米国ラスカー賞、日本人4人が2部門受賞 睡眠研究の柳沢正史さん、中外製薬3氏の血友病薬開発を評価

米国の権威ある医学賞「ラスカー賞」の2026年受賞者が発表され、日本人研究者4人が基礎医学と臨床医学の2部門で選ばれた。

基礎医学研究賞は、睡眠と覚醒を調節する脳内物質「オレキシン」の研究に取り組んだ筑波大学教授の柳沢正史さんと、米スタンフォード大学のエマニュエル・ミニョーさんが共同受賞した。

臨床医学研究賞には、血友病Aの治療薬につながる二重特異性抗体を開発した中外製薬の研究者、北沢剛久さん、服部有宏さん、井川智之さんの3人が選ばれた。日本人研究者が同じ年に2部門で計4人受賞する異例の結果となった。


柳沢正史さんがラスカー賞受賞 睡眠と覚醒を制御する「オレキシン」を発見

柳沢さんらが評価されたのは、脳内で働く神経ペプチド「オレキシン」の発見と、オレキシンの欠乏がナルコレプシーに関係することを明らかにした研究だ。

ナルコレプシーは、日中に強い眠気や突然の睡眠発作が起きる睡眠障害。感情が高ぶった際に全身の力が抜ける「情動脱力発作」を伴う場合もある。

柳沢さんは1998年、受容体に結合する未知の物質を探す研究の中でオレキシンを発見した。当初は摂食との関係が注目されたが、その後の動物実験などから、オレキシンが覚醒状態の維持に重要な役割を果たしていることが分かった。

一方、ミニョーさんはナルコレプシーを発症する犬の遺伝子研究を進め、オレキシン受容体の異常との関係を突き止めた。両者の研究によって、睡眠と覚醒を切り替える脳の仕組みへの理解が大きく前進した。

ラスカー財団は、オレキシンの発見と、オレキシン欠乏がナルコレプシーによる制御できない眠りを引き起こすと明らかにした点を受賞理由としている。


オレキシン研究は不眠症治療薬の開発にもつながった

柳沢さんらの研究は、基礎的な発見にとどまらず、睡眠障害の治療にも結び付いている。

オレキシンの働きを抑える「オレキシン受容体拮抗薬」は、脳の覚醒を弱めて眠りを促す薬として、不眠症治療に利用されている。従来の睡眠薬とは異なる仕組みで作用する点が特徴だ。

反対に、オレキシンの働きを強める薬については、ナルコレプシーなど過度の眠気を伴う疾患の治療を目的に開発が進められている。

つまり、同じオレキシンという仕組みに対し、働きを抑えれば不眠症治療、活性化すれば過眠症治療につながる可能性がある。今回の受賞は、一つの基礎研究が正反対の症状に対する治療戦略を生み出したことへの評価でもある。


中外製薬の日本人研究者3人も受賞 血友病A治療を変えた抗体技術

臨床医学研究賞を受賞したのは、中外製薬で血友病Aの治療薬開発に携わった北沢剛久さん、服部有宏さん、井川智之さんの3人だ。

血友病Aは、血液を固めるために必要な「血液凝固第VIII因子」が不足することで、出血が止まりにくくなる遺伝性疾患である。

従来は、不足している第VIII因子を補う治療が中心だった。しかし、治療を続ける中で第VIII因子の働きを妨げる「インヒビター」と呼ばれる抗体が患者の体内にできると、薬の効果が低下するという課題があった。

3人が開発したのは、血液凝固に関係する第IX因子と第X因子の双方に結合する「二重特異性抗体」。第VIII因子の役割を代替することで、血液凝固反応を促す仕組みだ。

この技術を基に開発されたのが、血友病A治療薬「ヘムライブラ(一般名・エミシズマブ)」である。

「不足する因子を補う」から「働きを別の抗体で再現」へ

ヘムライブラの重要性は、第VIII因子そのものを補充するのではなく、その機能を人工的な抗体で再現した点にある。

ラスカー財団は、3人が開発した二重特異性抗体について、第IX因子と第X因子を結び付け、第VIII因子が不足している患者の凝固機能を回復させ、重い出血を防ぐ技術だと説明している。

財団によると、ヘムライブラは120を超える国で承認され、世界で3万人以上の患者の生活の質向上に貢献したという。

薬を投与する頻度や方法の選択肢が広がったことも、患者や家族の負担軽減につながっている。


日本人4人のダブル受賞が示す「基礎研究から患者へ」の流れ

今回の受賞には、異なる二つの研究に共通する特徴がある。

柳沢さんの研究は、未知の脳内物質を発見する基礎研究から始まり、睡眠障害の新しい治療薬につながった。一方、中外製薬の3人は、血液凝固の仕組みを抗体で再現する発想によって、患者が実際に使う治療薬を生み出した。

研究成果が論文の中だけで完結せず、病気の理解や患者の治療へ結び付いている点が、2部門同時受賞の大きな意味だ。

また、大学だけでなく、日本企業の研究者3人が臨床医学部門で評価されたことも注目される。新薬開発は一人の発明だけで完成するものではなく、基礎研究、抗体設計、臨床試験、製造、承認取得まで長い時間と多分野の協力を必要とする。

今回の受賞は、日本の研究力だけでなく、その成果を治療へ転換する技術力が国際的に評価されたものといえる。

「ノーベル賞の登竜門」だけで評価してよいのか

ラスカー賞は、過去の受賞者から多くのノーベル生理学・医学賞受賞者が出ていることから、「ノーベル賞の登竜門」と呼ばれることがある。

柳沢さんらが今後ノーベル賞の候補として注目される可能性はある。ただし、今回の成果を将来のノーベル賞予測だけで捉えるのは十分ではない。

オレキシン研究はすでに不眠症治療の選択肢を広げ、二重特異性抗体は血友病A患者の出血予防や生活負担の軽減につながっている。賞の大きさ以上に、研究成果が患者の暮らしを実際に変え始めていることが重要だ。


2026年ラスカー賞の主な受賞者

  • 基礎医学研究賞:柳沢正史さん、エマニュエル・ミニョーさん
  • 受賞対象:オレキシンの発見と、ナルコレプシーとの関係解明
  • 臨床医学研究賞:北沢剛久さん、服部有宏さん、井川智之さん
  • 受賞対象:血友病Aを治療する二重特異性抗体の開発
  • 公共奉仕賞:マイケル・J・フォックスさん
  • 受賞対象:患者の声を社会に広げ、パーキンソン病研究を推進した活動


Qラスカー賞にはどのような部門がありますか?
A基礎医学研究賞、臨床医学研究賞、公共奉仕賞などがあり、医学上の発見だけでなく、医療や研究環境の発展に貢献した活動も表彰対象になります。
Q二重特異性抗体は血友病以外にも使われていますか?
A一つの抗体で異なる二つの標的に結合できる特性を利用し、がんや免疫疾患を中心に研究・実用化が進んでいます。標的の組み合わせによって、通常の抗体とは異なる作用を生み出せる点が特徴です。
Qナルコレプシーが疑われる場合は何科を受診すればよいですか?
A睡眠外来や睡眠障害を専門とする医療機関が主な相談先です。近くに専門外来がない場合は、まず内科や精神科、脳神経内科などで相談し、必要に応じて専門医の紹介を受ける方法があります。

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週刊TAKAPI編集部:黒木

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