重大な殺人事件の判決で、よく出てくる言葉がある。
「永山基準」である。
死刑を選択するか、無期刑にとどめるか。
その判断で参照される基準として知られている。
しかし、実際の死刑判断は、永山基準だけで機械的に決まるものではない。
刑法上の法定刑、最高裁判例、少年事件の扱い、裁判員裁判の量刑傾向、被害者遺族の声、犯行後の情状など、複数の要素が重なって判断される。
この記事では、永山基準とは何か、そして永山基準以外に死刑判断へ影響を与えてきたものは何かを整理する。
この記事のポイント
永山基準は、死刑と無期刑を分ける判断枠組みとして知られている。
ただし、永山基準だけで死刑か無期刑かが自動的に決まるわけではない。
刑法199条は、殺人罪について死刑、無期拘禁刑、または5年以上の拘禁刑を定めている。
死刑判断では、犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性、被害者数、遺族感情、社会的影響、前科、犯行後の情状などが総合的に考慮される。
その後の重大事件や裁判員裁判の運用も、死刑判断をめぐる議論に影響を与えてきた。
永山基準とは何か
永山基準とは、死刑を選択するかどうかを判断する際に参照される判断枠組みである。
名前の由来は、永山則夫元死刑囚の事件にある。
永山元死刑囚は、1960年代に複数人を死亡させたとして裁かれた。
この事件では、一審で死刑、二審で無期懲役となり、最高裁で死刑と無期刑の選択について判断枠組みが示された。
そこで示された考え方が、後に「永山基準」と呼ばれるようになった。
永山基準の9つの要素
永山基準でよく挙げられる要素は、主に次の9つである。
犯行の罪質。
犯行の動機。
犯行の態様。
結果の重大性。
被害者数。
遺族の処罰感情。
社会的影響。
前科。
犯行後の情状。
これらは、単独で機械的に判断されるものではない。
被害者数だけで死刑か無期刑かが決まるわけでもない。
ただし、被害者数は非常に重い判断要素とされる。
複数人の命が奪われた事件では、結果の重大性が大きく評価されやすい。
一方で、被害者が1人でも、犯行の計画性、悪質性、動機、前科、犯行後の事情などによって、死刑が選ばれることもある。
まず土台にあるのは刑法
死刑判断を考える前提として、まず刑法がある。
殺人罪は刑法199条に定められている。
同条は、人を殺した者について、死刑、無期拘禁刑、または5年以上の拘禁刑に処するとしている。
つまり、殺人罪には死刑も含まれている。
しかし同時に、無期刑や有期刑も選択肢として定められている。
ここが重要である。
殺人事件だからといって、法律上、必ず死刑になるわけではない。
裁判所は、刑法が定める刑の範囲の中で、事件ごとの事情を見て量刑を決める。
光市母子殺害事件が与えた影響
永山基準の後、死刑判断をめぐる議論で大きな転機となった事件の一つが、山口県光市の母子殺害事件である。
この事件では、犯行時18歳だった少年に対する死刑判断が大きな争点となった。
一審、二審では無期懲役判決だったが、最高裁が破棄差し戻しを行い、その後、死刑判決が確定した。
この事件では、犯行時少年であっても、事件の重大性や犯行内容、遺族感情、犯行後の情状などを踏まえ、死刑が選択され得ることが改めて示された。
また、「特に酌量すべき事情」があるかどうかという観点も注目された。
ただし、これも機械的な基準ではない。
少年であること、更生可能性、精神的成熟度、事件の重大性などをどう見るかは、今も難しい論点である。
少年事件では年齢と更生可能性も問題になる
少年事件では、成人事件とは違う視点も入る。
少年法は、少年の更生や立ち直りを重視する制度である。
そのため、犯行時の年齢、精神的成熟度、成育環境、更生可能性などが問題になる。
ただし、重大事件では、少年であることが必ず死刑回避につながるわけではない。
18歳・19歳は現在、少年法上「特定少年」として扱われ、17歳以下とは異なる特例もある。
つまり、少年事件では、事件の重大性と更生可能性をどうバランスさせるかが問われる。
ここでも、単純に「未成年だから軽い」「成人だから重い」とはならない。
裁判員裁判の量刑傾向
2009年に裁判員裁判が始まって以降、重大事件の量刑判断には市民感覚も一定程度反映されるようになった。
裁判員裁判では、一般市民が裁判官と一緒に審理し、有罪無罪や量刑について判断する。
そのため、重大事件では、被害者遺族の声や社会的影響がより強く意識される場面もある。
一方で、最高裁は裁判員裁判であっても、過去の量刑傾向との公平性を無視してよいわけではないという考え方を示している。
つまり、裁判員裁判は市民感覚を入れる制度だが、過去の判例や量刑の均衡も重要である。
ここにも、死刑判断の難しさがある。
被害者参加制度と遺族感情
重大事件では、被害者遺族の声も重要な意味を持つ。
被害者参加制度により、一定の事件では被害者や遺族が刑事裁判に参加し、意見を述べることができる。
遺族の処罰感情は、永山基準の要素にも含まれている。
しかし、遺族が重い刑を望めば、必ずその通りになるわけではない。
刑事裁判は、感情だけで刑を決める手続きではない。
一方で、遺族の声を軽く扱うことも許されない。
被害者側の苦しみをどう量刑に反映させるのか。
ここは、今後も議論され続ける論点である。
反省・謝罪・犯行後の情状
死刑判断では、犯行後の情状も重視される。
たとえば、被告人が事件後にどう行動したのか。
反省しているのか。
遺族に対して謝罪や慰謝の措置を取ったのか。
証拠隠滅を図ったのか。
供述を変遷させたのか。
これらは、量刑判断に影響することがある。
ただし、反省を口にしたから軽くなる、反省が見えないから必ず死刑になる、という単純な話ではない。
事件全体の中で、犯行後の態度がどう評価されるかが問題になる。
前科・再犯可能性・社会的影響
前科も重要な事情の一つである。
過去に重大な犯罪歴がある場合、刑事責任は重く評価されやすい。
また、事件が社会に与えた影響も考慮される。
地域社会を震撼させた事件、社会的に大きな不安を与えた事件、模倣の危険性が意識される事件では、社会的影響が重く見られることがある。
ただし、社会的関心が高いから重くするという単純な話ではない。
報道量やSNSの炎上だけで刑が決まるわけではない。
裁判所は、事件そのものの重大性と、法的な評価を分けて考える必要がある。
永山基準への批判
永山基準には批判もある。
一つは、被害者数が重視されすぎているのではないかという批判である。
被害者が1人であっても、その命の重さが軽くなるわけではない。
遺族にとっては、たった一人の命でも、かけがえのない存在である。
もう一つは、基準が分かりにくいという批判である。
9つの要素があるといっても、それぞれがどの程度重視されるのかは事件ごとに違う。
そのため、読者から見ると、なぜこの事件は死刑で、なぜこの事件は無期なのかが分かりにくい。
ここに、量刑判断の透明性という課題がある。
それでも基準が必要な理由
一方で、永山基準のような判断枠組みが必要だという意見もある。
死刑は、日本の刑罰の中で最も重い刑である。
取り返しがつかない刑でもある。
だからこそ、感情だけで死刑を選ぶことはできない。
似たような事件で量刑が大きくずれれば、公平性も失われる。
永山基準は、死刑判断を慎重に行うための歯止めであり、同時に、裁判所がなぜその刑を選んだのかを説明するための枠組みでもある。
問題は、基準があることではない。
その基準が今の社会感覚や被害者遺族の苦しみに十分向き合えているのかという点である。
法改正の論点
永山基準や死刑判断を考えると、刑罰制度そのものの問題も見えてくる。
死刑。
無期刑。
有期刑。
この三つの間には大きな差がある。
裁判所が「死刑までは重すぎる」と判断すれば、無期刑や有期刑が選ばれる。
さらに「無期刑までは重すぎる」と判断すれば、有期刑の範囲で量刑が決まる。
その結果、社会から見て「軽すぎる」と感じられる判決が出ることがある。
ここで、有期刑の上限を見直すべきではないかという議論が出てくる。
死刑を増やすかどうかだけではなく、無期刑と有期刑の間に、より現実的な選択肢を設けるべきではないか。
重大事件に対し、裁判所がより細かく刑を選べる制度にするべきではないか。
これは、死刑賛成・反対の対立を超えた制度設計の問題である。
週刊TAKAPI編集部の視点
週刊TAKAPI編集部は、永山基準を知ることは、重大事件の判決を読み解くうえで重要だと考える。
しかし、永山基準だけを見れば十分というわけではない。
刑法。
最高裁判例。
少年法。
裁判員裁判。
被害者参加制度。
遺族感情。
社会的影響。
そして、法改正の議論。
これらを合わせて見なければ、重大事件の量刑は理解しにくい。
判決に対する違和感を、単なる怒りで終わらせるべきではない。
なぜその刑になったのか。
どの基準が使われたのか。
被害者遺族の声はどう扱われたのか。
制度に限界はないのか。
そこまで考えることが、事件報道には求められる。
週刊TAKAPIは、重大事件の報道にあわせて、量刑制度や司法制度の論点を継続的に伝えていく。
まとめ
永山基準は、死刑と無期刑を分ける判断枠組みとして知られている。
しかし、死刑判断は永山基準だけで機械的に決まるものではない。
刑法199条の法定刑、永山基準の9要素、その後の重大事件、少年事件の扱い、裁判員裁判、被害者参加制度、遺族感情、犯行後の情状など、複数の要素が重なって判断される。
被害者数は重要な要素だが、それだけで死刑か無期刑かが決まるわけではない。
一方で、重大事件の判決に対し、社会が「軽い」と感じることもある。
その違和感は、単なる感情論として片付けるべきではない。
永山基準を知ることは、判決を冷静に読む第一歩である。
そして、現行制度に限界があるなら、法改正や量刑制度の見直しを議論する必要がある。
本稿は、永山基準と、死刑判断に影響を与える法律・判例・制度について整理した解説コラムです。個別事件への報復を求めるものではなく、刑罰制度のあり方を考えるためのものです。
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