評論家、編集者、タレントとして幅広く活躍した山田五郎さんが7月14日夕方、原発不明がんのため死去した。67歳だった。
公式YouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」が22日に公表した。葬儀は19日、親族や友人、仕事関係者らに見守られながら執り行われたという。
雑誌編集者からテレビの人気者へ
山田さんは1958年12月5日生まれ、東京都出身。本名は武田正彦さん。
上智大学を卒業後、講談社へ入社し、「ホットドッグ・プレス」など複数の雑誌編集に携わった。編集者として培った知識と観察力を生かし、テレビやラジオ、出版の世界でも活動を広げた。
美術、時計、ファッション、街、文化など、その守備範囲は極めて広かった。
難しいテーマを身近な言葉に置き換える解説力と、時に辛辣さを交えた軽妙な語り口で、多くの視聴者から親しまれた。
『アド街ック天国』に28年以上出演
テレビ東京系『出没!アド街ック天国』には、1998年から28年以上にわたって出演した。
街の歴史や文化、知られざる名所を独自の視点で紹介し、「街に詳しい男」として番組に欠かせない存在となった。
テレビ東京によると、最後の収録は7月8日。山田さんが亡くなる6日前だった。
同番組は公式SNSで、「最後にスタジオで言った言葉を、私たちは忘れることはないと思います」と追悼。長年にわたり番組を支えた山田さんへ感謝を伝えた。
ステージ4Bの原発不明がんを公表
山田さんは2024年、自身がステージ4Bの原発不明がんであることを公表した。
原発不明がんは、転移したがんが確認されても、最初に発生した臓器を特定できない病気を指す。
公表後も治療を受けながら、テレビ出演や執筆、YouTube配信を継続。病状について率直に語りながら、可能な限り仕事を続ける姿勢を示していた。
晩年も活動を止めず、死去の4日前には最新刊を発表していたという。
YouTubeで届け続けた「オトナの教養」
YouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」では、西洋美術をはじめ、ファッション、時計、街、グルメなど多彩なテーマを解説した。
専門知識を並べるだけではなく、作品が生まれた時代背景や作家の人間性まで掘り下げる動画は、若い世代から学び直しを求める大人まで、幅広い支持を集めた。
がん公表後も配信を続け、闘病生活についても隠さず発信した。その姿は、病気を抱えながら生活する多くの人にも影響を与えた。
関係者やファンから追悼の声
山田さんの訃報を受け、テレビや出版など各分野の関係者、長年番組を見続けてきたファンから追悼の声が相次いだ。
「教養とユーモアのバランスが絶妙だった」
「難しい美術の話を身近に感じさせてくれた」
「最後まで仕事を続けた姿に敬意を表したい」
幅広い知識を堅苦しく見せず、誰もが楽しめる言葉で伝えてきた山田さん。その語り口を惜しむ声が広がっている。
葬儀・告別式は近親者らを中心に執り行われた。お別れの会などについては、詳細が決まり次第発表される予定という。
編集部まとめ
雑誌編集、テレビ、ラジオ、書籍、そしてYouTube。
山田五郎さんは、媒体が変わっても、自らの知識を一方的に誇示することなく、視聴者や読者が「もっと知りたい」と思える入り口を作り続けた。
膨大な知識とユーモア、独自の視点で、街や文化、美術の魅力を伝え続けた67年だった。
亡くなる6日前まで収録に臨み、最後まで仕事と向き合った山田さん。その言葉と解説は、出演番組や書籍、映像の中でこれからも残り続ける。
山田五郎さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
週刊TAKAPI編集部/松本
特記事項
山田五郎さんの死去は、公式YouTubeチャンネルを通じて公表されました。本稿は所属事務所の発表、テレビ局の追悼コメント、各社報道を基に構成しています。山田さんの生年は1958年12月5日とされています。
知識を「もっと知りたい」に変え続けた67年
山田五郎さんは、雑誌編集、テレビ、ラジオ、書籍、YouTubeと媒体を変えながら、美術や街、文化の魅力を親しみやすい言葉で伝え続けました。『出没!アド街ック天国』には28年以上出演し、亡くなる6日前まで収録に参加。原発不明がんの公表後も活動を続け、専門知識とユーモアを両立させた独自の解説は、世代を超えて支持されました。
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