名古屋市東区白壁に店を構える「中華そば 白壁あおい」。
昔ながらの中華そばを味わえる地域の人気店だが、その歴史をたどると、国内外でラーメン店を展開する「フジヤマ55」創業者・澤竜一郎氏の歩みにつながっていく。
両親が始めた小さなラーメン店との出会い、店を継いだ後に直面した「味が変わった」という常連客の声、そして2代目として挑戦した新メニュー。白壁あおいは、澤氏がラーメン職人としてだけでなく、経営者として成長する原点の一つとなった店だ。
「中華そば 白壁あおい」はどんなラーメン店?
「中華そば 白壁あおい」は、名古屋市東区白壁1丁目にあるラーメン店だ。
看板となるのは、昔ながらの雰囲気を残した中華そば。現在は中華そばだけでなく、濃厚味噌そばやまぜそばなども提供している。
店舗は名鉄瀬戸線・東大手駅から徒歩圏内。大通り沿いにありながら、地域に根付いた個人店のような空気を残している。
グルメサイト「食べログ」では「ラーメン AICHI 百名店 2025」に選出されており、現在も名古屋を代表するラーメン店の一つとして評価されている。
白壁あおいを始めたのは澤竜一郎氏の両親
白壁あおいの歴史は、澤竜一郎氏の両親がラーメン店を開業したことから始まった。
澤氏による公式ストーリーでは、両親はもともと洋服店を営んでいたという。ところが、澤氏が高速道路建設の仕事で地元を離れていた時期、両親から突然「ラーメン屋を開業した」と告げられた。
当時の澤氏は、大手ゼネコンに勤務する会社員だった。建築家を志して大学で都市工学を学び、高速道路建設の現場で働いていた一方、休日にはラーメン店を食べ歩くほどのラーメン好きだった。
両親が好きなラーメンを仕事にし、客がおいしそうに食べる姿を見たことで、澤氏は「自分の好きなことを仕事にしてもいい」と気付いたという。
ゼネコンを退職し、ラーメン業界へ
両親の店に刺激を受けた澤氏は、ゼネコンを退職。複数のラーメン店で修業を重ねた後、2003年に名古屋市中区の鶴舞駅高架下で「中華そば 鶴舞一刻屋」を開業した。
一刻屋では、野菜のだしを中心に豚骨や鶏ガラのコクを重ねた中華そばを開発。「美味健食」をコンセプトに掲げ、地元テレビや雑誌にも取り上げられる人気店へ成長した。
澤氏のラーメン店経営は一刻屋から本格的に始まったが、ラーメンの世界へ進むきっかけを与えたのは両親の店だった。
その意味で、白壁あおいは現在のフジヤマ55につながる精神的な原点といえる。
父親の腰痛をきっかけに「白壁あおい」を継承
一刻屋の経営が軌道に乗り始めたころ、両親から澤氏へ連絡が入った。
父親が腰を痛め、ラーメン店を続けることが難しくなったため、店を閉めるか、澤氏が引き継ぐかという選択を迫られたという。
澤氏は一刻屋を別のスタッフに任せ、自らは白壁あおいの運営を担当。35歳のとき、両親の店を正式に引き継いだ。
白壁あおいの公式SNSでは、初代が1997年に「高山ラーメン 中華そば あおい」として開業し、2006年から2代目が引き継いだと説明されている。
同じレシピなのに「味が変わった」
澤氏が店を引き継いだ直後、思わぬ壁に直面した。
父親からレシピや作り方をすべて教わり、同じ味を提供しているつもりだった。しかし、長年通っていた常連客からは「味が変わった」という声が上がったという。
材料や工程を見直しても、明確な違いは見つからない。そこで澤氏は、料理の味はレシピだけでは決まらず、店主への信頼や店の雰囲気を含めて受け止められるものではないかと考えた。
両親が守ってきた味を単純に再現するのではなく、「2代目らしいラーメン」を打ち出す決断に踏み切った。
これは澤氏にとって、伝統を守るだけでは店を発展させられないことを学んだ重要な転機だった。
「濃厚味噌そば」と「まぜそば」で若い世代を開拓
2代目となった澤氏が新たに考案したのが「濃厚味噌そば」だった。
それまでの白壁あおいは、中高年の常連客が中心だったという。分かりやすい濃厚なうま味を打ち出した味噌そばを導入したことで、若い世代の来店が増えた。
さらに、スープを使わず麺をしっかり食べられる「まぜそば」も投入。これが支持を集め、店は幅広い年代が訪れるラーメン店へ変化していった。
新しい客層が増えると、いったん離れていた従来の常連客も再び訪れるようになったという。
初代の中華そばを残しながら、新しい商品を加えて店を再生する。この白壁あおいでの経験は、その後のフジヤマ55の多店舗展開にもつながる重要な実践となった。
白壁あおいでの経験が「フジヤマ55」誕生へ
白壁あおいと一刻屋の運営が安定した後、澤氏は各地のラーメン店を食べ歩き、東京で濃厚豚骨魚介つけ麺に出会った。
当時の名古屋では、濃厚なつけ麺はまだ一般的ではなかった。澤氏は「この味を名古屋でも食べてもらいたい」と考え、試作を重ねた。
そして2009年9月、名古屋・大須に「フジヤマ55」の第1号店を開業。濃厚な魚介豚骨スープ、自家製の極太麺、各席に設置したIHヒーターなど、当時の名古屋では珍しい仕組みを打ち出した。
大須総本店は13坪・13席という小規模な店ながら人気店となり、その後の国内外への展開につながった。
編集部の考察|白壁あおいは「失敗から変化を学んだ店」
フジヤマ55の直接的な第1号店は、2009年に開業した大須総本店だ。澤氏が独立して最初に開いた店は鶴舞一刻屋である。
そのため、白壁あおいを単純に「フジヤマ55の1号店」と表現することは正確ではない。
一方で、澤氏がラーメン業界へ進むきっかけをつくったのは両親の店であり、多店舗経営や世代交代、客層の拡大を実際に経験した場所が白壁あおいだった。
特に注目したいのは、先代と同じレシピを守るだけでは常連客に受け入れられず、2代目独自の商品を開発した点だ。
既存の味を残しながら、濃厚味噌そばやまぜそばで新しい需要を開拓する。この「継承と革新」の経験が、後のフジヤマ55における商品開発や多ブランド展開の土台になったと考えられる。
世界へ広がったフジヤマ55の物語をたどると、その出発点には、名古屋・白壁の小さな一杯があった。
中華そば 白壁あおいの店舗情報
- 店名:中華そば 白壁あおい
- 住所:愛知県名古屋市東区白壁1丁目36
- 最寄り駅:名鉄瀬戸線・東大手駅
- ジャンル:ラーメン、中華そば、まぜそば
- 予約:原則不可
- 定休日:月曜日、木曜日
- 電話番号:052-971-0187
※営業時間、定休日、メニュー、価格は変更される場合があります。来店前に店舗の公式情報などで最新状況を確認してください。
※本記事は公開されている企業情報、報道内容、地域特性、市場動向などをもとに編集部が独自に考察した内容です。企業や関係者が公表している出店理由・経営方針を断定するものではなく、一部に編集部の見解や推測が含まれます。最新かつ正確な情報は、各企業・自治体の公式発表をご確認ください。
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週刊TAKAPI編集部:黒木
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