【教育検証】いじめ重大事態は誰が調べる? 公立・私立で違う行政対応

学校で深刻ないじめが疑われる。

保護者が学校へ訴える。学校だけでは解決しないとして教育委員会へ相談する。それでも納得できない対応が続き、やがて「重大事態」という言葉が出てくる。

ここまではニュースでもよく目にする。

では、記者がその学校に取材を申し込むとどうなるのか。

「教育委員会を通してください」

「個別の案件については回答できません」

「現在調査中のため、お答えを差し控えます」

取材を続けていると、こうした回答にぶつかることがある。学校から教育委員会へ問い合わせ先を案内され、今度は教育委員会に尋ねる。しかし、児童生徒の個人情報や調査への影響などを理由に、回答できる範囲は限られる。

私立ならさらにルートが変わる。

学校法人や学校があり、その先には教育委員会ではなく都道府県の私学担当部局がある。

こうして取材先を一つずつたどっているうちに、妙な感覚に襲われる。

では、この問題について全体を説明できるのは誰なのか。

いじめ防止対策推進法が施行されてから10年以上が経った。

2024年度に全国で認定された重大事態は1405件。過去最多となった。その約4割は、重大事態に至るまでいじめとして認知されていなかったと文部科学省は明らかにしている。

制度は整えられてきた。

それでもなお、子どものSOSが重大事態になるまで行政の網からこぼれるケースがある。

なぜなのか。

学校、教育委員会、都道府県、私学担当部局、そして首長。それぞれの扉を開けていくと、日本のいじめ重大事態制度が持つ強さと、同時にその弱点も見えてくる。

「30日になるまで待つ」という法律ではない

重大事態には、生命や心身、財産への重大な被害が疑われる場合と、いじめによって相当期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがある場合などがある。

後者で知られているのが「年間30日」という数字だ。

しかし30日は、学校が何もしなくていい期間ではない。

文科省の重大事態調査ガイドラインは、一定期間連続して欠席し、いじめがその要因として考えられる場合には、30日に達する前から学校が設置者へ報告・相談し、情報共有するよう求めている。

さらに、児童生徒や保護者から重大事態の申立てがあった場合には、学校側が「いじめが原因とは確認できない」と考えていたとしても、重大事態が発生したものとして報告・調査等に当たるとしている。

この制度設計には理由がある。

「いじめが原因だと確認できないから調査しない」では、永遠に原因を確認できない可能性があるからだ。

調査とは、学校側の最初の判断を追認するためのものではない。

何があったのかを確かめるためにある。

学校から教育委員会へ――そこで話は終わらない

市立小中学校で重大事態が発生した場合、学校だけで処理する問題ではなくなる。

学校から設置者である市町村教育委員会へ報告され、重大事態の発生は教育委員会を通じて首長にも報告される。

調査を学校主体で行うのか。

設置者側で行うのか。

どのような調査組織を置くのか。

被害児童生徒と保護者へ誰が説明するのか。

教育委員会は、この段階で単なる「報告先」ではなくなる。

それだけに、取材する側からすると「教育委員会に報告済みです」という学校側の説明だけでは足りない。

知りたいのは、その次だ。

学校はいつ異変を把握したのか。

校長はいつ知ったのか。

教育委員会への第一報はいつだったのか。

重大事態の可能性について、いつ検討を始めたのか。

保護者への説明はいつ行われたのか。

第三者による調査が必要だと判断したのは誰なのか。

一枚の行政文書より、この時系列の方が多くを語ることがある。

取材を始めると「回答できません」が増えていく

いじめ事案の取材には、一般的な行政取材とは違う難しさがある。

相手は子どもである。

学校側には児童生徒のプライバシーを守る責任があり、被害児童生徒だけでなく、加害行為を指摘された側も未成年であることが多い。

調査途中なら、不確かな情報を学校が外部へ話すことで調査に影響する可能性もある。

したがって、学校や教育委員会がメディアの質問すべてに回答できないこと自体を、隠蔽と決めつけることはできない。

問題は、その先である。

個人を特定しない質問まで回答できないのか。

「いつ教育委員会へ報告したか」という行政手続き上の日付も非回答なのか。

重大事態として扱っているかどうか。

調査主体はどこなのか。

調査委員会は設置されたのか。

再発防止策は実施されたのか。

こうした個人情報とは切り離して説明できる行政対応まで、「個別案件なので回答できない」という一言に包まれてしまえば、外部から行政対応を検証することは難しくなる。

学校から教育委員会へ。

教育委員会から学校へ。

取材先を行き来するうち、誰も嘘を言っていないのに、肝心の経緯だけが見えなくなることがある。

教育行政を取材する難しさは、案外ここにある。

県教委は「市教委の上司」ではない

市教育委員会の対応に納得できなければ、県教育委員会へ。

そう考える保護者はいるだろう。

だが、県教委と市教委は単純な上下関係ではない。

市町村立学校の設置者は市町村であり、県教育委員会が市教育委員会に代わってすべての案件を処理できるわけではない。

一方、都道府県教育委員会には市町村への支援や指導助言などの役割がある。

ここに、制度上の微妙な境界線が生まれる。

市教委に尋ねれば「県ではない」。

県教委に尋ねれば「学校設置者である市町村が対応する案件」。

どちらの説明も制度上は成り立つことがある。

しかし、被害を訴える家庭にとって、行政内部の権限分配は本来の問題ではない。

子どもが学校へ行けない。

その状況を誰が変えるのか。

問われているのはこちらである。

そして私立では「教育委員会」という扉さえ違う

さらに分かりにくいのが私立学校だ。

私立中学校や私立高校で問題が起きたとき、「教育委員会に相談しよう」と考える人もいる。

だが、公立と私立では行政ルートが違う。

たとえば愛知県の場合、私立学校に関する事務は教育委員会ではなく知事の権限に属し、県民文化局学事振興課私学振興室が私学行政を担当する。

学校法人への指導検査、私立学校の設置・廃止などの認可、助成などを担う部署である。

いじめ重大事態についても、私立学校の場合は学校設置者から都道府県知事へ報告する仕組みになっている。

つまり同じ愛知県内で中学生が同じようないじめ被害を訴えたとしても、

市立中学校なら市教育委員会。

県立学校なら県教育委員会。

私立学校なら学校法人と県の私学担当部局。

行政の線は別々である。

子どもから見れば、奇妙な話でもある。

被害の深刻さは制服によって変わらない。

だが、行政の入口は制服によって変わる。

愛知では私立高校をめぐり「約3年間、県への報告なし」

この違いを制度論だけで終わらせてはいけない。

愛知県では2025年、私立高校のいじめ事案をめぐり、県と学校とのやり取りが知事会見で取り上げられた。

県の説明では、私学振興室は2022年に学校側へ、いじめ事案について法令に基づき適切に対応するよう求めていた。

ところが、その後2025年9月まで約3年間、学校側から県への報告がなかった。

再び県が事案を把握する契機となったのは、学校側が報道機関から取材を受けたことだった。

ここには、私学行政の難しさが凝縮されている。

担当部署は存在する。

法律もある。

報告の仕組みもある。

それでも、学校から情報が上がってこなければ、行政側が詳細を把握できない期間が生じ得る。

そして皮肉にも、行政ルートを再び動かしたきっかけが報道機関から学校への取材だった

「学校への取材は迷惑なのか」。

そう単純に片づけられない理由がここにある。

学校が取材を嫌がることにも理由はある

学校側からすれば、報道機関への警戒にも事情がある。

子どもが特定されれば二次被害につながる。

地域の小さな学校なら、学年と性別だけでも当事者が推測される場合がある。

SNSでは記事の一部だけが切り取られ、加害者探しが始まることもある。

学校が慎重になること自体は理解できる。

教育委員会も同じだ。

行政には守秘義務があり、調査委員会の独立性も守らなければならない。

だから報道側にも節度が求められる。

被害児童生徒を特定しない。

必要のない属性を書かない。

未確認の情報を事実として報じない。

加害行為を指摘された児童生徒についても推定で断定しない。

調査中なら「調査中」と明記する。

その前提を守ったうえでなお、行政に尋ねなければならないことがある。

子どもの個人情報ではなく、大人たちが何をしたのか。

ここは区別されるべきだろう。

「回答しない自由」と「説明責任」は同じではない

報道機関の質問に行政が必ず回答しなければならない、という単純な話でもない。

一方で、公的機関には行政としての説明責任がある。

だから質問の仕方も重要になる。

「誰がいじめたのか」と聞くのではなく、

「学校が最初に事案を把握した日はいつか」。

「設置者への報告日はいつか」。

「重大事態該当性を検討した会議はいつ開かれたか」。

「調査主体を決定したのはいつか」。

「保護者への調査方針の説明はいつ行ったか」。

「再発防止策の実施状況を確認しているか」。

こう聞けば、児童生徒の氏名や家庭事情を明らかにせずとも答えられる部分がある。

それでも回答しないのであれば、「なぜ答えられないのか」も取材対象になる。

非回答は記事が書けないことを意味しない。

「学校は○○について回答を控えた」「市教委は個人情報保護を理由に回答しなかった」

それ自体が確認された事実だからである。

ただし、そこから直ちに「隠蔽」と書くのは違う。

隠蔽と評価するには、意図的に事実を秘匿したことを裏付ける材料が必要になる。

批判報道ほど、この線引きは重要だ。

市長は「教育委員会の外」にいる

公立学校の重大事態では、教育委員会から首長へ重大事態の発生と調査結果が報告される。

そして首長が必要と判断すれば再調査を行うことができる。

ここで初めて、教育委員会とは別の行政ラインから当初調査を検証する道が開く。

だから重大事態の記事は、第三者委員会が報告書を出した日に終わらない。

市長は報告書をいつ受け取ったのか。

再調査の必要性をどう検討したのか。

再調査しないのであれば、その理由は何なのか。

そこまで確認して初めて、一連の行政手続きが見える。

「第三者委員会を設置」で安心してはいけない

第三者委員会という名前も、ニュースでは一種の安心材料のように扱われる。

だが、本来見るべきなのは名称ではない。

委員は誰が推薦したのか。

学校や教育委員会との利害関係はないか。

調査範囲はどこまでか。

被害側が示した疑問は調査事項に入ったのか。

学校の初動や教育委員会の対応まで検証したのか。

調査報告書を読むとき、とりわけ重要なのが「再発防止」の部分だ。

そして報道側には、その一年後にもう一度尋ねる仕事が残る。

提言された再発防止策は、いま何項目実施されていますか。

これを聞かれなくなった瞬間、報告書は書庫の資料になっていく。

行政の時間と、子どもの時間

重大事態調査には時間がかかる。

委員を選び、資料を集め、関係者から聞き取り、事実関係を整理する。

慎重な調査は必要だ。

しかし、その間にも子どもの時間は進む。

中学3年生なら受験が来る。

高校3年生なら卒業する。

一学期に起きた問題を調査している間に、学年が終わることさえある。

行政にとって半年は「調査期間」でも、15歳の子どもにとって半年は中学校生活の大きな部分を占める。

だから調査と支援を混同してはいけない。

事実認定が終わるまで、学習支援や安全確保まで止めていい理由にはならない。

1405件という数字の読み方

2024年度、全国のいじめ重大事態は1405件に達した。

過去最多だった。

ただし、件数が増えたことだけをもって「学校が悪化した」と結論づけるのも乱暴だ。

以前なら重大事態として扱われなかった事案が、法に沿って認定されるようになった可能性もある。

重大事態は少なければ少ないほど優秀、とは限らない。

本当に恐れるべきなのは、重大な被害が起きているのに数字に現れないことだ。

その意味で、重大事態になるまで約4割がいじめとして認知されていなかったという国の数字は重い。

調査委員会が何件設置されたかより、その前に何を見落としたのか。

そちらを追う必要がある。

「教育委員会には報告した」の、その先へ

学校には学校の事情がある。

教育委員会には権限の限界がある。

県教育委員会と市教育委員会には役割分担がある。

私立学校には私学の自主性があり、行政ルートも違う。

首長にも教育行政との距離がある。

一つ一つを見れば、それぞれに理由がある。

しかし、その説明を全部並べた最後に、被害を訴えた子どもだけが制度の谷間に残されてはいけない。

だから重大事態を取材するとき、「誰の所管ですか」だけを聞くのでは足りない。

最初のSOSはいつだったのか。

その日に学校は何をしたのか。

教育委員会、あるいは私学担当部局はいつ知ったのか。

調査が始まるまで何日かかったのか。

首長まで情報が届いたのはいつか。

そして現在、子どもの学びは守られているのか。

学校が取材に答えないこともある。

教育委員会が慎重な回答に終始することもある。

私学担当部局から「学校に確認している」と説明されることもあるだろう。

それでも一つずつ記録を取り、行政文書と照合し、保護者、学校、行政それぞれに確認する。

教育行政を検証するとは、派手な内部告発を一つ手に入れることだけではない。

「教育委員会には報告しています」という一言の、その先を確かめ続けることでもある。


編集部から――学校・教育委員会・私学関係者からの情報も募集します

週刊TAKAPIでは、いじめ重大事態、学校や教育委員会の対応、私立学校と私学担当部局とのやり取り、不登校、学校事故、教職員をめぐる問題について情報提供を受け付けています。

保護者や児童生徒だけでなく、現役・元教職員、教育委員会・自治体関係者、学校法人や私学関係者からの情報も取材の端緒になります。

学校とのメール、教育委員会への相談記録、重大事態に関する通知、アンケート、会議資料、調査報告書などがある場合は、いつ・誰が・何を把握していたのかを確認する重要な資料になります。

提供された情報だけで事実を断定することはありません。関係先への取材や資料確認を行い、児童生徒の特定防止、プライバシー、公益性を踏まえて掲載を判断します。

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