愛知県精神保健福祉センターで、精神障害者保健福祉手帳や自立支援医療(精神通院)受給者証をめぐる問題が相次いでいる。
2026年9月17日、愛知県は、個人情報を含む申請書類計233件を紛失し、さらに精神障害者保健福祉手帳を誤った等級で交付した事例が4件あったと発表した。紛失した書類には、氏名や住所だけではなく、個人番号(マイナンバー)、病名、病歴、病状、治療内容などが記載されていた。対象となった申請者は重複を除いて172人に上る。
しかし、週刊TAKAPIが県の過去の公表資料と今回の発表を時系列で検証すると、問題は今回初めて起きたものではない。
同じセンターでは今年2月、職員1人による1034件もの不適切な事務処理が公表されていた。
しかも県の資料には、センターが2025年1月の時点ですでに不適切な事務処理を把握していたにもかかわらず、「適切な対応が取られていませんでした」と明記されている。
なぜ止められなかったのか。
そして、再発防止が進められる中で、なぜ新たに文書紛失や等級誤交付が明らかになったのか。
二つの県公表資料を突き合わせると、単発の事務ミスだけでは説明できない、センターの内部管理をめぐる課題が浮かび上がる。
233件の書類が消えた
今回紛失が確認されたのは、精神障害者保健福祉手帳の申請書類79件と、自立支援医療受給者証の申請書類154件。
合計233件で、申請者の実人数は172人だった。
発覚は2025年11月。職員が書庫に保管されていた2023年度の簿冊を確認した際、手帳の申請書類34件、受給者証の申請書類65件がファイルに綴られていないことに気づいた。
県は2025年12月から2026年8月まで、職員への聞き取りやセンター内の捜索を実施したが見つからなかった。
さらに調査すると、2023~2025年度の簿冊から手帳45件、受給者証89件が新たに見つからないことが判明。最終的に233件を紛失と判断した。
県は原因を特定できていないものの、適切な文書管理が行われず、誤廃棄などによって紛失した可能性があるとしている。
病名、病歴、治療方針、マイナンバーまで
失われたのは単なる申請用紙ではない。
手帳の申請書類には氏名、生年月日、住所、電話番号、個人番号のほか、診断書に記載された病名、初診年月日、病歴、病状、検査所見、生活能力の状態などが含まれていた。
自立支援医療では、健康保険や所得区分、受診先医療機関、病名、病歴、現在の治療内容、今後の治療方針なども対象となっている。
18歳未満の場合には、保護者の個人番号が含まれていたケースもある。
県によると、現時点で個人情報の外部流出は確認されていない。
行政の支援を受けるため、本人や家族が行政を信頼して提出した情報である。
その所在が分からなくなった意味は重い。
7か月前には「1034件」
ここから時計を7か月戻す。
2026年2月10日、愛知県は同じ精神保健福祉センターについて、別の重大な問題を公表している。
発端となったのは、センターから豊川保健所へ異動していた27歳の男性職員Aだった。
2025年9月、職員Aが豊川保健所で、決裁を経ず公印を使用して「小児慢性特定疾患受給者証」を交付していたことが判明した。
県が職員Aの前所属だった精神保健福祉センターまで調査を広げると、さらに問題が見つかった。
県は2023、2024年度に職員Aが在籍していた期間の手帳などに関する事務15万1594件を調査。
その結果、計1034件の不適切な事務処理を確認した。
「決裁なし」だけではなかった
1034件の中身を見ると、問題の深刻さが分かる。
精神障害者保健福祉手帳や自立支援医療の診断書を審査する「手帳等検討委員会」は、精神科医10人で構成される。
手帳の等級や、自立支援医療の承認・不承認を判定する重要な仕組みだ。
ところが県の調査では、職員Aによる処理の中に、決裁を経ず手帳などを交付したものだけではなく、検討委員会の審査結果を申請者に有利な等級へ改ざんしたものや、審査を受けていないにもかかわらず決裁文に虚偽の審査結果を記載したものが確認された。
県資料によれば、不適切処理は手帳253件、自立支援医療受給者証781件。
単なる押印漏れや書類上の形式的な不備とは性質が異なる。
本来、医師による審査や組織内部の決裁を経て決定される行政判断そのものに関わる問題だった。
そして最大の疑問――2025年1月には分かっていた
一連の経緯で特に検証が必要なのが、センターが問題を認識した時期だ。
県の公式発表には、明確な記載がある。
職員Aによる不適切な事務処理について、精神保健福祉センターでは2025年1月の時点ですでに確認していた。
それにもかかわらず、
「適切な対応が取られていませんでした」
と県自身が認めている。
職員Aはその後、豊川保健所へ異動。
2025年4月から9月上旬までの間に、豊川保健所でも決裁を経ない受給者証交付が1件発生した。
豊川保健所から本庁への報告は9月中旬。その後、本庁が前所属のセンターについて確認し、10月になって、センターが1月時点ですでに問題を把握していたことが報告された。
つまり問われるのは、「職員Aがなぜ不適切処理をしたのか」だけではない。
センターは1月に何を把握し、その後どのような判断をしたのか。なぜその段階で十分な調査・是正につながらなかったのか。
ここは行政組織として検証されるべき核心部分だ。
一人で「全部できる」状態だった
県が公表した再発防止策からは、当時の内部管理の問題も見えてくる。
手帳などには、事前に公印を刷り込んだ用紙が使われていた。
ところが当時は、その用紙の使用承認に際して保管担当者が関係書類を確認しておらず、県の説明では、職員が自由に手帳などを印刷できる状況だった。
在庫管理も適切ではなく、職員Aによる用紙の使用を把握できなかった。
さらに、本来は審査、システム入力、手帳作成などを工程ごとに異なる職員が担うことになっていたにもかかわらず、問題となった処理では全工程を職員A一人が行っていたという。
制度としてチェック工程が存在していても、実際の運用で機能しなければ意味をなさない。
県は現在、公印刷込用紙について決裁書類と使用枚数を照合し、朝夕に複数職員で在庫を確認するなどの対策を取っている。
それでも2026年に「等級誤交付」
そして9月17日の発表では、書類紛失とは別に、4人に誤った等級の手帳を交付していたことも明らかになった。
2024年には春日井市の1人について、本来2級だったにもかかわらず3級を交付。
2026年6月には一宮市の2人について、障害年金の等級を確認する際、同姓だったことから取り違え、本来2級の人に3級、本来3級の人に2級を交付した。
さらに2026年7月には、一宮市の別の1人について、本来2級のところ1級として交付した。
ここで注目すべきなのは、発見の経緯だ。
2024年の誤りは、更新時に春日井市から「今回、等級が変更されたのか」と問い合わせがあったことで発覚した。
2026年6月のケースでは、当事者本人が「更新前から等級が下がった理由」を問い合わせた。
7月のケースでは、入居するグループホームが「障害年金は2級なのに手帳が1級なのは誤りではないか」と問い合わせたことで判明した。
つまり4件はいずれも、通常の内部チェックだけで発見されたわけではない。
1034件、233件、4件――同列にはできない
ここは慎重に区別する必要がある。
1034件の不適切処理は職員Aによる審査結果の改ざんなどを含む問題。
233件は申請書類の文書管理をめぐる問題。
4件は等級の転記や取り違えなどによる誤交付だ。
原因が同じだと断定できる材料は、現時点ではない。
一方で、いずれも同じ精神保健福祉センターにおける手帳・自立支援医療などの事務をめぐって発生・判明した問題である。
だからこそ、個別の職員や個別のミスだけを見るのではなく、組織としてどのようなチェック体制を構築し、それが実際に機能していたのかを検証する必要がある。
「再発防止」の実効性をどう確認するのか
県は今回の233件紛失を受け、完結した文書を速やかにファイルへ綴ること、保存状況を定期的に点検すること、過去の書類を閲覧する際には簿冊から外さないことなどを再発防止策としている。
等級誤交付についても、システムと診断書の判定結果、あるいは日本年金機構へのオンライン照会結果を再度突き合わせるとしている。
対策自体は示された。
だが、今回の一連の経緯から問われるのは、ルールを作ったかどうかだけではない。
そのルールが現場で守られていることを、誰が、どのように確認するのか。
2025年1月に問題を把握しながら適切な対応が取られなかった経緯について、管理職を含めてどこまで検証されたのか。
233件の書類紛失と過去の1034件の不適切処理との間に、文書管理や人員配置、チェック体制など組織上の共通要因はなかったのか。
再発防止策導入後に発生した2026年の等級誤交付について、県は従来の再発防止策をどう評価しているのか。
公表資料だけでは、まだ見えない部分が残っている。
編集部まとめ
精神障害者保健福祉手帳は、単なる身分証ではない。
県によると、税制上の控除や鉄道運賃の減額などにつながり、市町村によっては医療費の自己負担軽減にも関係する。
自立支援医療受給者証は、精神疾患のため継続的な通院治療を必要とする人の医療費負担を軽減する制度だ。
行政の側から見れば、一連の問題は「事務処理」「文書管理」「転記」の問題かもしれない。
しかし申請者側から見れば違う。
自分の病名や病歴を行政へ伝え、診断書を提出し、必要な支援を申請する。その結果として決められる等級や受給資格が、生活や治療を支えている。
だからこそ問われているのは、233枚の書類をどこへやったのか、1034件を誰が処理したのか、という個別の問題だけではない。
支援を求めて行政に情報と判断を委ねた人に対し、その行政システムは本当に信頼に応えられる状態だったのか。
愛知県精神保健福祉センターで何が起きていたのか。
週刊TAKAPIは今後、2025年1月に問題を把握した後の対応、当時の管理・監督体制、233件の紛失との関係性、再発防止策の実効性について、県への取材を通じてさらに検証する。
取材・文:週刊TAKAPI編集部
※本稿は2026年2月10日、9月17日に愛知県が公表した資料を突き合わせ、時系列や内部管理上の論点を週刊TAKAPIが検証したものです。1034件の不適切処理、233件の書類紛失、4件の等級誤交付について、原因が共通すると県が認定したものではありません。
愛知県「職員による精神障害者保健福祉手帳等交付事務の不適切な事務処理について」
愛知県「精神障害者保健福祉手帳申請書類等の紛失及び誤った等級による手帳の交付について」
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