神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件は、26日で発生から10年を迎えた。
園には朝から多くの人が訪れ、献花台に花を手向けて犠牲者を悼んだ。施設の体育館には、メッセージやイラストが書かれた灯籠が並び、訪れた人たちは静かに手を合わせた。
「誰もが壁のないふうに生きていける方がいい」
献花に訪れた人からは、事件を過去のものにせず、障害の有無にかかわらず誰もが尊重される社会を願う声が聞かれた。
訪れた一人は、「やっぱり、誰もが壁のないふうに生きていける方がいいな」と話した。
東京都八王子市の橘行雄さん(76)は、この日初めて園を訪れた。トラック運転手として働いていたころ、園の前を通り、利用者が散歩する姿を見ていたという。
定年後は障害者施設の送迎に携わっている。
橘さんは「被害者も生きていれば、もっと楽しいことがあったはず。社会的弱者にも生きる権利がある。優しく寄り添う社会であってほしい」と語った。
「自分は否定される側だと実感した」
千葉県から訪れた女子大学生(22)は脳性まひがあり、車いすを使用している。事件当時は12歳だった。
「同じ境遇の人が命を奪われ、ショックだった。自分は否定される側だと実感した」と振り返り、事件を忘れずに考え続けてほしいと訴えた。
神奈川県大和市の女性(82)は、グループホームで暮らしていたダウン症の長男を今年3月に亡くした。
女性は「障害があっても人間なのにと、つらい気持ちになった。ご家族はどれほどの痛みだったか」と話し、犠牲者と遺族に思いを寄せた。
黒岩知事「何を変えることができたのか」
神奈川県の黒岩祐治知事も園を訪れ、献花した。
黒岩知事は「10年前の光景と全く重なってしまうところがあって。あれから何が変わったのか、何を我々は変えることができたのかということを、いろいろ考えさせられた」と述べた。
事件から10年がたつ一方、障害者への偏見や差別が社会から消えたとは言い切れない。黒岩知事の言葉は、事件後の取り組みが十分だったのかを改めて問いかけるものとなった。
入所者19人が死亡、26人が重軽傷
事件は2016年7月26日未明に発生した。
元職員の植松聖死刑囚(36)が園に侵入し、入所者を次々と刃物で襲った。入所者19人が死亡し、職員を含む26人が重軽傷を負った。
植松死刑囚は事件前、園で約3年間勤務していた。裁判では、意思疎通が難しい重度障害者を「不要な存在」とみなす考えを持つようになった経緯が指摘された。
死刑確定後も再審を請求しており、2026年2月には2度目の請求が棄却された。現在は即時抗告中となっている。
灯籠に託された言葉 10年後も残る問い
体育館に並べられた灯籠には、犠牲者への思いや、差別のない社会を願う言葉が記された。
事件から10年という節目は、悲しみを振り返るだけの日ではない。障害の有無によって命の価値を分ける考えが、社会の中に残っていないかを確かめる日でもある。
編集部まとめ
津久井やまゆり園事件が突きつけたのは、誰の命を守り、誰の存在を社会が認めるのかという根本的な問いだった。
19人の犠牲者は、匿名の数字ではない。それぞれに暮らしがあり、家族があり、その先に続くはずの時間があった。
「誰もが壁のないふうに生きていける方がいい」「優しく寄り添う社会であってほしい」。献花に訪れた人たちの言葉は、事件から10年を経てもなお、社会が向き合うべき課題を示している。
事件を記憶するだけでは足りない。障害のある人が存在を否定されず、安心して暮らせる社会を実際につくれているのか。その問いを、これからも手放してはならない。
週刊TAKAPI編集部/松本
特記事項:本記事は、津久井やまゆり園事件から10年を迎えた2026年7月26日の献花、施設内に飾られた灯籠、参列者および神奈川県知事の発言、事件に関する公表内容を基に構成しています。週刊TAKAPIが取り上げる全国注目ニュースです。
19人を悼み、10年後の社会を問い直す
神奈川県相模原市の津久井やまゆり園で入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件から10年を迎えました。施設では多くの人が献花し、体育館にはメッセージやイラストを記した灯籠が並びました。黒岩祐治知事は、事件後に社会が何を変えることができたのかを改めて問いかけました。献花に訪れた人たちからは、障害のある人の存在が否定されず、誰もが壁なく生きられる社会を願う声が上がっています。
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