【広島・原爆の日】高市総理、非核三原則の堅持を表明 就任後初の式典で核軍縮への決意

被爆81年の広島平和記念式典に就任後初めて参列し非核三原則の堅持を表明した高市早苗総理

被爆から81年を迎えた2026年8月6日、広島市の平和記念公園で平和記念式典が開かれ、高市早苗総理大臣が就任後初めて参列しました。

高市総理は、原子爆弾の犠牲者に哀悼の意を表し、今も後遺症に苦しむ被爆者にお見舞いの言葉を述べました。81年前の惨禍を振り返り、命と尊厳のかけがえのなさ、平和を守る責任を強調しました。

「非核三原則を堅持」核軍縮への姿勢示す

高市総理はあいさつで、「我が国は『非核三原則』を堅持している」と述べました。

そのうえで、日本には戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向けた努力を続ける使命があると表明。核兵器不拡散条約(NPT)体制の維持・強化や、「ヒロシマ・アクション・プラン」に基づく現実的な取り組みを進める考えを示しました。

世界の核軍縮を巡っては、2026年4月から5月に開かれたNPT再検討会議が、最終文書への合意に至らないまま閉幕しています。核保有国と非核保有国の隔たりが埋まらない中、政府が掲げる「現実的な核軍縮」をどのように前進させるかが問われています。

被爆者支援と原爆症認定の迅速化を表明

高市総理は、被爆者に対する保健、医療、福祉にわたる総合的な援護を引き続き進めると説明しました。

原爆症の認定についても、申請者へできる限り早く結果を伝えられるよう、審査の迅速化に取り組む方針を示しました。

若い世代へ引き継がれる原爆死没者名簿

あいさつでは、被爆の実相を世代や国境を越えて伝える重要性にも言及しました。

広島市は2026年、被爆者の高齢化などを背景に、原爆死没者名簿の記帳者を初めて公募しました。若い世代を含む幅広い年代が記帳に携わることで、犠牲者一人ひとりの名前と被爆の記憶を、次の世代へ引き継ぐ取り組みが始まっています。

見直しの是非には踏み込まず

式典後の被爆者代表との面会では、非核三原則の見直しについて考えを問われました。

高市総理は「我が国は非核三原則を堅持している」と改めて述べましたが、見直しの是非には明確に言及しませんでした。面会に先立ち、広島の被爆者7団体は、非核三原則の見直しに反対する意向を示していました。

編集部まとめ

高市総理は、就任後初となる広島平和記念式典で、原爆犠牲者への哀悼、被爆者支援、核軍縮への決意を表明しました。

一方、日本の安全保障政策は米国の拡大抑止に依存しています。政府には、核抑止を安全保障の基盤としながら、核兵器のない世界を目指すという二つの方針を、国民や被爆者にどう説明し、具体的な政策へ結びつけるのかが問われます。

非核三原則の見直しを巡っては、今回の面会で具体的な方向性は示されませんでした。今後の政府方針と、核軍縮政策との整合性が焦点となります。

週刊TAKAPI編集部/成田

※本記事は、2026年8月6日の平和記念式典における内閣総理大臣あいさつ全文、広島市の公表資料、式典後の被爆者代表との面会を伝えた報道、国連のNPT再検討会議資料をもとに構成しています。

Q広島平和記念式典はいつ開かれましたか。
A被爆から81年となる2026年8月6日、広島市の平和記念公園で開かれました。
Q高市総理は式典で何を表明しましたか。
A非核三原則を堅持し、核兵器のない世界に向けてNPT体制の維持・強化や現実的な核軍縮の取り組みを続ける考えを示しました。
Q被爆者支援について、どのような方針を示しましたか。
A保健、医療、福祉を含む総合的な援護を続け、原爆症認定の審査を可能な限り迅速に進める方針を述べました。
Q非核三原則の見直しについて発言はありましたか。
A式典後の被爆者代表らとの会合では見直し論への懸念が示されました。高市総理は堅持する政府方針を改めて強調しましたが、見直しの是非について明確な方向性は示されませんでした。
Q原爆死没者名簿の記帳では何が変わりましたか。
A2026年は記帳者が初めて公募され、若い世代を含む幅広い年代の人が被爆者とともに記帳に携わりました。

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