豊橋市王ケ崎町にある県営王ケ崎住宅の建て替えを巡り、愛知県と地元自治会との間で計画の進め方を巡る意見の隔たりが生じている。
老朽化した住宅を建て替えること自体について、地元の二六町自治会側も必要性を否定しているわけではない。争点となっているのは、新しい住棟をどこに建て、既存住棟をどの順序で解体するのかだ。
愛知県が進めるのは、総額32億円を超えるPFI事業である。
県が公表した一次資料や県議会の審議記録を週刊TAKAPIが確認すると、事業者を選ぶ段階から「周辺の居住環境への配慮」「工事中の生活環境への影響」「入居者に配慮した円滑な建替移転」が評価対象とされていた。
では、入居状況など計画を取り巻く条件が変わったとき、いったん決めた建設位置や工事手順をどこまで見直すのか。
王ケ崎住宅を巡る問題は、単なる住民との意見対立だけではなく、PFIによる公共事業の「合理性」と「説明責任」を問う局面に入っている。
築50年、260戸の県営住宅を建て替え
王ケ崎住宅は1974年度から76年度に建設された鉄筋コンクリート造5階建ての県営住宅で、6棟260戸からなる。
愛知県は老朽化に伴う建て替えをPFI方式で進めている。
PFIとは、公共施設の整備などに民間の資金やノウハウを活用する仕組みだ。王ケ崎住宅では、民間事業者が自らの提案をもとに既存住棟を解体し、新しい住宅を設計・建設した後、県に所有権を移す「BT方式」が採用された。
県は2026年3月、花田工務店グループと特定事業契約を締結した。契約額は税込32億2630万円。新たに139戸を整備し、既存住宅160戸を解体する計画で、事業期間は2032年3月までとなっている。 (愛知県公式サイト)
新住宅は2棟で、2DKが98戸、3DKが41戸。事業者からは、県が「7階建て以下」としていた要求に対し、周辺に戸建て住宅が多いことを踏まえて6階建てとする提案などが示された。県議会でも県側が「周辺の地域に配慮するため」と説明している。 (愛知県公式サイト)
住民側「1、2号棟を同時に解体できないか」
現在、地元側が問題視しているのが建設位置と解体の順番だ。
自治会側は、1号棟と2号棟を同時に解体して敷地を確保し、新しい住棟を現在の計画より農地側へ寄せる案を県側に求めている。
一方、県議会の建設委員会で県が説明した現行の建て替え手順は異なる。
その理由として挙げるのが、近隣住宅への騒音、振動、粉じんなどの影響軽減だ。
まず1号棟の入居者を団地内の別住棟へ仮移転させ、1号棟を解体して新住棟を建設する。その後、仮移転した1号棟の住民と2、3号棟の住民を新住棟へ移し、既存住棟の解体を進める計画だ。
県はその理由について「現在入居している住民の住宅を確保することを原則とした建設計画」と説明している。 (愛知県公式サイト)
ここまでは、県の公式記録から確認できる事実である。
計画時の入居率は「70%程度」
注目すべき県議会答弁もある。
県は建設計画を策定した時点について、
「入居率が70パーセント程度であった」
と説明している。
この入居状況を踏まえ、既存260戸から180戸とする全体の建設計画を策定し、西側街区にも住棟を建設する方針だとしている。 (愛知県公式サイト)
一方、自治会側によれば、2019年に約220世帯だった入居者は、2024年4月時点で約160世帯まで減少したという。
この「約160世帯」は現時点で県公表資料による裏付けを確認できていないため、週刊TAKAPIでは自治会側の調査結果として扱う。
ただ、ここで確認すべきことは明確だ。
建設計画を決めた時点から入居状況が変化しているのであれば、県はその変化を踏まえて、解体順序や住棟配置を再検証したのか。
住民側が求めているのは、まさにこの点である。
県はPFIで「事業費9%削減、期間26%短縮」と説明
そもそも愛知県がPFIを選択した理由の一つが、コストと工期だった。
2026年3月11日の県議会建設委員会で県側は、PFI方式の導入により、
事業費を約9%縮減
事業期間を約26%短縮
できると見込んでいると説明した。
つまり、事業費と工期の効率化は、この事業そのものをPFIで実施する根拠の一つだった。
だからこそ、自治会が別の施工方法を提示した以上、焦点となるのは「変更する・しない」という結論だけではない。
現行案と住民側の代替案について、同じ条件で工事費、移転費、工期、騒音・振動などを比較したのかという点だ。
県側は取材に対し、1、2号棟を一括して解体した場合の工事費削減効果は1000万円弱にとどまる一方、仮移転などに伴って数千万円規模の事業費増加が見込まれるとの趣旨の説明をしている。
この数字については、県の公開資料上では詳細な積算根拠を確認できていない。
したがって「1000万円弱」「数千万円」という数字が、いつ、どの案を前提に、どの費目まで含めて算出されたものなのかは、今後確認する必要がある。
「周辺の生活環境」は最初から審査対象だった
ここで重要になるのが、事業者選定時の「審査講評」である。
事業者を選ぶ評価基準には、団地計画について「周辺の居住環境への配慮」が明記されていた。
さらに工事中の環境対策では、
「周辺の生活環境及び道路交通への影響を最小限に抑える工夫や対策」
も評価対象となっていた。
つまり、騒音や振動など周辺への影響は、計画が決まった後に住民側から突然持ち出された論点ではない。
県自身が事業者選定時から評価項目に置いていた論点なのである。
花田工務店グループの「団地計画」は9点満点中6.19点、「工事中の環境対策」は4点満点中2.50点、「安全管理」は4点満点中2.25点だった。
審査講評では、土日祝日に作業を行わないことによる近隣住民への配慮などが評価されている一方、工期短縮に用いる工法については施工前の適切な検証を求める意見も付された。
審査委員会も「周辺自治会と協議」を要求
さらに見逃せない記述がある。
事業者選定委員会は総評で、花田工務店グループに対して複数の検討事項を示している。
その一つが、工事車両の動線計画について周辺自治会と協議することだった。
集会所や「OGASAKIテラス」の整備についても自治会との協議を求めている。
これは「自治会の要求どおり計画を変更しなければならない」という意味ではない。
しかし少なくとも、自治会との協議が事業者選定段階から事業を進める上での具体的な課題として認識されていたことは、公表資料から確認できる。
事業範囲そのものに「地元説明会」「近隣対策」
PFI事業の正式な業務範囲にも注目したい。
花田工務店側が担うのは建物を建てることだけではない。
事業計画策定、測量・地質調査、周辺家屋調査、既存住棟の解体設計・施工、建替住棟の基本・実施設計、工事監理などに加え、地元説明会、周辺家屋補償、電波障害への対応などの近隣対策も事業に含まれている。県公式資料でも、特定事業者が自らの提案をもとに解体、設計、建設を行うBT方式であることが確認できる。
ここで一つの疑問が生まれる。
現在の配置や施工順序は、契約上すでに変更できないものなのか。それとも基本設計・実施設計や事業計画を詰める過程で、変更できる余地が残されているのか。
県がこの点をどう整理しているのかは、住民側への説明でも重要になる。
最初の入札は「参加者ゼロ」で不調
事業者選定の経緯も整理しておく必要がある。
県は2025年6月17日に最初の入札公告を行ったが、参加書類の提出はなく、入札は不調となった。
県は参加要件を見直し、同年9月9日に再公告。今度は花田工務店グループ1者が参加し、税抜29億3300万円で落札した。県議会でも県側はこの経緯を説明している。
審査では入札価格40点、提案内容60点の計100点で評価され、花田工務店グループは79.70点だった。
ここには少し分かりにくい仕組みがある。
価格点の計算式は、
40×「参加者中の最低価格÷各参加者の入札価格」
である。
今回は参加者が1者だけだったため、その1者の価格が必然的に「最低価格」となり、価格評価は40点満点となった。
したがって、40点満点だったこと自体が、複数社による価格競争の結果として最も安い提案が選ばれたことを意味するわけではない。
一方、県は総合評価一般競争入札として事業者を公募し、有識者らによる選定委員会で提案内容や企業の技術力などを審査したとしている。第83号議案の特定事業契約は県議会で可決された。
ここは制度上の事実と、競争性をどう評価するかを分けて考える必要がある。
住民は建て替えそのものに反対しているわけではない
二六町自治会の鶴山裕一会長は、新しい住宅の建設そのものは必要との立場を示している。
求めているのは、住棟を農地側へ寄せることや施工手順を変更し、周辺住民への影響を少しでも小さくできないか再検討することだ。
鶴山会長は、県が計画策定時の前提や現在の状況を踏まえた比較検討結果を十分に示していないとして、計画の根本的な見直しを求める陳情書を大村秀章知事宛てに提出している。
一方、県側は、入居者の移転負担、仮移転先となる住戸の修繕費、工事中の騒音・振動など複数の事情から現行計画には合理性があるとの立場を示している。
ここで必要なのは、どちらかの主張をそのまま採用することではない。
数字で比較することだ。
現行案はいくらかかるのか。
住民案ならいくらになるのか。
工期はそれぞれ何か月なのか。
何世帯に仮移転が必要なのか。
騒音、振動、粉じんへの影響はどう変わるのか。
そして、計画策定後に入居状況が変化しているなら、その変化を織り込んだ再計算を行ったのか。
「決めた計画だから」では説明にならない
32億2630万円。
その原資となるのは公費であり、完成した県営住宅は今後長期間使われる。
もちろん、住民から別案が示されるたびに公共事業を白紙に戻すことは現実的ではない。計画変更によってかえって費用が増え、入居者の負担が大きくなるのであれば、それもまた重要な事実である。
だからこそ県に求められるのは、「変更できない」という結論だけではなく、なぜ現行案の方が合理的なのかを比較可能な数字と資料で示すことではないだろうか。
県自身がPFI導入の理由として「事業費約9%縮減」「事業期間約26%短縮」を掲げ、事業者選定では「周辺の居住環境への配慮」を評価し、選定委員会も「周辺自治会との協議」を求めていた。
ならば問われるのは、計画を守ることそのものではない。
計画を取り巻く条件が変わったとき、それでもなお現在の計画が最善だと説明できるだけの検証を、県は行ったのか。
約32億円を投じる王ケ崎住宅の建て替え。その答えを「ご理解いただきたい」という言葉だけで終わらせていいのか。
県が示す次の説明では、結論よりも、その結論に至った「数字」と「比較」が問われることになる。
このニュースのポイント
担当記者:週刊TAKAPI編集部

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