【東三河・救急医療①】ドクターヘリ機長の71%が50歳以上 2030年以降に人材不足の懸念、愛知2機体制の持続性を問う

愛知医科大学病院のドクターヘリと、全国の機長71%が50歳以上という高齢化問題を伝える報道アイキャッチ

事故や急病で一刻を争う患者が発生したとき、医師と看護師を現場近くまで送り届けるドクターヘリ。救急医療機関まで距離のある山間部や半島部を抱える東三河にとって、空からの医療支援は重要な役割を担っている。

その運航を支える操縦士の高齢化が進んでいる。国土交通省の調査では、全国のドクターヘリ機長の約71%が50歳以上だった。従来の養成ペースが続けば、2030年以降、ドクターヘリなどで年間10人以上の機長が不足する可能性も指摘されている。

愛知県では2024年2月、2機目のドクターヘリが運航を開始した。これまで1機で対応してきた地域にとって、複数の出動要請を補完できる体制が整った意義は大きい。

一方、機体の配備と、それを飛ばす人材の確保は切り離して考えなければならない。全国的に操縦士の世代交代が課題となるなか、東三河の救急医療を将来にわたってどう維持するのか。国と愛知県が公表した資料から、現状と課題を検証した。

機長の約7割が50歳以上 国が示した人材不足の見通し

国土交通省は2026年6月19日、関係省庁と検討を進めてきたヘリコプター操縦士の養成・確保策を公表した。

2025年1月1日時点の調査によると、50歳以上の割合はヘリコプター操縦士全体で約50%。これに対し、ドクターヘリ機長では約71%、消防防災ヘリ機長でも約65%に上った。

国が懸念するのは、経験豊富な機長の退職が進む一方で、後継者の育成が追いつかなくなる事態だ。

ドクターヘリなどの機長には、現行の基準で1,000時間以上の飛行経験が求められる。操縦資格を取得しても、すぐに救急医療の現場で機長を務められるわけではない。飛行経験を重ね、必要な技量を身につけるまでには相応の時間がかかる。

国の資料は、従来の養成ペースを前提とした場合、2030年以降にドクターヘリなどで年間10人以上の機長が不足するとの見通しを示した。

これは全国の人材需給に関する推計であり、愛知県で同じ規模の不足が生じるという意味ではない。ただし、救急医療を担う機長の世代交代が、各地で検討を要する問題になっていることは明らかだ。

仕事を通じて経験を積めない 養成費用は1時間約30万円

人材育成を難しくしているのは、操縦士の年齢構成だけではない。

かつて若手操縦士は、農薬散布や空撮などの業務を通じて飛行経験を積んできた。ところが、ドローンの普及によって、有人ヘリコプターが担ってきた仕事の一部が置き換わっている。

国の資料によると、農薬散布や空撮などに使われたヘリコプターの年間飛行時間は、2000年の5万9,554時間から2024年には2万1,907時間へと減少した。約6割の減少である。

一方、人員や物資を輸送する飛行時間は同じ期間に増えている。求められる業務が変化するなか、若手が経験を積むための機会をどう確保するかが課題となっている。

操縦士の養成には、飛行1時間当たり約30万円の費用が必要とされる。経験を積むために訓練飛行を増やせば、その負担は運航事業者に生じる。

国は対策として、航空大学校に操縦資格を持つ若手向けの養成コースを新設し、2028年度末を目途に運用を開始する方針を示した。養成費用への公的支援や、飛行経験の要件を見直すことも検討している。

ただ、訓練制度が整備されても、直ちに経験豊富な機長が増えるわけではない。新たな人材が現場を担うまでの期間をどう支えるかも問われる。

愛知県のドクターヘリは2機 運航を担うのは同じ航空会社

愛知県では2002年1月、愛知医科大学病院を基地病院としてドクターヘリの運航が始まった。2024年2月1日には藤田医科大学病院にも配備され、2機体制へ移行している。

2026年3月13日の愛知県議会福祉医療委員会で、県側は平常時の担当区域について、愛知医科大学病院が尾張北部、尾張東部、西三河、東三河地域を、藤田医科大学病院が名古屋、あま、知多地域を受け持つと説明した。

複数の出動要請が重なった場合には、両機が相互に補完する体制としている。

愛知医科大学病院のドクターヘリは、2026年3月9日に累計出動件数が1万件に達した。2002年の運航開始から24年以上にわたり、県内の救急医療を支えてきた実績がある。

注目したいのは、愛知県の2機がいずれも中日本航空によって運航されている点だ。基地病院は異なるものの、操縦士の確保や養成という観点では、同じ運航事業者が重要な役割を担っている。

同社が2機の運航を担当していること自体に問題があるわけではない。実績のある事業者が運航を担うことには、安全管理や技術面での利点もある。

ただ、全国で操縦士の高齢化が進むなか、県内で必要な人数を継続的に確保できるかは、機体の配備数とは別に確認すべき事項となる。

現時点で確認した公表資料からは、愛知県内のドクターヘリ機長の年齢構成や今後の退職見込みまでは把握できない。全国統計を根拠に、愛知県でも既に操縦士不足が生じていると判断することはできない。

2機体制でも出動できない要請がある 2025年度は25件

実際の運航には、機体や操縦士が確保されているだけでは解決できない制約もある。

藤田医科大学病院の公表資料によると、同院のドクターヘリには2025年度、223件の出動要請があり、実際に離陸したのは198件だった。差し引き25件は出動に至っていない。

前年度の2024年度も255件の要請に対して出動は208件で、47件が出動に至らなかった。同院は、出動中や天候不良などが要請に応じられない要因になると説明している。

これらの件数は、操縦士不足による欠航を示すものではない。また、藤田医科大学病院の運航実績であり、東三河における不応需件数を表した数字でもない。

しかし、県が目指す「全ての出動要請に応じられる体制」と、実際の運航実績を区別して見ることは必要だ。

藤田医科大学病院が公表する通常の運航時間は午前8時30分から午後5時までで、日没が早い場合はその時刻までとなる。夜間や悪天候時を含め、ドクターヘリだけですべての救急需要を担えるわけではない。

だからこそ、機体の増強と並行して、地上の救急搬送や近隣県との広域連携をどう機能させるかが重要になる。

奥三河と渥美半島 救急医療を支えるのは機体数だけではない

東三河では、救急患者の発生場所によって医療機関までの距離や搬送条件が大きく異なる。

新城市北部をはじめとする奥三河の山間地域と、田原市の渥美半島では、地理的条件も利用できる道路も違う。重症患者が発生した際には、患者の状態や搬送先の受入能力を踏まえた判断が求められる。

ドクターヘリの役割は、単に患者を空路で運ぶことではない。医師と看護師を現場近くに派遣し、病院到着前から必要な治療を開始できることに大きな意味がある。

そのため、運航が困難な場合に地上搬送へ切り替えるだけで、同じ医療を同じ時間内に提供できるとは限らない。

愛知県は2機体制の導入に際し、近隣県との相互応援や南海トラフ地震など大規模災害への対応強化も掲げた。平常時の救急医療に加え、複数の医療機関が同時に支援を必要とする事態も想定している。

今後、東三河で検証すべきなのは、ドクターヘリの出動件数だけではない。地域別の要請件数、出動に至らなかった理由、医師が患者に接触するまでの時間、県外からの応援実績などを把握することで、運航体制の実効性をより具体的に評価できる。

2030年を前に問われる「飛ばし続けられる体制」

国が示した機長不足の予測は、ドクターヘリが直ちに運航できなくなるという警告ではない。今後、必要な人材を計画的に育てなければ、現在の体制を維持することが難しくなる可能性を示したものだ。

愛知県が2機体制を整えた意義は大きい。だが、その成果を将来も維持するには、運航事業者の人材確保、後継者育成、天候や時間帯による運航制約への対応を継続して確認しなければならない。

豊橋、豊川、蒲郡、新城、田原を含む東三河の救急医療を支えるのは、ドクターヘリだけではなく、地域の病院、消防、救急車、ドクターカーを結ぶ仕組みそのものだ。

問われているのは、愛知県に何機のヘリコプターがあるかではない。必要なときに医療を届けられる体制を、将来も維持できるかという問題である。

編集部まとめ

国土交通省の調査で、ドクターヘリ機長の約71%が50歳以上を占めることが確認された。国は若手操縦士の養成を進める方針だが、経験豊富な機長を育てるには時間と費用が必要になる。

愛知県は2024年から2機体制を採用している。県内の操縦士不足が確認されたわけではないものの、将来の人員構成や運航の継続性を検証していく必要がある。

週刊TAKAPIは次回、愛知県のドクターヘリ2機体制を取り上げる。特に、東三河で出動要請が重なった場合の対応と、県境を越えた救急医療の連携に焦点を当てる。

特記事項

本記事は、国土交通省が2026年6月19日に公表した「ヘリコプター操縦士の養成・確保に関する関係省庁連絡会議」の資料、愛知県のドクターヘリ運航事業に関する公表資料、2026年3月13日の愛知県議会福祉医療委員会の審査記録、愛知医科大学病院および藤田医科大学病院の公表資料、中日本航空の運航情報を照合して構成した。

機長の年齢構成は2025年1月1日時点の全国調査に基づく。2030年以降の機長不足は一定の条件に基づく将来推計であり、愛知県内の不足人数や運航停止を予測したものではない。

藤田医科大学病院の不応需件数についても、操縦士不足との因果関係は確認されていない。本記事は公開資料の検証に基づくものであり、行政機関や運航事業者への個別取材で回答を得たものではない。

Qドクターヘリ機長の高齢化はどの程度進んでいますか?
A国土交通省の2025年1月1日時点の調査によると、全国のドクターヘリ機長の約71%が50歳以上です。
Q2030年以降、ドクターヘリは運航できなくなるのですか?
A運航停止が決まっているわけではありません。国は従来の養成ペースが続いた場合、ドクターヘリなどで年間10人以上の機長が不足する可能性を示しています。
Q愛知県のドクターヘリは何機で、東三河はどちらの担当ですか?
A愛知県は2機体制です。平常時は愛知医科大学病院が東三河を担当し、藤田医科大学病院と相互に補完する仕組みです。
Q愛知県でも既に操縦士不足が起きていますか?
A今回確認した公表資料では、愛知県内で操縦士不足が発生しているとの事実は確認できていません。県内の機長の年齢構成や将来の人員確保状況は、別途確認が必要です。
Qドクターヘリが出動できない場合、患者はどうなりますか?
A患者の状態や地域の救急医療体制に応じ、救急車などによる地上搬送や他の医療機関との連携が検討されます。ドクターヘリと同じ時間で治療を開始できるとは限らず、各地域の搬送体制が重要になります。

週刊TAKAPI 編集部/成田

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