1997年6月13日、三重県で当時17歳だった高校3年生・北山結子さんの行方が分からなくなった。
結子さんは、県立松阪工業高校の3年生。明るく活発な性格で、部活動やアルバイトにも励む、家族にとってごく普通の高校生活を送っていた。
その日、結子さんは自宅近くの学習塾でのアルバイトを終えたあと、母親に「友人の家に行く」と伝えたとされる。その後、自転車で出かけたまま、消息が分からなくなった。
当時の結子さんは身長150センチほどで、中肉。おかっぱ頭で、白色の半袖ブラウス、黒色ベスト、黒色のひだ入りスカート、白色ソックス、黒色の布製靴を身につけていたとされる。
家族はすぐに捜索を求めたが、有力な手がかりは限られていた。1997年当時は、現在ほど携帯電話や防犯カメラが普及していない時代だった。位置情報、SNSの履歴、街中の映像記録も今ほど残らない。ひとつの目撃情報が、今よりはるかに大きな意味を持つ時代だった。
松阪駅前でチラシ配布 「どんな些細な情報でも」
三重県警は現在も捜査を続けている。これまでに多くの警察官が投入され、情報提供も寄せられてきたが、結子さんの発見には至っていない。
行方不明となった日から節目を迎えた6月13日、警察官らはJR松阪駅前でチラシを配り、改めて情報提供を呼びかけた。
松阪署は、「どんな些細な情報でも構わない」として、当時の記憶や気になる話を持つ人に連絡を求めている。
情報提供先は、三重県松阪警察署。
電話番号は0598-53-0110。
「いつもの一日」が最後の記憶になった
この事件が胸に残るのは、結子さんが特別な場所へ向かったわけではなかったからだ。
塾のアルバイトを終える。
家族に行き先を伝える。
友人の家へ向かう。
それは、17歳の高校生にとって、ごく自然な日常の一部だったはずだ。
しかし、その日を境に、結子さんの時間は止まった。家族にとっては、誕生日も、卒業式も、成人式も、「もし帰ってきていたら」と考え続ける年月になった。
事件は年月とともに報じられる機会が減っていく。だが、家族にとっては過去の出来事ではない。今も、帰りを待つ現在進行形の問題だ。
今だから思い出せる記憶があるかもしれない
長い時間が過ぎた事件では、当時は重要だと思わなかった記憶が、あとから意味を持つことがある。
当時、明和町周辺で不審な人物や車を見た。
結子さんと接点のあった人物を覚えている。
人づてに気になる話を聞いた。
当時は言えなかったことがある。
確証がなくても、情報は捜査の手がかりになる可能性がある。小さな記憶が、止まったままの家族の時間を動かすこともある。
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編集部まとめ
北山結子さんは、1997年6月13日、学習塾でのアルバイトを終えたあと、「友人の家に行く」と伝え、自転車で出かけたまま行方が分からなくなった。
当時17歳。松阪工業高校の3年生だった。
携帯電話や防犯カメラが今ほど普及していなかった時代、手がかりは限られていた。だからこそ、今になって思い出される小さな記憶にも意味がある。
「関係ないかもしれない」
「昔のことだから曖昧だ」
そう思う情報でも、結子さんを家族の元へ帰す一歩になる可能性がある。
あの日、三重県明和町周辺で何を見たのか。
誰と会ったのか。
どんな車があったのか。
記憶の中に残る小さな違和感が、今も求められている。
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