自分が登録していないマッチングアプリに、名前や顔写真が無断で使われ、見知らぬ男性たちから性的なメッセージが届く。佐賀県に住む女性が2021年に経験したなりすまし被害は、投稿者の特定から損害賠償請求訴訟の判決まで、約5年半に及んだ。
2026年7月1日、佐賀地方裁判所は、女性になりすました被告に対して529万5,340円の支払いを命じた。判決は確定したが、女性は同年10月2日時点で賠償金を受け取っていないと説明している。
今回の事件が浮き彫りにしたのは、マッチングアプリを利用している人だけが被害者になるわけではないという事実だ。本人が登録していなくても、写真や個人情報を第三者に悪用されれば、日常生活や社会的な信用まで脅かされる危険がある。
本人の知らないプロフィール 性的メッセージ約400通が届いた
被害に遭ったのは佐賀県在住の平尾曜子さん。2021年2月5日、SNSに見知らぬ男性から性的な内容を含むダイレクトメッセージが届き始めた。
その後、平尾さんは知人の協力を得て、マッチングアプリ「Tinder」に自分の名前や写真を使用した偽のプロフィールが作成されていることを知った。
プロフィールには性的な関係を求める文言とともに、本人のSNSアカウント、仕事や卒業校、居住地などに関する情報も記載されていた。これを本人による投稿だと信じた男性たちが、実際のSNSに連絡してきたという。
届いた性的なメッセージは400通以上に上ったとされる。受信期間については公表された本人証言に異なる説明があるものの、大量の連絡によって平尾さんが強い恐怖を感じていたことは一貫している。
偽アカウントは、運営会社に通報して削除された後も再び作られたという。平尾さんは、自分だけでなく、家族や以前の勤務先にも影響が及ぶことを心配していた。
投稿者の特定まで約2年 面識のない女性が被告に
平尾さんは警察や相談窓口に助けを求めたが、早期解決には至らなかった。自ら証拠を保存し、弁護士を通じて発信者情報開示請求を進めた結果、約2年をかけて投稿者を特定した。
その人物は、15年以上前に交際していた男性の現在の妻だったと平尾さんは説明している。被告となった女性とは面識がなかったという。
2025年4月、平尾さんは損害賠償を求めて佐賀地裁に提訴した。被告側は投稿したことを覚えていないなどと主張したが、裁判所はなりすましによる名誉毀損を認め、慰謝料160万円と逸失利益320万円など、合わせて529万5,340円の賠償を命じた。
被告の具体的な動機については、確認できた情報だけでは断定できない。過去の交際関係が背景にあった可能性を考えることと、動機を事実として報じることは区別する必要がある。
3カ月で体重20キロ減 裁判では測れない被害の重さ
被害の影響は、SNS上の嫌がらせだけでは終わらなかった。
平尾さんは公表されたインタビューで、不眠や気分の落ち込みなどの症状を経験し、その後、うつ病などと診断されたと説明している。体重が3カ月で約20キロ減少し、長期間にわたり治療が必要になったことも明かしている。
こうした健康被害は本人の証言として確認されているが、そのすべてについて裁判所が個別に因果関係を認定したかどうかまでは確認できていない。
なりすましは、本人が知らない場所で虚偽の人物像を作り上げる行為だ。今回のように性的な募集を装った場合、本人が望んでいない接触が外部から繰り返され、周囲の人々にも誤解が広がるおそれがある。
被害者は自分が行っていない投稿について説明を迫られ、相手を特定するための手続きまで負担することになる。たとえ偽のプロフィールが削除されても、それまでに広まった情報や、受けた精神的な苦痛が直ちに消えるわけではない。
アプリを利用していない人を、誰が守るのか
今回の事件で特に検証すべきなのは、平尾さん自身がTinderを利用していなかった点だ。
マッチングアプリの安全対策は、利用者同士のトラブルを防ぐことに重点が置かれやすい。しかし、第三者の写真や個人情報が無断使用されれば、その人物はサービスの利用規約に同意することも、アプリ内で自分のプロフィールを管理することもできない。
さらに、偽アカウントに本人のSNSが掲載されていれば、アプリを利用する男性から、利用していない女性へと直接連絡が届いてしまう。アプリ内部の不正が、別のSNSや現実の生活へと被害を広げる構造がある。
Tinderは現在、他人になりすます行為を禁止し、被害者が申告できる専用窓口を設けている。自撮り動画を利用した写真認証などの安全対策も提供しているが、認証済みの表示がプロフィール情報の完全な正確性や利用者の安全性を保証するものではないと説明している。
ただし、今回の偽アカウントが作成された2021年当時、どのような審査が行われたのかは確認できていない。裁判で認定されたのも被告個人の責任であり、運営会社の過失が認められたわけではない。
それでも、本人以外の人物が登録した写真や個人情報について、被害申告を受けてからどれほど迅速に対応できるのか、削除後の再発をどう防ぐのかは重要な課題だ。
サービスを利用していない人の権利まで保護できるのか。 今回の事件は、マッチングアプリの安全性を考える際に、見落としてはならない視点を示している。
529万円の勝訴でも支払いは確認できず 被害救済に残る壁
事件から約5年半を経て、平尾さんは損害賠償請求訴訟で勝訴した。しかし、2026年10月2日時点では賠償金が支払われていないと本人が説明しており、判決確定後も被害回復の問題が残されていた。
民事裁判で支払いを命じる判決が確定しても、債務者が任意に支払わなければ、財産の調査や強制執行など、さらに法的な手続きが必要になる場合がある。
発信者情報の開示制度は2022年10月に改正され、投稿者を特定するための手続きが簡素化された。一方で、加害者の特定、訴訟による責任追及、賠償金の回収はそれぞれ別の段階であり、制度が改善されても被害者の負担がすべて解消されるわけではない。
今回の判決は、なりすましによる名誉毀損の責任を明確にした。しかし、被害者が以前の生活を取り戻すためには、裁判で認められた権利が現実の救済につながることも必要になる。
損害賠償額の大きさだけでは、被害者が受けた苦痛や、その後の人生に残る影響を十分に説明することはできない。
編集部まとめ
マッチングアプリは、出会いの機会を広げるサービスとして社会に定着している。その利便性自体を、今回の事件だけで否定することは適切ではない。
一方で、本人の写真と個人情報が無断で使われ、性的な関係を求める偽のプロフィールが作られた場合、被害者がサービスを利用しているかどうかは関係なくなる。
必要なのは、利用者への注意喚起にとどまらない安全対策だ。なりすましを早期に発見する仕組み、利用していない第三者からの申告への対応、そして被害を受けた人が速やかに救済を受けられる制度が求められる。
約400通の性的メッセージと、約5年半に及んだ法的な闘い。平尾さんの事件が示しているのは、ネット上で他人の人格が勝手に利用される危険と、それによって傷つけられた人が生活を取り戻すことの難しさだ。
アプリの安全性は、登録している人を守るだけでは十分とはいえない。登録していない人の名誉や尊厳まで、どう守っていくのかが問われている。
特記事項
本記事は、2026年7月1日に佐賀地方裁判所が言い渡した損害賠償請求訴訟の判決に関する公開情報、被害女性本人による公表済みの証言、アプリ運営会社の公式説明、発信者情報開示制度に関する資料を基に構成した。
性的メッセージの受信期間については、公表された取材内容に異なる説明があるため、特定の期間に400通以上が届いたとは断定していない。健康被害と被告との関係についても、本人の説明と裁判で確認された事実を区別して記載した。
賠償金の未払いは2026年10月2日時点の情報であり、その後の支払い状況は確認できていない。
また、アプリ運営会社の法的責任や、事件当時の審査に過失があったと判断するものではない。安全対策と被害者救済に関する問題提起は、確認した事実に基づく編集部の分析である。
当編集部による被害女性本人、被告、運営会社への直接取材および判決正本の確認は実施していない。
週刊TAKAPI 編集部/成田
WEEKLY TAKAPI — OFFICIAL CONTACT
TAKAPI LEAKS
その情報が、社会を動かす。
情報提供・取材相談・記事の訂正や削除依頼を
全国から受け付けています。
◆ ご連絡内容は慎重に取り扱います
情報提供・各種お問い合わせ ↗記事の訂正・削除依頼もこちらから

コメント
0件まだコメントはありません。最初のコメントを投稿してみませんか。