物価高、人件費上昇、酒類や食材の仕入れ価格上昇――。居酒屋を取り巻く環境が厳しさを増すなか、串カツ田中が選んだのは、さらなる値上げではなく一部商品の大幅な「値下げ」だった。
串カツ田中は2026年9月、ブランド開始以来初となる大規模なリブランディングを実施。「今日も、田中で。」を新たなブランドステートメントとして掲げ、ロゴや店舗デザインを刷新した。さらに9月10日からは「無限ハイボール(トリス)」を税抜100円(税込110円)で投入。一部のサワー・酎ハイも従来の税抜450円から290円(税込319円)へ引き下げた。
外食各社が値上げを続けるなか、なぜ串カツ田中はここまで価格を下げられるのか。
調べていくと見えてくるのは、「ハイボールそのものでもうける」という従来型の発想から離れ、安い看板商品で来店理由をつくり、客数と注文全体で収益を組み立てる戦略だ。
この記事の要点
- 串カツ田中は「無限ハイボール」を100円、一部サワー・酎ハイを450円から290円へ値下げ
- 2025年投入の「無限串」は1本50円ながら累計2,000万本・売上10億円を突破しており、低価格商品による集客にはすでに実績がある
- 値下げの背景には、標準化された店舗運営や原価管理に加え、「1品の利益」より来店客数や追加注文を重視する戦略があると考えられる
串カツ田中が「100円ハイボール」 450円のサワーも290円へ
今回のリブランディングで目を引くのが、酒類の価格設定だ。
「無限ハイボール(トリス)」は税抜100円(税込110円)。さらにジムビームハイボール、レモンサワー、タコハイ、ウーロンハイ、緑茶ハイなど対象商品を、従来の税抜450円(税込495円)から税抜290円(税込319円)へ引き下げた。
450円から290円なら、値下げ幅は160円、率にして約35.6%になる。
同社自身も今回の施策について、生活コストが高まるなかで「外食のワクワク感とお得感」を提供する狙いを説明している。
串カツ田中は価格だけを変更したわけではない。
1本50円(税込55円)の「無限ニンニクホルモン串」を「無限マシマシニンニクホルモン串」に刷新したほか、レバニラ炒め、豚ホルモンを使った串カツなども投入。店舗の外観・内装、ロゴまで含めてブランドそのものを組み替えている。
つまり今回の100円ハイボールは、単発の値下げキャンペーンではない。
「串カツを食べる居酒屋」から、安く、気軽に、繰り返し利用できる大衆酒場へ――。
そのポジションを改めて取りにいく改革と見ることができる。
なぜ今「値下げ」なのか 居酒屋倒産は過去最多
背景にあるのが、居酒屋市場そのものの厳しさだ。
帝国データバンクによると、2026年上半期の飲食店倒産は473件。前年同期の458件を上回り、上半期として過去最多となった。
なかでも「酒場・ビヤホール」は125件で、前年同期105件から19.0%増加。こちらも過去最多だった。
原材料費、人件費、光熱費などが上がれば、本来なら価格を引き上げたい。
しかし居酒屋には難しい事情がある。
帝国データバンクは、大口宴会や二次会需要の低迷、若者のアルコール離れなどを背景として挙げている。東京商工リサーチも、値上げと消費者の節約志向の板挟みになっている状況を指摘している。
価格を上げれば利益率を守れる一方、客が来なくなる可能性がある。
串カツ田中は、その逆を選択したことになる。
【編集部考察】それでも、なぜ100円にできるのか
ここからは公開されている業績や過去の施策をもとに、週刊TAKAPI編集部が今回の価格戦略を考察する。
重要なのは、100円ハイボール単体の採算だけを見ないことだ。
串カツ田中には、すでに「極端に安い商品を集客装置として使う」成功例がある。
① すでに「50円串」で成功している
象徴的なのが、2025年4月に投入した「無限串」だ。
1本税抜50円(税込55円)。
現在の外食価格を考えれば、かなりインパクトのある価格設定だが、シリーズは2026年3月までに累計2,000万本、累計売上10億円を突破した。
さらに2025年11月期には、串カツ田中事業の売上高が175億2200万円となり、前期から24億5200万円増加。営業利益も14億1400万円と、前期から4億1800万円増えたと報じられている。
会社側も「無限ニンニクホルモン串」の導入による来客数の伸長を増収要因として説明している。 (
つまり、
安い商品を出す ↓ 客が増える ↓ 他の商品も注文される ↓ 店舗全体の売上・利益を伸ばす
というモデルが、少なくとも無限串では機能した形だ。
100円ハイボールは、この成功モデルを「酒」にまで広げた施策と考えることができる。
② 「100円だから1杯」で終わらない
ハイボールが100円なら、
「とりあえず1杯飲みに行こう」
という来店動機を作りやすい。
しかし実際に居酒屋へ入れば、ハイボールだけを注文して帰る利用者ばかりではない。
串カツ、無限串、レバニラ、ちりとり鍋などの料理が追加される。
例えば無限串は1本55円でも、10本なら550円。そこに串カツ、一品料理、複数杯のドリンクが加われば会計額は積み上がる。
つまり100円ハイボールは、利益商品というより「入店してもらうための商品」として設計されている可能性がある。
スーパーが卵や牛乳を目玉価格にするのと似た発想だ。
「ハイボールでどれだけ利益を取るか」ではなく、
100円という価格を広告費・集客費として考えられるか。
ここが今回の戦略を見るポイントだ。
③ 広告費を「商品の安さ」に振り替える発想
低価格商品にはもう一つ強みがある。
話題になりやすいことだ。
「ハイボール100円」
という数字は非常に分かりやすい。
SNSでもニュースでも取り上げられやすく、消費者同士の口コミも期待できる。
通常なら広告を出して「串カツ田中へ来てください」と呼びかけるところを、100円という価格そのものに宣伝力を持たせる。
実際、50円の無限串も大きな話題となり、客数増につながった。
値下げによって減る粗利益の一部を、集客コストとして捉える。
そう考えれば、値下げ戦略の意味が変わってくる。
④ 約350店舗の規模と「標準化」が武器になる
串カツ田中の強みとして見逃せないのが、多店舗展開を前提としたオペレーションだ。
2025年11月期末時点で「串カツ田中」は344店舗。会社の有価証券報告書では、多店舗展開を可能にしている理由として、
数値と作業の標準化 串カツ業態への専門化 調理工程の単純化
を挙げている。
ソース、揚げ油、衣なども店舗で複雑な配合をする必要がない独自材料を仕入れ、直営店・FC店で共通のレシピと運営マニュアルを使用している。
店舗数が多ければ、仕入れや商品開発、本部機能などを広い店舗網で共有できる。
これは小規模な個人居酒屋には難しい。
帝国データバンクが指摘するように、現在の外食市場では、大手チェーンと小規模店との間で規模による差が広がっている。
100円ハイボールという価格は、単なる大胆さだけではなく、チェーン規模と標準化された店舗運営があって初めて取りやすい戦略とも考えられる。
⑤ AI発注・原価管理で「見えないロス」を削る
もう一つ興味深いのが、串カツ田中が進めてきた店舗DXだ。
同社は2022年からAIを利用した「HANZO 自動発注」を導入。その後、直営店で原価分析システムも導入した。
販売データ、仕入れ、棚卸し、レシピなどを連携させ、食材別・店舗別に「理論上の原価」と「実際の原価」の差を把握できる仕組みだ。
発注精度が上がれば、余分な仕入れや食品ロスを減らせる。
さらに「この食材の原価が上がっている」「この店舗だけ使用量が多い」といった異常を早く把握できる。
100円の商品を成立させるには、派手な値下げの裏側で、こうした数円、数十円単位のコスト管理が重要になる。
⑥ 「酒でもうける居酒屋」から変わろうとしている?
従来の居酒屋ビジネスでは、一般的にドリンクは利益を確保しやすいカテゴリーとされてきた。
そこを串カツ田中は100円まで下げる。
これはかなり象徴的だ。
同社は近年、子ども連れやファミリー層への対応も進めてきた。今回のリブランディングでも、女性やファミリーが入りやすい空間づくりを打ち出している。
つまり狙っているのは「会社帰りに酒を飲む男性客」だけではない。
ファミリー、女性、若者、軽い食事利用などを含めて、
「居酒屋へ行く」ではなく「田中へ行く」
状態を作ろうとしているように見える。
新しいブランドメッセージが「今日も、田中で。」なのも象徴的だ。
