AI以前の問題もある 安全機能OFF、法定点検未実施
自動運転バスの安全を考えるとき、AIやセンサーだけを見ても足りない。
沖縄県多良間村では2026年1月、定期運行終了後の技術検証中、自動運転バスが歩道へ乗り上げ、街路樹に衝突した。
県の公式発表によると、技術検証のため障害物検知システムをOFFにし、自動運転で走行していた際に発生した事故だった。けが人はいなかった。
一方、さいたま市では2025年、自動運転バスの実証実験で、定員11人以上の車両に必要な3カ月以内ごとの法定点検が行われていなかったことが判明し、市が実証実験を中断した。
事故すら起きていないが、安全管理という意味では重大だ。
高度な自動運転技術を搭載していても、整備、点検、試験時の安全機能管理が崩れれば公共交通としての安全性は成立しない。
レベル2の本当の難しさは「人間がまだ運転主体」であること
ここで整理しなければならないのが、自動運転レベル2だ。
レベル2ではシステムが前後と左右の車両制御を行うが、監視主体はドライバー側にある。レベル3以上のように、システム側が運転主体となる段階ではない。
警察庁も公道実証について、運転者が運転席に乗車し、常に周囲の道路交通状況や車両状態を監視し、緊急時には安全確保に必要な操作を行うことを求めている。
したがって、レベル2を「普段は完全に機械任せで、危険な瞬間だけ人間へ運転を戻す仕組み」と説明するのは正確ではない。
人間は最初から監視主体だ。
それでも、弥彦や小松の事故を見ると問題は残る。
通常の走行操作をシステムが行っている間、人間は監視を続け、異常や想定外の挙動を認識した瞬間には、システムが何をしようとしているのかも踏まえて即座に操作しなければならない。
自分で最初から運転している場合とは違う種類の判断を要求される。
これを単純に「人間が助ければ安全」と考えるのも危険だ。
自動運転バス事故で本当に数えるべきなのは「事故件数」ではない
自動運転バスの安全性を比較するなら、「全国で事故が何件起きた」という数字だけでは足りない。
最低でも、
事故時に自動運転だったのか、手動運転だったのか。
事故前にシステムが何を認識していたのか。
人間は何秒前に介入したのか。
介入理由は何だったのか。
介入時と衝突時の速度はいくつだったのか。
障害物検知や自動停止などの安全機能は有効だったのか。
ODD=その自動運転システムが作動する前提条件から外れていなかったのか。
このレベルまで分解しないと、本当に危ない部分がシステムなのか、人間との役割分担なのか、道路環境なのか判断できない。
ここが今後の社会実装で最も必要なデータだ。
自動運転は「山奥のための技術」だけではない
一方、自動運転バスの必要性を考えると、事故だけを理由に導入を止めることにも現実的な問題がある。
国土交通省によると、バス運転者は2019年度から2022年度の3年間で約2万4000人減少した。運転者確保は地域住民や観光客の移動手段を維持する上で喫緊の課題とされている。
政府は現在、2030年度までにバス、タクシー、トラックの自動運転サービス車両1万台の導入を目標に掲げている。国土交通省は自動運転を「交通空白」や担い手不足への対応策として位置付けている。
ここで注目すべきなのは、必要なのが極端な山村だけとは限らないことだ。
むしろ今後問題が大きくなりやすいのは、
鉄道駅はある。道路もある。人口も一定数いる。しかし駅から病院、住宅地、スーパー、市役所までを結ぶ公共交通が弱い。
そんな地方都市や郊外だ。
人口数万から数十万人規模で、生活自体は成立している。しかし路線バスの本数は減り、タクシーの運転手も足りず、自家用車なしでは生活しにくい。
いわば「完全な交通空白」になる一歩手前の地域だ。
国も2026年度の地域交通支援で、人口10万人未満の中小都市・過疎地だけでなく、人口10万人以上の地方中心都市まで支援区分に含め、地域交通DXを進めている。
自動運転バスの社会的価値は、こうした地域で大きくなる可能性がある。
高齢者に「運転をやめて」と言うだけでは解決しない
この問題は、高齢ドライバー対策とも直結する。
高齢者の事故リスクを考えれば、運転をやめるという選択肢を持てる社会は必要だ。
しかし、病院にもスーパーにも車でなければ行けない地域で「免許を返納してください」と求めても、その人の日常生活まで一緒に奪うことになりかねない。
だから、自動運転バスは単なる未来技術ではない。
高齢になっても自分でハンドルを握り続けなければ生活できない地域構造を変えられるかもしれない交通インフラとして見る必要がある。
ここに、自動運転を簡単に捨てられない理由がある。
導入に向くのは「何でも走れる無人バス」ではない
それでも、どこへでも自動運転バスを入れればいいわけではない。
現在の技術と相性がいいのは、
駅と病院
住宅地と駅
団地と大型商業施設
駅と市役所
空港と駅
といった、短く固定されたルートを一定速度で反復する運行だ。
反対に、狭い生活道路、路上駐車が多い道路、観光客の横断が多い場所、自転車が入り乱れる中心街、積雪や急激な天候変化がある道路では、必要な技術水準と運行管理の難度が上がる。
自動運転車だけを道路へ合わせるのではなく、停留所、歩行者動線、信号、速度設定、駐停車規制まで含めて道路側を自動運転に適した環境へ変える発想も必要になる。
全国共通で「事故・介入データ」を公開できないか
本稿で複数地域を調べて最も強く感じるのは、事故情報の公表形式が自治体ごとに違い過ぎることだ。
日時、場所、人的被害だけを公表する自治体もあれば、操舵システム、位置情報、運転士の介入まで詳細に検証して公開する自治体もある。
これでは全国比較が難しい。
編集部としては、自動運転バスを本格的に社会実装するなら、国が少なくとも次の情報を共通様式で蓄積・公開する仕組みを検討すべきだと考える。
運転モード、自動/手動切替時刻、切替理由、人間が介入してから事故までの時間、速度、センサーが認識していた対象、作動中だった安全機能、ODDの範囲内だったか、事故原因、再発防止策。
事故だけでなく、衝突を回避するために人間が手動介入したケースや、自動停止したケースも対象にする。
そうすれば、「事故を起こした自治体ランキング」を作るためではなく、1地域の失敗を別の地域で繰り返さないためのデータになる。
編集部まとめ
自動運転バスの事故を横断すると、システム設計、機器、人間の介入、手動運転、安全機能の管理、法定点検まで、問題は一つではない。
同時に、バス運転手不足と高齢化が進む地方では、自動運転という選択肢を外したところで移動問題そのものは消えない。
必要なのは導入を急ぐことでも、事故を理由に止め続けることでもない。
「どこなら走らせられるか」を厳しく選び、事故と手動介入のデータを全国で共有しながら、運転しなくても生活できる地方交通へつなげられるか。
自動運転バスの成否は、AIの性能だけではなく、そこまで含めた交通政策として設計できるかにかかっている。
週刊TAKAPI編集部/成田
特記事項
本稿は2026年9月21日時点で確認できた深谷市、小松市、弥彦村、東京都、さいたま市、国土交通省、警察庁などの公式資料と、事故経過に関する公開情報を横断して構成した検証・考察記事です。
各事案の事故原因や運転主体は異なります。本稿では「自動運転バスの事故」という呼称だけを根拠に、すべてを自動運転システムの故障として扱っていません。
弥彦村について、歩行者2人との衝突事故そのものは村が公式発表しています。事故前に歩行者を検知して停止し、その後手動操作へ切り替えたとの詳細は、その後に公表された事故説明を基にした公開情報によります。
「地方都市・郊外での活用余地」「全国共通の事故・介入データが必要」とする部分は、確認した事故・政策資料を基にした編集部の分析・提案です。個別事故について未公表の法的責任や過失を認定するものではありません。
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