【独自インタビュー】看護師から豊橋市議へ 諸井菜々子氏が語る政治への挑戦と「制度の狭間」

「不満を言っているだけでは、何も変わらない」

日々の暮らしの中で感じていた疑問や、行政の制度に対する問題意識。それが、看護師として医療現場で働いてきた一人の女性を、地方政治の世界へと向かわせた。

愛知県豊橋市の諸井菜々子市議。2023年の市議会議員選挙で初当選し、現在は会派「新しい豊橋」に所属する。

週刊TAKAPIは2026年9月25日、豊橋市役所で諸井市議に独自インタビューを行った。

政治を志したきっかけ、後援組織に頼らず挑んだ選挙、保護者からの相談を通じて取り組んできた政策、そして実現できなかった課題。

取材を通じて浮かび上がったのは、行政制度では十分に支援されない人たちの声を、どこまで市政に届けられるかという問題意識だった。

連載第1回では、看護師から市議会議員へと進んだ経緯と、議員活動を振り返る中で語った政治への思いを紹介する。

政治との出会いは20代 看護師として働いていた病院で

諸井市議が初めて政治を身近に感じたのは、20代で看護師として働いていたころだった。

勤務先の病院には、医師でありながら政治の道を目指している人物がいたという。

医療職として働き続ける人が多い中で、政治という別の道を志す姿が印象に残った。

当時の諸井市議にとって、政治家という職業は必ずしも自分の将来と結び付くものではなかった。しかし、その医師と話をする中で、政治は特別な人だけのものではなく、自分の生活や医療の仕事とも密接に関わっていることに気付いたという。

医療制度や社会保障、子育て支援など、日々の生活に関係する多くの仕組みは政治と切り離せない。

そうしたことを意識するようになり、次第に政治への関心が強くなっていったと振り返った。

ただ、この時点で議員を目指そうと決意したわけではない。

政治に関わるという選択肢が、自身の中に生まれたことが最初のきっかけだった。

医師の夫との転居生活 政治への関心はあっても踏み出せなかった

政治に興味を持った後も、実際に立候補するまでには時間がかかった。

諸井市議によると、夫が医師であることから、仕事や医局の関係で名古屋や静岡など、複数の地域で生活してきたという。

転居を伴う生活の中では、特定の地域に腰を据えて政治活動を行うことは難しかった。

家庭生活や子育てとの両立も考えなければならない。

政治への関心は持ち続けていたものの、現実的には挑戦することが難しい時期が続いた。

その後、豊橋での生活が落ち着き、自分自身の暮らしや子どもの将来について改めて考える機会が生まれたという。

社会や行政の仕組みに対して感じていた疑問や不満。

それらを周囲に話しているだけで、状況が変わるのだろうか。

諸井市議は、そうした思いを抱くようになったと説明した。

「変えられるか分からない」それでも市議選に挑戦

政治の世界に進む決断をしたとき、諸井市議には、市政を変えられるという確信があったわけではなかった。

取材では、何かを変えられるかどうかは分からなかったものの、まずは挑戦したいという気持ちが先にあったと振り返った。

選んだのは、住民の生活に最も近い地方政治だった。

2023年4月、豊橋市議会議員選挙に立候補した。

当時、豊橋での生活歴は長くなく、大きな後援組織があったわけでもない。

選挙活動は、限られた友人や知人の協力を受けながら進めたという。

諸井氏の公式サイトによれば、選挙カーや選挙事務所、後援会などを設けず、SNSでの情報発信や駅、交差点での街頭演説を中心に活動した。

そして、2525票を獲得して初当選を果たした。

看護師として医療現場で働いてきた諸井氏は、市民の代表として議会に立つことになった。

市民からの相談で見えてきた「制度の狭間」

初当選後、諸井市議が向き合ってきた課題の一つが、行政の制度では十分に対応できない市民の声だった。

行政サービスは、多くの住民が利用することを前提に制度が整えられている。

一方で、家庭環境や子どもの特性、居住地域などによって、制度があっても必要な支援を受けられない場合がある。

諸井市議は、そうした既存制度の狭間にある問題について、保護者から相談を受けてきたという。

今回の取材でも、預かり保育の時間延長、放課後等デイサービスの地域偏在、医療的ケア児とその家族への支援など、複数の取り組みを挙げた。

例えば、放課後等デイサービスでは、市全体で利用定員が確保されているとしても、自宅から利用できる事業所が見つからないという保護者の声があった。

施設の場所や送迎への対応など、利用者にとって必要な条件が整っていなければ、定員に余裕があっても実際の利用には結び付かない。

諸井市議は、こうした相談を受け、地域ごとの事業所の偏りや設置制限について、見直しを求めてきたと説明した。

医療的ケア児への支援についても、既存の制度だけでは十分に対応できない家庭の負担に着目してきたという。

議員によると、こうした働きかけの後、制度の見直しや新たな支援事業の開始につながった事例もある。

ただし、それぞれの制度変更がどのような経緯で実現したか、議員の提案とどのような関係にあるかについては、行政資料などによる確認が必要となる。

一方で残された課題 「学校教育にもっと踏み込みたい」

これまでの議員活動について尋ねると、諸井市議は実現できた取り組みだけでなく、十分に進められなかった問題についても語った。

その一つが学校教育だ。

教育委員会との議論では、自身の考えや問題意識を十分に伝え、改善につなげることの難しさを感じているという。

具体例として挙げたのが、障害のある児童・生徒が修学旅行などの学校行事に参加する際、保護者の付き添いを求められる場合の負担だった。

学校側が子どもの参加を支えるために保護者の同行を求めた場合、保護者の交通費や宿泊費を誰が負担するのか。

ひとり親家庭や、仕事などの事情で同行できない保護者には、どのような対応が必要なのか。

諸井市議は、こうした問題について、合理的配慮の観点からも支援を検討する必要があると考え、働きかけてきたという。

しかし、本人の説明によれば、求めていた対応の実現には至らなかった。

諸井市議は、国の制度との関係や市の財政事情など、自治体だけでは対応しきれない課題があることにも理解を示している。

それでも、学校生活に参加するために必要な支援について、さらに議論を深めたいという思いがあると語った。

実際に諸井市議は、市議会でも学校宿泊行事における保護者の付き添い問題を取り上げている。

この問題は、連載の後半で詳しく取り上げる。