兵庫県北部の但馬地域では、ドクターヘリが飛べない場合にも、医師を患者のもとへ届ける仕組みが整えられている。公立豊岡病院の但馬救命救急センターが運用するドクターカーは、2017年から24時間体制。消防の救急車と途中で合流し、病院到着前に医師が診療を始められることが特徴だ。
その仕組みが活用された事実が、兵庫県の公表資料に残されている。2025年度、公立豊岡病院を基地とする3府県ドクターヘリは、運航事業者の整備士不足によって51日間の計画運休が発生した。県が集計した運休期間中の対応236件のうち、161件でドクターカーが使用されていた。
一方、愛知県では2024年2月にドクターヘリが2機体制となったものの、同月28日、田原市と新城市で両機が対応できない事案が発生している。田原市では静岡県西部のドクターヘリが応援し、新城市では陸路搬送へ切り替えられた。
ヘリコプターを増やすことには意味がある。しかし、機体が2機あっても、天候や機体の不具合、別件への出動によって、空からの医療支援が受けられない場合は残る。
そのとき、救急車が病院に到着するまで医師による診療を待つしかないのか。
週刊TAKAPIは連載最終回として、但馬の救急医療体制と東三河の現状を比較した。そこから見えてくるのは、医療機関や車両の数を増やすだけでなく、地域全体で医師を届ける仕組みを整える必要性だ。
但馬では2017年から24時間運行 病院を出て患者のもとへ向かう医師
公立豊岡病院では2010年4月にドクターヘリ、同年12月にドクターカーの運行を始めた。その後、両者の並行運用を進め、2017年5月1日からドクターカーの24時間運行に移行している。
ドクターヘリは、医師や看護師を速やかに現場近くへ届ける一方、日没や悪天候などの制約を受ける。ドクターカーは、その制約を補う地上からの医療派遣手段として運用されている。
但馬救命救急センターの2025年度の来院方法別統計では、救急車による来院患者5,308人のうち、ドクターカーが関与した患者は1,121人だった。ドクターヘリによる来院患者は760人となっている。
これは患者の来院方法に基づく集計であり、車両やヘリの出動回数そのものではない。兵庫県が公表する同年度の3府県ドクターヘリの運航実績1,160件とも、集計の対象が異なる。
重要なのは、ドクターカーが単なるヘリの予備として置かれているわけではないことだ。病院で患者の到着を待つだけではなく、医師を現場へ送り出し、搬送途中から診療を始める体制が日常的に運用されている。
救急車との合流地点163か所 消防と病院をつなぐ仕組み
但馬のドクターカーで特に参考になるのが、消防の救急車との合流方法だ。
公立豊岡病院組合の公式案内には、ドッキングポイントと呼ばれる合流地点が163か所選定されていると記されている。道の駅や店舗の駐車場、公園などを利用し、救急車とドクターカーが途中で合流する仕組みだ。
消防本部が119番通報の内容から医師の派遣が必要と判断すると、病院側に出動を要請する。医師や看護師を乗せたドクターカーと、患者を収容した救急車が合流し、医師らが救急車内で必要な処置を行う。その後、患者は適切な医療機関へ搬送される。
この方式は、ラピッドレスポンスカー方式と呼ばれる。
救急車が病院へ到着するまで医師との接触を待つのではなく、医師も患者へ向かって移動する。道路事情や合流地点によっては、医師がより早く患者に接触できる可能性がある。
ただし、ドクターカーを使えば必ず治療開始が早まるわけではない。患者の発生場所、道路状況、病院までの距離によっては、救急車で直接搬送する方が適切な場合もある。
それでも、あらかじめ合流地点を決め、消防と医療機関が手順を共有している点は見逃せない。
東三河が但馬からまず学ぶべきなのは、車両を増やすことよりも、消防が医師の派遣を求め、救急車と合流するまでの運用を整えていることだ。
ヘリ51日運休 ドクターカー161件、救急車50件で対応
2025年度、兵庫県内のドクターヘリは運航事業者の整備士不足によって計画運休を余儀なくされた。
公立豊岡病院を基地とする3府県ドクターヘリの運休日数は51日間。運航実績は前年度の1,504件から1,160件へ減少した。
兵庫県の資料によると、この運休期間中に記録された対応は236件。内訳はドクターカー161件、救急車50件、DMATカー23件、他府県のドクターヘリ1件、消防防災ヘリ1件だった。
この数字は、ドクターカーが運休期間中の主要な対応手段になっていたことを示している。
ただし、161件すべてが通常ならドクターヘリによる搬送になった事案とは限らない。また、ドクターカーの出動によって161人が救命されたという意味でもない。患者の診断や治療経過、転帰について、この統計から判断することはできない。
一方、ドクターカーや救急車など複数の手段が実際に使われていた事実は確認できる。
航空医療に制約が生じることを想定し、別の手段で医療を届ける体制を維持してきたことに、但馬の取り組みの意義がある。
兵庫県も運航体制の見直しを迫られた 2026年に2パイロット方式
但馬の仕組みを評価する際、ドクターヘリの人員不足が解決したわけではないことも理解する必要がある。
2026年5月には、運航事業者から7月以降の全面運休の可能性が示された。兵庫県は6月に関係自治体や基地病院、運航事業者との協議を始め、運休の回避に向けた対応を進めた。
その結果、8月から整備士に代わって別の操縦士が同乗する「2パイロット運用」を導入した。
これは安全確保を前提とする臨時的な措置であり、2027年3月までの運用とされている。整備士による必要な点検まで不要になったわけではなく、地上の整備体制も引き続き維持する必要がある。
兵庫県は9月17日の県議会で、9月は全日運航を予定し、10月以降も原則として全日運航を継続する方針を説明した。
ただし、この措置によって整備士不足の問題が恒久的に解消したわけではない。
但馬が示しているのは、地上からの医療派遣を整える一方、航空医療の安全と運航継続を両立させるため、行政、病院、運航事業者が対策を講じる必要性でもある。
東三河もヘリ2機が対応できない事態を経験
愛知県は2024年2月、藤田医科大学病院に2機目のドクターヘリを配備した。従来から運航する愛知医科大学病院のヘリと相互に補完することで、救急医療体制を強化している。
その一方、2機体制の開始から27日後の2024年2月28日、田原市と新城市で県内2機がともに対応できない事案が発生した。
田原市では1機が別件対応中、もう1機が機体不具合となり、静岡県西部のドクターヘリが応援した。同日の新城市でも両機が対応できず、県外機への応援要請を協議する間にヘリの要請がキャンセルとなり、患者は陸路で搬送された。
この2件は操縦士不足によるものではない。要請の時刻が重なっていたかどうかも、県の公表資料からは確定できない。
それでも、ヘリを2機配備しても、必要なときに両機とも使用できない場合があることは確認された。
関連記事: 愛知のドクターヘリ2機とも対応できず 田原・新城で同日に2件
但馬と東三河の違いは、ヘリが運航できない事態そのものではない。その場合に、医師を現場へ届ける別の手段が、どの地域で、どの時間帯に、どの程度確保されているかという点にある。
豊川市民病院のドクターカーは203件出動 運行時間に違い
東三河にもドクターカーはある。
豊川市民病院は2022年10月から運行を始め、2025年には203件出動した。医師や看護師を救急現場へ派遣し、病院到着前に必要な診療を始めることを目的としている。
ただし、豊川市消防本部の2025年救急救助年報では、運行時間は水曜日を除く平日の午前9時から午後4時15分までだった。これは但馬の24時間運行とは異なる。2026年10月時点で変更があったかどうかについては、最新の直接確認が必要だ。
一方、豊川市消防本部の2025年統計では、医療機関への受入照会が成立しなかった回数が延べ2,068回となり、前年から増加していた。
受入照会の不成立は、消防が市内外の医療機関に照会した際に受入れに至らなかった回数であり、特定の病院が2,068人の患者を拒否したという意味ではない。
ドクターカーの運行拡充だけで、こうした受入先の問題が解決するわけでもない。医師が早く患者に接触する仕組みと、専門的な治療を提供できる病院の確保は、分けて検証する必要がある。
関連記事: 豊川市の救急受入照会、不成立2068回で21%増 消防年報の数値も検証
但馬の24時間体制と東三河の現行体制を比較する意義はある。ただし、患者数や地理的条件、医療スタッフの配置が異なるため、運行時間だけを基準にどちらの体制が優れているかを判断することはできない。
奥三河の地理的条件 医師が患者へ向かう仕組みは有効か
東三河で特に検討すべき地域の一つが奥三河だ。
新城市、設楽町、東栄町、豊根村を含む東三河北部は、山間部が広がり、地域によっては医療機関まで長距離の搬送が必要となる。
愛知県の2025年度DPCデータによると、東三河北部に住む集計対象患者のうち、同じ医療圏内で治療を受けた割合は37.3%で、東三河南部の医療機関で受療した割合は52.6%だった。
これは急性期入院医療を中心とする対象患者の受療状況であり、救急搬送患者の52.6%が南部に運ばれたという意味ではない。
それでも、専門的な医療を豊橋や豊川など南部の病院が支えている構造は確認できる。
関連記事: 奥三河の圏域内受療率37.3% 患者の52.6%が東三河南部へ
但馬のように、救急車の搬送途中で医師が合流する方式は、こうした地域でも検討する価値がある。
ただし、山間部の道路事情や病院との距離によっては、ドクターカーの到着に時間を要する可能性もある。渥美半島と奥三河でも、必要な搬送対策は異なる。
そのため、東三河全域で同一の方式を採用するのではなく、救急患者の発生場所や搬送時間を分析し、医師の派遣が効果的な地域を見極める必要がある。
東三河が見習うべき第一歩 消防と病院の運用を共通化する
但馬の取り組みで最初に参考とすべきなのは、救急車とドクターカーの合流地点を事前に定め、消防と病院が共通の手順で運用していることだ。
東三河でも、ドクターヘリが出動できない場合に、どの病院が医師を派遣できるのかを地域全体で確認する必要がある。
まず、愛知県、東三河の消防本部、救命救急センターなどが、既存の医師派遣の実績と運用基準を共有することが考えられる。
そのうえで、道路網や医療機関の位置、救急患者の発生状況を踏まえて合流地点を選定する。但馬の163か所という数字をそのまま目標にする必要はない。東三河に適した地点を、地域ごとの実情に応じて整えることが重要になる。
また、医師の派遣を判断するには、消防指令側と病院側が迅速に情報を共有できなければならない。
新たに仕組みを設ける前に、既存のヘリ不応需時の連絡手順や、消防と医療機関の連携がどこまで整っているかを確認することが出発点となる。
24時間化は段階的に 院内の救急医療を弱めないことが条件
但馬の24時間ドクターカーは、東三河が運用拡充を検討する際の有力な参考事例だ。
しかし、医師を病院から現場へ派遣するには、その間の院内診療を支える人員が必要になる。医師や看護師を十分に確保できなければ、院外の医療を強化する一方で、病院内の受入能力に影響する可能性がある。
東三河では豊橋市民病院が集中治療室の改修を進め、豊川市民病院は多くの救急患者を受け入れている。蒲郡市民病院や新城市民病院にも、それぞれ地域で担う役割がある。
関連記事: 豊橋市民病院ICUが改修で閉鎖 重症患者の受入体制と8床化を検証
まず必要なのは、夜間や休日に医師の現場派遣が必要と考えられる事案が、どの地域で何件発生しているかを把握することだ。
その結果を踏まえ、必要性の高い時間帯や地域で試行運用を行い、医師が患者に接触するまでの時間や、院内診療への影響を検証する方法が考えられる。
運用費用についても、車両の購入費だけではなく、医師、看護師、運転員の人件費、医療機器の維持管理、消防指令との連携費用を含めた検討が必要となる。
24時間化は目指すべき選択肢の一つだが、それ自体を目的にするべきではない。必要な患者へ適切な医療を届けるという効果が確認されて初めて、継続的な拡充の根拠となる。
救急医療の成果は、車両の数ではなく治療開始までの時間で測る
今回の連載では、ドクターヘリ機長の高齢化、愛知県の2機体制、豊橋市民病院のICU改修、豊川市の救急搬送、蒲郡市民病院の救急受入実績を検証してきた。
それぞれの問題は異なるが、救急医療を支える仕組みが一つだけでは成り立たないという点では共通している。
ヘリコプターには操縦士や整備士が必要で、病院には医師、看護師、医療機器、病床が必要になる。救急車が現場に到着しても、患者の状態に対応できる病院が確保できなければ、その先の診療につながらない。
但馬が長年整えてきたのは、航空医療と地上からの医療派遣を組み合わせ、患者へ医師を届ける選択肢を増やす仕組みだった。
東三河にも、既にドクターヘリ、ドクターカー、救命救急センター、消防の救急搬送体制がある。求められるのは、必ずしも新しい車両を大量に配備することではない。
地域と時間帯を越えて医療資源をどう連携させ、ヘリが飛べない場合にも医師が患者へ向かえる仕組みをどこまで整えられるか。
その効果は、ドクターカーの出動件数だけでなく、119番通報から医師が患者に接触するまでの時間、必要な治療が始まるまでの時間、搬送先の決定に要した時間などによって検証する必要がある。
もちろん、医師の接触時間が短くなったことだけで、救命率が改善したと判断することはできない。患者の重症度や疾患、治療後の経過も含めた評価が必要だ。
但馬から学ぶべき最大の教訓は、ドクターヘリが飛べない場合を例外として扱わず、その場合にも医療を届けられるよう平常時から備えていることだ。
それは、地理的な制約を抱える東三河でも、具体的な検討に値する取り組みである。
編集部まとめ
兵庫県但馬地域では、2017年からドクターカーを24時間運行し、消防の救急車との合流地点を整えている。2025年度にはドクターヘリの整備士不足による51日間の運休が発生し、運休期間中の対応236件のうち161件でドクターカーが使用された。
一方、東三河では愛知県のドクターヘリ2機がともに対応できない事案が発生しており、地域によって医師の現場派遣体制にも違いがある。
但馬の取り組みを参考にするなら、まず消防と医療機関の連絡・出動基準を確認し、救急車との合流地点やヘリ不応需時の切替手順を整理することが考えられる。そのうえで、夜間・休日の需要や人員配置を踏まえ、運用の拡充を段階的に検討する必要がある。
医師を現場へ派遣することと、患者を受け入れる病院の機能を維持することは、どちらも欠かせない。
救急医療の体制は、機体や車両の数だけで評価するものではない。患者が必要な治療を必要な時間内に受けられるかどうか。その実績を基に改善を重ねることが、東三河の救急医療を将来にわたって支えることにつながる。
特記事項
本記事は、公立豊岡病院組合のドクターカー運行案内、但馬救命救急センターの2025年度診療実績、兵庫県が2026年6月1日に公表したドクターヘリ運航資料、厚生労働省の同年8月19日の検討会資料、兵庫県の9月17日の県議会説明、愛知県のドクターヘリ運航検証資料、豊川市消防本部の2025年救急救助年報を基に構成した。
但馬のドクターカー関与患者1,121人、ドクターヘリ来院患者760人は公立豊岡病院の2025年度統計である。ヘリ運休51日と運休期間中のドクターカー対応161件は兵庫県の同年度資料によるもので、患者数、出動件数、対応件数は区別している。
東三河への改善提案は公表資料に基づく編集部の検証・考察であり、愛知県、消防本部、医療機関による導入決定ではない。両地域の患者の転帰や医師接触時間を同じ条件で比較した資料は確認できておらず、具体的な救命効果を推計したものではない。
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