されている。
ただし、公表資料には550万円の内訳がない。
必要のなかった右脚手術に対する慰謝料、本来の左脚手術が2日後になったことによる負担、入院・治療への影響、後遺障害の有無などについて、どの項目をどの程度評価して550万円となったのかは明らかにされていない。
また、市の公表では患者がその後歩行器で歩けるまで回復したことは確認できるものの、今回の誤手術による恒久的な後遺障害が認定されたのかどうかも示されていない。
「確認を増やす」だけではなく、何を根拠に確認するか
一宮市が示した再発防止策は、術前マーキング時と手術室での麻酔導入前に、複数人で電子カルテ上の画像を参照しながら、受傷部位と手術部位を照合するというものだ。
今回の経過から見える最大の論点は、単純なヒューマンエラーだけではない。
正しい「左」という一次情報があった一方、後から作られた書類には「右」と記載され、その情報がマーキングと手術へ連鎖した。
公開情報から考えられる検証仮説は、複数人で確認する仕組みがあっても、同じ誤情報を参照するだけでは誤りを止められない「確認の連鎖」が起きた可能性だ。
ただし、事故当時に各職員が具体的にどの資料を参照したかは公表されておらず、これはあくまで今後検証すべき仮説である。
病院が今後説明すべき核心は、確認回数の多さではなく、誰が、どの時点で、何を根拠に左右を確認していたのかにある。
週刊TAKAPI 編集部/成田
特記事項
一宮市の公式発表で確認できるのは、誤手術までの経緯、550万円での和解、現在の再発防止策などです。患者の意思表示能力、2日後の左脚手術、その後の歩行状態などは28日付の病院側への追加取材として公表された情報です。当時のタイムアウトの実施方法、術中所見、550万円の内訳は現時点で公表されていません。
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