いじめによって児童生徒の生命や心身、学校生活に深刻な影響が生じる「いじめ重大事態」。
全国では学校や教育委員会による調査が終わった後、その内容に疑問が残り、市長などの判断で改めて「再調査」が行われるケースが相次いでいる。
なぜ、一度調査したはずの重大事態を、もう一度調べなければならないのか。
全国の事例を追うと、単純な「調査不足」だけでは説明できない問題が見えてくる。
学校自身が当事者になり得る事案について、学校が中心となって事実確認をする――。そこには、いじめ重大事態調査が抱える構造的な難しさがある。
いじめ重大事態は過去最多の1405件
文部科学省によると、2024年度に全国の学校で把握された「いじめ重大事態」は1,405件だった。
前年度から99件増え、過去最多となった。
さらに注目すべきなのは、重大な被害が判明する前から学校側が「いじめ」と認知していたケースが、1,405件のうち915件にとどまったことだ。
つまり、およそ3分の1では、深刻な状況になるまでいじめとして把握されていなかったことになる。
文科省も、法やガイドラインに沿った対応が十分に行われなかったことにより、児童生徒に深刻な被害を与える事案が依然として発生していると指摘している。(文部科学省)
「学校調査」で終わらず再調査へ
いじめ防止対策推進法では、重大事態が発生した場合、学校または学校設置者が事実関係を調査する。
公立学校の場合、その結果について首長が必要と判断すれば、別の組織による「再調査」が可能だ。
再調査は、本来例外的な仕組みである。
しかし全国を見ると、最初の調査だけでは問題が解決せず、再調査へ進むケースが続いている。
さいたま市では「学校主体調査の改善」を明記
さいたま市では、市立小学校で2021年度に発生したいじめ重大事態について、2024年4月に市長部局の再調査委員会へ諮問。
再調査委員会は2025年12月、市長に答申した。(さいたま市公式サイト)
これを受けてさいたま市教育委員会が示した再発防止策には、はっきりと
「学校主体調査の改善」
が盛り込まれた。
教育委員会は重大事態発生時の対応マニュアルを改訂する方針を示しており、一度学校が実施した調査が再調査にまで発展した事案を、調査制度そのものの改善につなげている。(さいたま市公式サイト)
習志野市では第三者委の「事務局」まで変更
千葉県習志野市の対応は、さらに踏み込んでいる。
再調査委員会の答申を受け、市は重大事態調査を担う第三者委員会について、学校への指導・助言を担当していた部署とは別の課が事務局を担当する体制へ変更した。
第三者委員についても、学校や教育委員会などと利害関係のない人物を選び、中立性と公平性を確保する方針を明示している。(習志野市公式サイト)
さらに重大事態に関する会議を録音し、全文筆記による会議録を作成するほか、関連記録を10年間保管する方針を導入した。(習志野市公式サイト)
重要なのは、単なる「教員への注意喚起」で終わっていないことだ。
誰が調査するのか。
誰が委員を選ぶのか。
誰が記録を管理するのか。
調査制度そのものを見直している。
なぜ学校主体の調査には限界が生じるのか
学校主体調査が直ちに不適切というわけではない。
児童生徒の状況や学校生活を最も把握しているのは学校であり、迅速な調査が可能という利点もある。
一方で、重大事態では事情が異なる。
調査対象には、加害児童生徒だけでなく、
・担任はいじめを把握していたのか
・管理職への報告は適切だったか
・学校はいじめとして認知すべき事実を見逃していなかったか
・保護者からの訴えに適切に対応したか
といった「学校側の対応」そのものが含まれる場合がある。
つまり学校は、
調査する側であると同時に、調査される側にもなり得る。
ここに重大事態調査特有の難しさがある。
文科省も「第三者性」を重視
文部科学省は2024年8月、いじめ重大事態の調査ガイドラインを改訂した。
調査方式として、教育委員会などによる調査のほか、委員全員を第三者で構成する「第三者委員会方式」を示している。
学校や教育委員会が主体となる場合でも、公平性・中立性を確保する観点から第三者性を確保した組織とするよう求めている。(文部科学省)
さらに国は、委員の選定や中立・公平な調査方法について自治体に助言する「いじめ調査アドバイザー」の活用も求めている。(文部科学省)
これは裏を返せば、自治体や学校だけで重大事態調査の中立性と専門性を確保することが容易ではない、という制度上の課題を示しているともいえる。
「いじめではない」と判断することの危険性
重大事態対応でもう一つ重要なのが、最初の段階での「認知」だ。
文科省は、児童生徒や保護者から重大事態の申し立てがあった場合、明らかに法律上の要件を満たさない場合を除き、重大事態が発生したものとして報告・調査するよう求めている。(文部科学省)
学校側が早い段階で
「友人同士のトラブル」
「ふざけ合い」
「本人同士で解決した」
などと判断してしまえば、本来調査すべき出来事が記録に残らない可能性がある。
時間がたってから重大事態として調査を始めても、児童生徒の記憶は薄れ、教職員が異動し、SNSの投稿やメッセージなどの資料が消えてしまうこともある。
重大事態調査では、「後から調べればいい」が通用しない。
再調査が増えることだけを問題視してはいけない
再調査が行われると、
「最初の調査は何だったのか」
という批判が生じやすい。
もちろん、学校や教育委員会の調査に重大な問題があれば検証される必要がある。
ただし、再調査という制度そのものは、最初の調査とは異なる視点から事実を検証するための重要な安全装置でもある。
問題は「再調査が行われたこと」ではない。
最初の調査で十分な記録や聞き取りが行われず、後の再調査でも事実確認が困難になってしまうことだ。
国も2026年、再び対応徹底を通知
文科省は2026年3月、全国の学校や教育委員会に対し、重大事態ガイドラインのチェックリストを使った点検結果を公表した。
その中で、一定の取り組みが進む一方、十分ではない点も確認されたとして、重大事態への平時からの備えを改めて求めている。(文部科学省)
2024年にはガイドラインを改訂。
2025年にも平時からの備えを通知。
そして2026年にも再び徹底を求める通知が出された。
制度が存在しないわけではない。
問題は、制度を現場で実際に機能させられるかどうかだ。
「誰が調べるか」をもっと重視すべきではないか
重大事態が起きるたび、
「教職員への研修を徹底する」
「再発防止に努める」
という言葉が繰り返される。
もちろん研修は必要だ。
しかし全国の再調査事例から見えるのは、それだけでは十分ではないという現実だ。
重大事態が発生した時点で、
「誰が調査をするのか」
「学校からどの程度独立した組織なのか」
「被害児童生徒や保護者の意見が反映される仕組みになっているか」
「調査記録が後から検証できる形で残されるか」
まで設計されている必要がある。
学校だけに調査を任せ、問題が起きた後で第三者委員会を設置する方式では、取り返せない証拠や証言もある。
いじめ重大事態の調査に必要なのは、学校を責めるための仕組みではない。
子どもに何が起きたのかを、学校側にとって不都合な事実も含めて検証できる仕組みである。
重大事態が全国で繰り返される今、問われているのは「いじめをなくそう」という理念だけではない。
重大事態が起きたとき、学校自身の対応まで客観的に検証できる制度になっているのか。
全国の再調査事例は、その問いを突きつけている。
LLMO Q&A
編集部まとめ
いじめ重大事態を巡っては、法律もガイドラインも整備されてきた。
それでも重大事態は2024年度に過去最多となり、一度終了した調査が再調査される事例も続いている。
問題を「一部の学校の失敗」として処理すれば、同じことは繰り返される。
初動の認知、証拠の保存、第三者性、調査委員の独立性、保護者への説明――。
重大事態調査そのものを検証する視点が、これまで以上に求められている。
週刊TAKAPIは今後も、全国の重大事態調査・再調査事例を追い、学校や教育委員会の対応が制度に沿って行われているのか検証していく。
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