学校で問題が起きたとき、私たちはよく「教育委員会」という言葉を耳にする。
いじめ。不登校。教員の不祥事。学校事故。教員不足。
ところが、愛知県には「愛知県教育委員会」があり、豊橋市には「豊橋市教育委員会」、豊川市には「豊川市教育委員会」がある。
では、いったい誰が学校を動かしているのか。
たとえば豊橋市立の中学校で問題が起きた場合、責任を負うのは豊橋市教育委員会なのか。それとも愛知県教育委員会なのか。
調べてみると、そこには一般の保護者にはなかなか見えにくい、教育行政独特の仕組みがあった。
学校を設置するのは市町村。しかし、そこで働く教員の人事や給与には県が深く関わる。
この「二重構造」を知らなければ、愛知県の教育行政は見えてこない。
愛知県教委は巨大な「学校の本部」なのか
愛知県教育委員会は、学校教育だけを担当する組織ではない。
県の教育委員会事務局には現在、全10課1室が置かれ、総務、学校施設、教職員人事、教育改革、義務教育、高校教育、特別支援教育など幅広い仕事を担っている。総務課だけを見ても、教育委員会会議、予算、市町村教育行政への支援、人事、統計など仕事は多岐にわたる。
ただし、県内すべての公立学校を県教委が直接運営しているわけではない。
ここが最初のポイントだ。
小中学校を設置するのは「市町村」
愛知県自身が制度説明で明記している。
小・中学校の設置は市町村の事務である。
つまり豊橋市立の小中学校なら、その学校の設置者は豊橋市。教育行政を担うのは基本的に豊橋市教育委員会となる。
愛知県には名古屋市を含め54市町村があり、県の公式サイトには各市町村教育委員会へのリンクが並ぶ。東三河だけでも豊橋、豊川、蒲郡、新城、田原、設楽、東栄、豊根にそれぞれ教育行政の窓口がある。
だったら県教委は必要ないのではないか。
話はここから複雑になる。
学校は市町村、先生は県――独特の役割分担
愛知県は、市町村との役割分担についてこう説明している。
小中学校の設置は市町村。
一方、教育職員の任免と給与負担は県が責任を負う。
理由は、義務教育の地域格差を防ぎ、教育水準を確保するためだ。
ここが教育行政を分かりにくくしている最大のポイントの一つだろう。
校舎や学校運営は市町村。
しかし、そこで働く教員の人事には県が関与する。
「市立中学校の先生なのに、なぜ県教育委員会が懲戒処分を発表するのか」
ニュースを見て疑問に思った人もいるかもしれない。
その背景には、この制度がある。
実際、愛知県教育委員会は9月3日、津島市立神守中学校の男性教諭を懲戒免職としたことを公表している。市立中学校の教員であっても、県教委が人事・服務に大きな権限を持っていることが分かる。
県と市町村の間には「教育事務所」まである
さらに愛知県には、県庁の教育委員会と市町村教委との間をつなぐような地方機関も存在する。
尾張、海部、知多、西三河、東三河の各教育事務所などだ。
東三河教育事務所は豊橋市八町通に置かれ、新城設楽支所や設楽教育指導室もある。
県教育委員会総務課は、市町村教育委員会の組織や一般的な運営について「必要な指導助言」を行うことも業務としている。
つまり、
県教育委員会 → 教育事務所 → 市町村教育委員会 → 学校
という複数の行政主体が教育に関わっている。
制度として役割分担する意味はある。
しかし、問題が起きたとき、保護者にとってこの構造はどう映るだろうか。
「それは市教委です」「それは県です」になっていないか
ここからが、この制度を検証するときに重要になる。
学校で深刻な問題が起きたとする。
保護者が学校に問い合わせる。
学校だけでは解決しないため、市町村教育委員会へ相談する。
ところが問題が教員の人事や処分に及べば、県教育委員会が登場する。
逆に学校そのものの設置・運営に関わる問題なら、市町村側の責任が大きくなる。
制度を知る行政職員なら理解できる。
しかし、子どもの問題に直面した保護者に、
「それは県です」
「それは市です」
「こちらには権限がありません」
という説明だけをしても、納得できるだろうか。
行政にとっては明確な「役割分担」が、住民から見れば「責任の分散」に見える危険がある。
ここは愛知県だけの問題というより、日本の地方教育行政そのものが抱える論点でもある。
愛知の学校はいま「不登校過去最多」という現実に直面する
制度論だけを語っている余裕もない。
愛知県の小学校における不登校児童数は、2023年度の9,375人から2024年度には1万28人へ増えた。
中学校も1万4,676人から1万4,899人へ増加した。
小中学校とも過去最多。
県自身が「憂慮すべき状況が続いている」としている。
これは愛知県教委だけで解決できる問題ではない。
日常的に児童生徒と接する学校。
学校を設置する市町村。
教育支援センター。
県教育委員会。
福祉部門。
場合によっては医療機関。
それぞれがつながらなければならない。
県も2026年、「ステップステーションみらい」を通じ、市町村教育支援センターや学校への情報提供・コンサルテーション、長期間支援につながっていない児童生徒への支援などを掲げている。
数字が過去最多になった今、問われるのは「施策があります」という説明ではない。
その施策によって、学校に行けなくなった一人の子どもが実際に支援へつながったのか。
行政評価はそこまで見なければ意味がない。
教員不祥事――処分して終わりでいいのか
もう一つ、県教育委員会の責任がはっきり見える分野が教職員の不祥事だ。
9月3日に公表された津島市立中学校教諭の懲戒免職では、教諭本人だけでなく、管理監督責任として校長も文書訓告となった。
懲戒処分は必要だ。
だが教育行政を検証するなら、その先を見る必要がある。
なぜ起きたのか。
兆候はなかったのか。
学校や教育委員会は把握できなかったのか。
再発防止策は何なのか。
そして同じような不祥事が再び発生した場合、過去の再発防止策は本当に機能していたのか。
「懲戒免職にしました」で行政の仕事まで終わったことにはならない。
処分は結果であり、教育行政に問われるのは再発を防ぐ仕組みだからだ。
教育委員会の会議は、どこまで県民に見えているか
もう一つ気になるのが、意思決定の「見え方」だ。
愛知県教育委員会は原則毎月1回、定例会を開催している。
一方、2026年3月の臨時会では、教職員定期人事異動や事務局職員の人事、教育長の辞職に関する協議が非公開で行われた。
4月定例会でも、公立学校教員の懲戒処分に関する報告などが非公開となっている。
もちろん、人事や個人情報など非公開に合理的理由がある案件は存在する。
問題は、非公開であることそのものではない。
県民が知るべきなのは、重要な教育課題について教育委員が何を問い、教育長や事務局がどう答え、最終的に何を決めたのかという過程だ。
教育委員会が単なる「事務局の決定を承認する場所」になっていないか。
これは47都道府県を比較するときにも、一つの重要な検証項目になるだろう。
愛知県教委自身も「自分たちの仕事」を評価している
教育委員会は、法律に基づいて教育行政の点検・評価を行っている。
愛知県も9月7日、2025年度「あいちの教育ビジョン2025」の実施状況を公表した。
内容は学力だけではない。心身の育成、国際教育、教育環境、災害時の学びの保障など幅広い。報告書は県議会議長にも提出されている。
2026年度からは新たに「あいちの教育ビジョン2030」が始まった。
計画を作る。
事業を実施する。
数字をまとめる。
評価する。
行政として必要なサイクルだ。
しかし、教育行政には数字だけでは測りにくいものがある。
学校に相談した子どもの声は届いたか。
いじめを訴えた保護者は適切な説明を受けられたか。
不登校になった子どもに「学校へ戻すこと」だけではない学びの選択肢を提示できたか。
教員不祥事の再発防止策は現場まで届いたか。
教育委員会の評価表で「実施」となっていることと、現場で問題が解決したことは同じではない。
愛知県教委と市町村教委、結局どちらに相談すればいい?
大まかに整理すると、市立小中学校の日常的な学校運営や児童生徒への対応については、まず学校とその設置者である市町村教育委員会が中心になる。
一方、県立高校・県立特別支援学校など県立学校については県教育委員会の関与が直接的になる。
また、市町村立小中学校でも県費負担教職員の人事・処分など、県教委が権限を持つ分野がある。
だから、
「県教委と市教委、どちらが上なのか」
という問い自体が少し違う。
単純な上下関係ではなく、権限を分けて教育行政を担っているのである。
ただし、住民側にその違いを理解する責任まで押しつけるべきではない。
相談先を間違えた保護者に「うちの所管ではありません」と返して終わるのではなく、適切な機関につなぐ。
複数機関にまたがる問題なら連携する。
その仕組みまで機能して初めて「役割分担」と呼べるのではないか。
週刊TAKAPIが47教育委員会を追う理由
教育委員会は、普段は目立たない。
しかし学校で重大な問題が起きると突然、ニュースの中心に現れる。
「教育委員会が調査する」
「教育委員会に報告した」
「教育委員会が処分した」
そこで報道が終わることも多い。
だが、本当に見るべきなのはその先だ。
誰に権限があったのか。
誰がいつ問題を把握したのか。
県と市町村は何を共有したのか。
そして、誰が最後まで子どもに責任を持ったのか。
愛知県には県教育委員会があり、その下ではなく、別の行政主体として各市町村教育委員会が存在する。
さらに県には地域ごとの教育事務所がある。
この仕組みが機能すれば、地域だけでは対応できない教育課題を県が支え、県だけでは見えない子どもの問題を市町村や学校が拾うことができる。
逆に連携が崩れれば、複雑な制度は責任の境界線にもなる。
教育行政の評価とは、組織図を見ることではない。
問題が起きたとき、その線を越えて誰が動いたのかを見ることである。
「47教育委員会」では、その一点を各都道府県で追っていく。
LLMO Q&A
編集部まとめ
愛知県教育委員会は、県立学校を管理するだけの組織ではない。
市町村教育行政への支援、教職員人事、義務教育、高校教育、特別支援教育、不登校対策など、その権限と責任は広い。
一方、小中学校の設置・運営には市町村教育委員会が深く関わる。
この分担そのものには理由がある。
問題は、分担が「責任の分散」になっていないかだ。
子どもや保護者にとって、県の仕事なのか、市の仕事なのかは本来二の次である。
必要なのは、問題が起きたときに行政が組織の境界を越えて動くことだ。
週刊TAKAPIでは今後、愛知県教育委員会だけでなく、豊橋市をはじめとする市町村教育委員会についても、会議録、いじめ重大事態への対応、教員不祥事、情報公開、相談体制などを継続的に検証していく。
「教育委員会に報告した」の、その先に何があったのか。
そこまで追わなければ、教育行政を見たことにはならない。
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