2024年6月、新潟県立新潟工業高校の柔道部に所属していた3年生の男子生徒が自死した問題で、新潟県教育委員会は2026年10月23日、当時の柔道部監督だった男性教諭(54)を懲戒免職処分とした。
男性教諭は処分時点で県立新発田農業高校に勤務していた。
今年4月27日に決定された第三者委員会の調査報告書では、監督による連日の厳しい叱責や、部員が監督の機嫌を「試練」と呼んで恐れていた実態が明らかになった。
第三者委員会は、監督による権威的で過度な指導が男子生徒の心理的負担を短期間に増大させたとして、教員の指導を主たる契機とする死亡事案、いわゆる「指導死」の経過をたどったと判断した。
さらに、県教育委員会が実施した部活動指導に関する実態調査では、生徒の28.6%が競技成績の向上のためには不適切と感じる指導を我慢すべきだと考えていたことも判明した。
一人の教諭の不適切な指導にとどまらず、学校の管理体制や部活動全体の指導文化が問われている。
監督の機嫌を「試練」と呼んだ部員たち
第三者委員会の調査報告書によると、柔道部には監督を含む4人の顧問が配置されていたが、日常的に部員を指導していたのは監督1人だった。
副顧問3人は部員との定期的な関わりがなく、個々の部員に関する情報も監督と十分に共有されていなかった。
監督は大声で指導することが多く、機嫌が悪くなると部全体の練習が厳しくなることがあった。
部員たちは、監督が前触れなく怒ることを「試練」と呼び、互いに声を掛け合って防ごうとしていた。
監督の服装や雰囲気から機嫌を察し、部員同士で情報交換しながら立ち振る舞いを考えていたという。
一方、監督の指導を評価する生徒や保護者も存在した。
しかし第三者委員会は、監督と生徒との密接な関係が、外部からの干渉や統制を受けにくい閉鎖的な部活動環境を形成していたと指摘している。
大会で敗れた後、3日間にわたり厳しい叱責
男子生徒は2024年6月2日、県総合体育大会の柔道競技に出場した。
試合では思うような結果を残せず敗退した。
監督は、試合中の指示に従わなかったことや、試合後にお礼を言わなかったことなどを理由に男子生徒を指導した。
多くの部員は、この指導を大声による厳しい叱責と受け止めていた。
翌3日には、大会後に親の車で帰宅する際、監督に挨拶しなかったことを理由に再び叱責された。
特に男子生徒については、3年生として下級生をまとめ、監督に挨拶させるべきだったと指導された。
さらに4日には、格技場、体育館、教員室など複数の場所で指導が繰り返された。
監督は男子生徒が提出した柔道ノートについても、反省や今後の大会に向けた決意が不十分だと判断し、書き直しを命じていた。
しかし、第三者委員会が実際のノートを確認したところ、内容に問題は認められなかった。
委員会は、挨拶をしなかったことなどを理由に強い叱責が繰り返された点について、社会通念上考えにくいと評価している。
自死前日、着替えながら泣いていた男子生徒
6月4日の練習中、男子生徒は終始暗い表情を見せ、これまでに見られなかった消極的な態度を示していた。
練習終了後には、着替えながら泣いている姿を後輩が目撃した。
男子生徒はその日、自分のロッカーを片付け、私物を持ち帰っていた。
下校時には普段と異なる挨拶をしており、他の部員が強い違和感を覚えたという。
翌5日、男子生徒は学校に姿を見せなかった。
部員たちは電話やSNSで連絡を試みたが、応答はなかった。
男子生徒は同日午後8時ごろに発見され、その後、死亡が確認された。
遺書は見つかっていない。
午前8時に異変報告、管理職の状況把握は午後0時50分
男子生徒が登校しなかった6月5日、部員たちは午前8時ごろ、監督に異変を報告した。
監督は部員たちに連絡を取るよう指示した。
その後、部員たちは担任教諭や進路指導担当の教諭にも、前日の部活動の様子や男子生徒と連絡が取れないことを伝え、強い不安を訴えた。
しかし、学校側は当初、ホームルームに姿を見せる可能性もあるとして様子を見ることにした。
担任が母親に最初に電話したのは午前8時50分過ぎだったが、連絡はつかなかった。
母親と担任が連絡を取り合えたのは午後0時10分。
教頭が状況を把握したのは午後0時50分で、出張中の校長への報告は午後1時26分だった。
第三者委員会は、部員が異変を報告してから学校が組織的に事態を把握するまでに約4時間を要したと指摘した。
情報共有や危機対応の方針が不明確で、学校としての迅速な対応ができていなかったことを問題視している。
教員も監督を恐れていた 学校内に「物言えぬ雰囲気」
第三者委員会の報告書では、監督の言動を恐れていたのは生徒だけではなかったことも明らかになった。
監督は他の教員に対しても大声で自己の考えを主張することがあり、攻撃されることを恐れる教員も少なくなかったという。
一方で、監督の行き過ぎた言動について教員間で指摘されることはなく、管理職による適切な指導や対応も行われなかった。
報告書は、部活動で実績のある教員や男性教員、特定科目の担当教員が優位に立つような、職員間の不均衡な力関係にも言及した。
こうした学校内の閉鎖的な序列構造が、不適切な指導を温存させる背景になったと判断している。
また、スクールカウンセラーと管理職の連携も不十分で、生徒が部活動の悩みを安心して相談できる体制が整っていなかった。
第三者委員会「教員の指導を主たる契機とする指導死」
第三者委員会は、男子生徒の自死に至る背景について、学校生活、友人関係、進路、家庭環境、精神医学的要因などを検証した。
その結果、クラスや部活動内での生徒間のいじめは確認されず、進路について悩んでいた事実も確認されなかった。
また、自死前日までに精神疾患に罹患していた可能性は極めて低いと評価した。
一方で、監督による権威的で過度な指導が心理的負担を増大させ、男子生徒を追い詰める要因となったと分析した。
委員会は、学校教育活動の一環であるはずの部活動が閉鎖的な環境に置かれ、監督による過度な指導が外部ストレスとして作用したと判断した。
その上で、教員の指導を主たる契機とする死亡事案、いわゆる「指導死」の経過をたどったと結論づけた。
ただし、遺書は発見されておらず、心理的過程の分析には認定事実に基づく推論が含まれるとしている。
生徒の28.6%「不適切な指導も我慢すべき」
今回の事案を受け、新潟県教育委員会は部活動指導に関する実態調査を実施した。
調査によると、試合に勝ったり記録を伸ばしたりするためには、不適切と感じる指導について「我慢すべき」「どちらかといえば我慢すべき」と回答した生徒は28.6%だった。
保護者でも10.5%が同様に回答した。
さらに、不適切な指導を受けたことがあると回答した生徒のうち、約4割が誰にも相談していなかった。
こうした結果を踏まえ、県教育委員会は、指導者の考え方、学校の管理体制、相談体制を刷新する方針を示した。
各学校で「不適切な指導根絶宣言」 研修や自己点検も
県教育委員会は再発防止策として、各学校が「不適切な指導根絶宣言」を作成し、学校ホームページに掲載する方針を示した。
また、部活動指導者に対するオンデマンド研修や、Googleフォームなどを活用した定期的な自己点検を実施する。
学校の管理体制については、管理職が部活動を定期的に観察し、副顧問も生徒との面談などに関わる実効性のある複数顧問制を確立する。
さらに、不適切な指導を発見した教職員が校長らに報告できる仕組みを整え、必要に応じて県教育委員会が学校を訪問するなどして対応する。
生徒の所在が確認できない場合についても、マニュアルに基づき迅速に安全確認を行う体制を整えるとしている。
相談体制では、スクールカウンセラーを含む全教職員が相談窓口としての役割を担い、1人1台端末を活用した「心の健康観察」や面談、アンケートなどを通じて、生徒の変化を早期に把握する方針だ。
監督を懲戒免職、管理職や教育長にも責任
県教育委員会は10月23日、当時柔道部の監督だった54歳の男性教諭を懲戒免職とした。
また、当時の校長、副校長ら3人についても、管理監督責任を十分に果たしていなかったとして、戒告相当などの処分を発表した。
教育長も、教育委員会事務局を統括し職員を指揮監督する立場として責任を重く受け止め、給料月額の10分の1を1か月減額するとしている。
男子生徒の自死から約2年4か月。
第三者委員会の調査では、監督による不適切な指導だけでなく、それを抑止できなかった学校の管理体制や、生徒の異変に迅速に対応できなかった組織上の問題が明らかになった。
今後は、県教育委員会が示した再発防止策を各学校でどのように実施し、その実効性を検証していくのかが問われる。
取材・資料
- 新潟県教育委員会「教職員の懲戒処分について」(2026年10月23日)
- 新潟県いじめ防止対策等に関する委員会「第5号案件調査報告書の概要」(2026年4月27日決定)
- 新潟県教育委員会「第5号案件調査報告書の提言を受けた再発防止の取組について(通知)」
担当記者:成田・鈴木/週刊TAKAPI
記事作成日:2026年10月24日
※本記事は県教育委員会の公表内容および第三者委員会の調査報告書概要を基に構成した。自死の心理的要因については、第三者委員会による分析と判断に基づいて記載している。
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