2027年4月に開設する名古屋市立大学医学部保健医療学科看護学専攻「蒲郡校」は、文部科学省の承認を受け、1学年50人の新たな看護教育拠点として正式に始動する。週刊TAKAPIが開設準備担当者に、卒業生を地域にどう残し、地域医療へどうつなげるのかを聞いたところ、人材面での一つの成功像として示されたのが「25人」という数字だった。50人が入学し、4年間の教育を経て卒業し、その半数程度が地域で働く状態を目指したいという。もっとも、この25人は蒲郡市や名市大が正式な地域就職率KPIとして設定した数字ではなく、担当者も「就職率までは設定していない」と説明している。
さらに取材を進めると、25人全員を蒲郡市民病院へ就職させる構想ではないことも分かった。担当者は名市大側の連携病院として蒲郡市民病院と豊川市民病院の双方を挙げ、名市大の附属病院などで経験を積んだ後、将来的に蒲郡へ戻る人材も含め、長期的に地域で看護人材を循環させる考えを示した。蒲郡校の評価は、卒業した年に何人が一つの病院へ入ったかだけではなく、その後どこで経験を積み、どの地域で医療を支えているかまで含めて見る必要がある。
蒲郡市民病院、現在は毎年25~26人程度を確保したい
蒲郡校設置の背景には、蒲郡市民病院で看護師を継続的に確保しなければならない事情がある。担当者によると、以前は離職などを補うため30人程度を新たに確保する必要がある時期もあったが、近年は職場環境の改善などで離職状況が以前より落ち着いてきたという。それでも現在は、毎年25~26人程度の看護師を確保したいとの認識を示している。退職、転職、定年などによる人員の入れ替わりは続くため、一度まとまった人数を採用すれば解決する問題ではない。
今後5年程度の人材需要なのかとの問いに、担当者は「5年どころじゃなく、この蒲郡市民病院がある限りはずっと入れ続けないと」と答えている。蒲郡校に求められているのは、一時的に不足を埋めることではなく、毎年学生を育て、継続して医療現場へ人材を送り出せる仕組みをつくることだ。担当者は、60歳を超えた経験豊富な看護師を活用する「プラチナナース」にも触れており、新卒者だけでなく経験者を含めて人員を確保する考えも示している。
豊川市民病院も「連携病院」 一病院への囲い込みではない
今回の取材で具体的に名前が挙がったのが豊川市民病院だった。担当者は名市大側の立場から、「連携病院は豊川市民病院も連携病院です。蒲郡市民病院も連携病院なので」と説明した。名市大としては、蒲郡と豊川の双方で看護人材を支えることに意味があるという。一方で、蒲郡校卒業生を何人豊川市民病院へ就職させるかが決まっているわけではなく、蒲郡と豊川の間で看護師を定期的に異動させる制度がすでに設けられているわけでもない。
担当者が語ったのは、もう少し長い時間軸での人材循環だった。例えば、名市大の附属病院などで経験を積み、その後蒲郡市民病院へ移る。ある病院で係長、別の病院で課長、さらに別の医療機関で管理職を担うといった形で人が動けば、看護の経験やノウハウも地域の中で共有できるとの考えだ。担当者は、25人すべてを蒲郡市民病院へ入れる必要はなく、最終的に「病院がちゃんと看護師が回る」状態をつくることが重要との認識を示した。これは現段階で確定した人事制度ではなく、今後実現を目指す人材循環の将来像として語られたものだ。
ただし、この構想には自治体側の事情もある。蒲郡校の設置準備・運営にかかる経費は蒲郡市が負担する仕組みで、蒲郡市、名古屋市、名市大の3者が協定を結んで事業を進めてきた。
担当者も取材で、名市大としては豊川と蒲郡の双方を支えたい一方、蒲郡市が費用を負担する事業である以上、市外への人材供給を単純に考えることはできないとの認識を示している。蒲郡への還元と東三河全体への波及をどう両立するかは、開設後の実績を見る上で重要な論点になる。 貼り付けたMarkdown
地域定着の入口は実習 修学資金は月5万円へ
卒業生に蒲郡市民病院や三河地域の医療機関への就職を義務付ける制度はない。そこで担当者が重視しているのが、蒲郡を中心とした地域での実習だ。名古屋校と蒲郡校で教育内容そのものを分けるわけではないが、蒲郡校では地域の病院や訪問看護などを実習の場として使い、学生が実際の医療現場を知る機会を増やす。担当者は「実習を通じてこちらに残っていただく学生さんを増やしたい」と説明している。名市大も蒲郡校について、医療・福祉の現場で経験する機会を増やし、地域課題に触れながら地域医療を支える人材を育成する方針を示している。
蒲郡市民病院への就職を後押しする看護師等修学資金については、2026年9月議会で条例改正案が可決された。取材では、月額を従来の4万円から5万円へ引き上げ、一定の条件で蒲郡市民病院に勤務した場合には返還免除となる仕組みが説明された。
就職を義務化するのではなく、地域での実習と経済的な支援を組み合わせ、学生自身に蒲郡を就職先として選んでもらう考えだ。
大学化による効果として、担当者は大学教員による研究にも期待を示している。蒲郡市民病院だけでなく、地域のクリニックや訪問看護ステーションなどを研究フィールドとし、研究成果を地域の看護現場へ返すことができれば、卒業生の人数だけでは測れない効果が生まれる。担当者は、50人が入学して卒業し、その半数程度が地域に残ることに加え、大学教員の研究によって地域の看護や医療の質そのものが高まることも事業成功の一部になるとの考えを示した。
「大学化」自体は日本初ではない 今回の方式は全国でも異例
今回の取り組みが日本初なのかについて、週刊TAKAPIは公立看護教育の先行事例を確認した。看護専門学校の教育機能や施設を公立大学へ移行した事例そのものは過去にもある。福井県敦賀市では敦賀市立看護専門学校の閉校と敦賀市立看護大学の開学を進め、移行期間には専門学校と大学が同じ学舎を使用した。石川県小松市でも、こまつ看護学校の校舎を改修して公立小松大学保健医療学部の施設として活用し、開学後2年間は看護学校と大学が施設を共用した。名古屋市でも2023年、名古屋市立中央看護専門学校を名市大看護学部へ統合している。したがって、「看護専門学校を大学へ移行する」という点だけをもって日本初とはいえない。
一方、蒲郡の方式はこれらの先行例とは構造が異なる。蒲郡市立ソフィア看護専門学校の施設を活用し、蒲郡市、名古屋市、名市大の3者協定によって、名市大の正式な看護教育拠点を蒲郡市内に設ける。さらに設置準備・運営経費は蒲郡市が負担する。
名市大は蒲郡校を三河地域で唯一となる公立の看護系大学キャンパスと位置付け、蒲郡校50人、名古屋校160人の計210人へ看護学専攻の入学定員を拡大する方針を示している。
全国のすべての大学・自治体間連携を網羅した調査ではないため、「日本初」と断定することは避ける。ただ、今回確認した主要な公立看護教育の大学化事例では、蒲郡市の既存施設を使い、別の自治体に本拠を置く市立大学がキャンパスを設け、複数自治体と大学が協定を結び、地元自治体が運営経費を負担する今回と同じ構造は確認できなかった。少なくとも、自治体の境界を越えて地域の看護人材養成機能を維持・拡充しようとする、全国的にも極めて異例の取り組みといえる。
編集部見解 「閉校」で終わらせない仕組みを全国へ
週刊TAKAPI編集部は、この事業には成功してほしいと考えている。看護師不足は蒲郡だけの問題ではなく、名市大自身も、全国の看護専門学校で大学志向の高まりによる定員割れや閉校が生じていることを、蒲郡校設置の背景として挙げている。
地域で長く看護師を育ててきた学校が学生減少によって閉じれば、その地域から看護人材を育成する入口そのものが失われかねない。蒲郡では、専門学校を閉じて終わるのではなく、既存施設を生かしながら公立大学の教育・研究機能を呼び込み、地域の看護人材養成を残す道を選んだ。
この仕組みが実際に機能すれば、意味は蒲郡だけにとどまらない。毎年必要な看護師を安定的に確保し、卒業生が蒲郡や豊川を含む地域で経験を積み、大学教員の研究成果が市民病院だけでなく診療所や訪問看護にも返っていく。その結果、5年後、10年後に「看護師が足りない」という状態が改善していれば、同じ課題を抱える自治体にとって具体的な選択肢になる。担当者自身も、4、5年後だけでなく、10年、20年にわたって看護人材不足が続かない状態をこの事業の意味として語っている。
編集部としては、看護専門学校の大学化そのものを「日本初」と大きく見せる必要はないと考える。それよりも、自治体の境界を越えて教育機能を残し、人材育成、病院連携、地域実習、研究まで一つの仕組みに組み込んだ蒲郡の方式が、実際に結果を出せるかを追う方が重要だ。
入学定員50人が埋まったか、何人が卒業したか、何人が地域に残ったか、蒲郡市民病院の採用状況がどう変化したか、豊川を含む地域連携が実際にどこまで進んだか。週刊TAKAPIは開設時だけでなく、その後の数字と現場を継続して確認する。
蒲郡で成果が出れば、地域の看護学校を「閉校」で終わらせず、大学や他自治体との連携によって人材育成機能を残すという選択肢を、全国に示すことになる。
日本各地で続く医療・看護師不足を一つの事業だけで解消することはできない。それでも、地域で人を育て、その人材と経験が地域の医療機関を循環する仕組みが一つずつ増えることには意味がある。編集部として、この蒲郡の挑戦がそのモデルの一つに育つことを期待したい。
取材・文/週刊TAKAPI 編集部 鈴木・成田
編集部まとめ
名古屋市立大学「蒲郡校」は2027年4月に1学年50人で開設する。開設準備担当者は、50人が入学・卒業し、その半数程度となる25人が地域で就職する状態を人材面での一つの成功像として示したが、正式な地域就職率KPIではない。蒲郡市民病院では現在、毎年25~26人程度の看護師確保を希望しており、担当者は名市大側の連携病院として蒲郡市民病院と豊川市民病院の双方を挙げている。卒業生を一病院へ固定するのではなく、名市大の附属病院などで経験を積んだ後に地域へ戻る人材も含め、長期的な看護人材循環を構想している。
公立看護専門学校の大学化自体には敦賀市や小松市、名古屋市などの先行例があり、日本初とはいえない。一方、蒲郡市、名古屋市、名市大が自治体の境界を越えて連携し、蒲郡市立の既存施設を使って名市大の看護教育拠点を設け、蒲郡市が設置準備・運営経費を負担する今回の構造は、今回確認した主要な先行例とは異なる。全国の看護人材不足に対するモデルとなれるかは、開設後の地域就職、定着、病院間連携の実績で判断することになる。
特記事項
この記事は、週刊TAKAPIの鈴木、成田による名古屋市立大学「蒲郡校」開設準備担当者への独自取材と、名古屋市立大学、蒲郡市、敦賀市、公立小松大学などの公表資料をもとに構成しています。
地域就職「25人」は、蒲郡市または名古屋市立大学が正式に設定、公表した地域就職率KPIではありません。
担当者は蒲郡市民病院と豊川市民病院を名市大側の連携病院として説明していますが、蒲郡校卒業生の具体的な配置人数や、病院間の看護師異動制度が決定しているわけではありません。
看護専門学校の大学化には国内の先行事例があるため、本稿では「日本初」としていません。また、自治体間連携を含む今回と完全に同一の仕組みについても、全国すべての事例を網羅した確認ではないため、日本初とは断定していません。
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