2026年6月、日本ではデジタルな形態を含む教科書を、検定や採択、義務教育での無償給与の対象に位置づける改正法が成立した。
文部科学省は、紙の教科書を一律に廃止する制度ではなく、動画や音声などデジタルの特性を取り入れ、子どもの学びを分かりやすくするための改正だと説明している。
その方向性自体は、直ちに否定されるものではない。
しかし、日本より早く学校のデジタル化を進めたノルウェーでは、現在、端末利用の削減や紙教材の再評価に向けた政策転換が進んでいる。
日本がデジタル教科書の制度化を進める今、ノルウェーの経験は「先進事例」というより、導入後に何が起き得るのかを示す警告として見る必要がある。
「私たちは何かを間違えている」
ノルウェーのカーリ・ネッサ・ノルトゥン教育相は2026年1月22日、英国ロンドンで開かれた世界最大級の教育技術展示会「BETT 2026」で演説した。
ノルトゥン氏は、教育現場から携帯電話を排除し、児童生徒用端末へのフィルター導入を求め、特に年齢の低い子どものスクリーン利用を減らしていると説明した。
教育相はデジタル技術そのものに反対しているわけではない。
問題視しているのは、教育効果や子どもの発達を十分に検証しないまま、端末導入そのものが目的化することだ。
ノルウェーでは2016年、自分専用のデジタル端末を学校で使用している小学5年生は13%だった。ところが2021年には87%に達した。
わずか5年間で、学校端末がほぼ標準装備となった計算になる。
その一方で、読書量や読解力、学習意欲、学校生活への満足度が低下したと教育相は指摘する。
「数字が合わない。私たちは何かを間違えている」
演説で示されたのは、デジタル化を全面否定する姿勢ではない。十分な検証をしないまま導入を急いだ教育政策への率直な反省だった。
PISAで3分野すべて低下
実際、OECDが実施したPISA2022で、ノルウェーの15歳の成績は数学、読解力、科学の3分野すべてで2018年を下回った。
数学は過去のPISA調査で最も低い水準となり、読解力と科学も過去最低に近い結果だった。
基礎的な習熟度に達しない生徒の割合も、2012年と比較して数学で9ポイント、読解力で11ポイント、科学で7ポイント増加している。
さらに、ノルウェーの生徒の31%が、数学の授業中にデジタル機器によって気が散ると回答した。OECD平均の30%をわずかに上回る。
他の生徒による端末利用で集中を妨げられるとした割合は25%で、OECD平均と同水準だった。
ただし、ここで注意すべき点がある。
PISAの成績低下を、学校端末だけの結果だと断定することはできない。
新型コロナウイルス流行期の休校、教員不足、家庭環境、読書習慣の変化など、複数の要因が重なっている可能性がある。
ノルウェーでも2022年、学校の指導能力が教員不足によって妨げられていると回答した学校に通う生徒が35%に達していた。
重要なのは、デジタル端末の導入と学力低下が単純な因果関係にあると決めつけることではない。
端末を大規模導入しても、それだけでは学力やデジタル能力の向上を保証しなかったという事実である。
低学年ではデジタルを「特に慎重に」
ノルウェー政府は現在、学校教育におけるデジタル利用の再設計を進めている。
ノルトゥン教育相は、小学校1年生から4年生までについて、デジタル機器を「特に慎重に」使用し、学校生活の中心に置かない方針をカリキュラムで明確にする考えを示した。
6歳や7歳の子どもに必要なのは、友人と遊ぶこと、社会性を身につけること、教員との信頼関係を築くこと、そして読み書きや計算の基礎を習得することだと説明している。
生成AIについても同様に慎重な姿勢を取る。
教育相は、学校でAIをどのように使用するかは教員が決めるべきであり、学校側が停止できないAI機能を備えた製品は、教室に置かれるべきではないと述べた。
これは「デジタルを捨てる」という政策ではない。
年齢、学習目的、利用時間、個人情報保護、教育効果を確認したうえで、必要な場面に限定して使う方向への転換である。
日本の改正法は「全面デジタル化」ではない
日本では2026年6月10日、学校教育法などの改正法が参議院本会議で可決、成立した。
これまで正式な教科書として扱われてきたのは、原則として紙の教科書だった。
改正後は、動画や音声、段階的な表示などを含むデジタルな形態の教材も、教科書として検定、採択、使用義務、義務教育での無償給与の対象となる。
現在、教科書に掲載された二次元コードから閲覧する動画や資料は、原則として教科書検定の直接の対象ではない。新制度ではデジタル部分も教科書の内容として検定し、質を担保する方針だ。
文部科学省は、紙の教科書をすべてデジタルへ置き換える考えではなく、紙中心の学習環境を基本としながら、デジタルが効果的な場面で活用するとしている。
したがって、日本が直ちにノルウェーと同じ政策を進めていると表現するのは正確ではない。
制度の説明と現場の運用は別問題
問題は、法律の理念ではなく、学校現場でどのように運用されるかだ。
制度上は紙とデジタルの併用であっても、自治体の予算、教材費、端末整備、教員配置の事情によって、デジタル利用が事実上の標準となる可能性はある。
「便利だから」「一括配信できるから」「教材管理がしやすいから」という運用上の理由が、子どもにとっての教育効果より優先されれば、デジタル化は再び目的化する。
授業中に端末の不具合が発生すれば、教員が対応を求められる。アカウント管理、ソフトウエア更新、通信障害、フィルタリング、個人情報保護といった新たな業務も生じる。
デジタル教材を導入すれば、直ちに教員の負担が軽くなるとは限らない。
また、同じ画面を長時間見続ける授業が増えれば、集中力、睡眠、視力、身体活動への影響も継続的に検証する必要がある。
重要なのは、端末の導入台数ではない。
子どもが何を理解し、どのように考え、授業後に何を身につけたかである。
紙と鉛筆には「不便だからこその価値」がある
紙の教科書やノートには、検索、動画再生、音声読み上げといった機能はない。
しかし、ページ全体の位置関係を把握し、自分で重要な箇所を選び、書き込みながら情報を整理できる。
鉛筆で文字を書く行為も、単なる情報記録ではない。考える速度を調整し、内容を自分の言葉に変換しながら記憶する学習過程の一部だ。
一方、デジタル教材は、外国語の発音、映像による実験観察、文字の拡大、読み上げなど、紙では実現しにくい学びを可能にする。
両者は競合する教材ではなく、本来は目的によって使い分けるべき道具である。
「デジタルか紙か」という二者択一では、教育の本質を見失う。
問われているのは、どの年齢で、どの教科に、どの程度の時間、どの機能を使用することが学習に有効なのかという具体的な設計だ。
日本が今決めるべき3つの原則
ノルウェーの経験を踏まえれば、日本が新制度の指針や検定基準を策定する際、少なくとも3つの原則を明確にする必要がある。
第一に、小学校低学年では紙を基本とし、デジタル利用の目的と時間を限定すること。
第二に、端末の使用時間、学力、集中度、睡眠、視力、欠席状況などを継続的に調査し、導入効果を検証すること。
第三に、教材を選択する権限を現場の教員に残し、自治体や事業者の都合だけで一律運用しないことである。
デジタル技術の進化は速い。
しかし、子どもが文字を覚え、人と関わり、集中力を身につけ、自分で考えられるようになる過程まで、技術と同じ速度で変化するわけではない。
ノルウェー教育相が発した警告は、日本だけを名指ししたものではない。
それでも、デジタル教科書の制度化に踏み出した日本が、今最も真剣に受け止めるべき言葉の一つである。
技術を導入した国が先進国なのではない。
導入後の結果を検証し、誤りがあれば修正できる国こそ、教育における先進国と呼ばれるべきだ。
編集部まとめ
日本の改正法は、紙の教科書を廃止して全面的にデジタルへ移行する制度ではない。一方で、学校現場での運用次第では、端末利用の長時間化や教員負担の増加につながる可能性がある。
ノルウェーが示したのは、教育のデジタル化そのものの失敗ではなく、導入速度に対して検証と規制が追いつかなかったことへの反省だ。
日本には、海外の成功事例だけでなく、政策を修正するに至った経緯まで分析し、紙とデジタルの役割を年齢や学習目的ごとに定めることが求められる。
週刊TAKAPI編集部/成田
特記事項:本記事は、ノルウェー政府、OECDおよび文部科学省が公表した資料を基に構成しています。デジタル教材と学力、心身への影響には複数の要因が関係するため、単純な因果関係を断定するものではありません。日本の新たな教科書制度については、今後策定される大臣指針や検定基準により運用内容が具体化される予定です。
記事要点
日本では2026年6月、デジタルな形態を含む教材を正式な教科書として扱える改正法が成立した。
ノルウェーでは学校端末の普及後、学力や読書量、集中力などへの懸念が強まり、低学年のスクリーン利用を減らす政策転換が進んでいる。
ただし、ノルウェーの学力低下をデジタル端末だけの影響と断定することはできない。
日本に必要なのは全面的なデジタル化か紙への回帰かという二者択一ではなく、年齢、教科、目的、利用時間に応じた明確な運用基準である。
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