老朽化した救急車を更新したい。しかし、病院の財政状況が厳しく、更新の優先順位を上げることが難しい。福岡県北九州市の公的病院が2025年、クラウドファンディングによる寄付募集を始めた背景には、こうした事情があった。
全国の医療機関で、救急車や医療機器の購入、施設の改修に寄付を活用する動きが広がっている。
クラウドファンディング事業者のREADYFORが2026年10月6日に公表した資料によると、2025年に同社のサービスで公開された医療機関のプロジェクトは60件となり、成立した案件への支援総額は約11億4,000万円に達した。
資金使途で最も多かったのは救急車やドクターカーの購入・更新で、19件を占めた。自治体が設置する病院や地方独立行政法人など、公的な医療機関による利用も増えている。
寄付によって新しい設備を整える病院がある一方、必要な設備投資を従来の財源だけで賄う難しさも浮かび上がる。
年間60件、支援額は3年連続で過去最高に
READYFORによると、医療機関のクラウドファンディングは新型コロナウイルスの感染拡大以降に利用が増え、年間公開件数は2023年の49件から2024年に51件、2025年には60件となった。
成立した案件への支援総額も、2023年の約6億5,600万円から2024年には約9億2,500万円、2025年は約11億4,000万円に増加した。2026年9月までの累計公開件数は300件を超え、累計支援額は45億円を上回っている。
使い道にも変化がある。2025年は救急車両の購入・更新が19件で最多となり、前年の10件から大きく増えた。一方、病院の運営費を目的とした募集は2件だった。
病院の日常的な経営を寄付で支えるというより、救急車両や医療機器など、必要性と使途を具体的に示せる設備投資に活用する傾向が強まっている。
公的病院の利用も増加した。自治体が設置する公立病院や地方独立行政法人の案件は2024年の6件から2025年には9件となり、国立病院機構などを含む公的病院全体では8件から17件に増えている。
ただし、これらはREADYFORを利用した医療機関の集計であり、国内すべての病院の寄付募集を網羅した統計ではない。
新生児救急車の更新に6,209万円 浜松で集まった寄付
静岡県浜松市の聖隷浜松病院は2025年、老朽化した新生児専用救急車の更新に向けて寄付を募った。
新生児専用救急車は、集中治療を必要とする赤ちゃんを病院間で搬送するための特殊な車両だ。保育器や人工呼吸器などを搭載し、搬送中も必要な治療を続けられることから、「走るNICU」とも呼ばれる。
車両の更新には多額の費用がかかる。病院が公表した資料によると、更新に必要な費用は約7,000万円に上り、既存の車両は老朽化が進んでいた。
2025年9月から11月までの募集には、直接寄付を含めて1,656人から6,209万7,284円が寄せられた。第一目標の1,500万円を大幅に上回る金額だった。
病院がREADYFORの取材に説明した内容では、支援者の約4割は、それまで病院と直接的な接点がなかった人たちだったという。病院が抱える設備更新の問題が、従来の患者や家族以外にも伝わったことになる。
もっとも、資金が集まっても、直ちに新しい車両で搬送を始められるわけではない。
病院は2026年6月、医師や看護師、臨床工学技士らが、車内に搭載する医療機器や配置について検討を進めていると報告した。10月21日には納車時期が決まったことも公表している。
必要な資金を調達できたことと、患者の搬送に使用できる体制が整ったことは別の段階にある。寄付の成果を考えるうえでは、車両がいつ運用を開始し、地域の新生児医療にどう役立っているかまで確認する必要がある。
財政難で救急車を更新できず 北九州の公的病院
福岡県の北九州市立八幡病院も、病院救急車の更新にクラウドファンディングを利用した。
同院は2025年10月の募集開始に当たり、15年にわたり使用してきた病院救急車について、老朽化によって更新が必要になっていたと説明した。
その一方、病院は財務状況が厳しく、更新の優先順位を上げることが難しかったことも明らかにしている。
この説明は、公的病院が寄付募集に踏み切った事情を考えるうえで重要だ。
救急医療を提供するために必要な車両でも、限られた予算の中では他の設備や診療機能への投資との調整が求められる。更新の必要性が認識されていても、すぐに購入できるとは限らないのである。
同院は当初2,000万円を目標に寄付を募り、約1カ月で達成した。その後も支援が続き、最終的な寄付総額は4,750万4,227円となった。
病院救急車の購入に加え、搭載する医療機器の充実にも資金を充てる計画だ。
地域住民からの寄付が、設備更新を進める新たな選択肢となった一方、病院が当初抱えていた財政上の問題そのものが解消されたわけではない。
一般病院の67.6%が赤字 設備更新に重なる負担
医療機関の経営は、全国的に厳しい状況が続いている。
厚生労働省の医療経済実態調査では、2024年度の一般病院の損益率が平均マイナス7.3%となり、赤字施設の割合は67.6%に上った。
医薬品や医療材料、人件費などの上昇は、日々の診療に必要な支出を増やしている。そこに老朽化した設備の更新費用が重なれば、病院は限られた財源の中で投資の優先順位を判断しなければならない。
ただし、経営赤字と設備購入費用は会計上の性質が異なり、赤字を計上した病院がすべて設備更新の資金を確保できないわけではない。
今回の経営統計も一般病院全体の調査結果であり、クラウドファンディングを実施した病院だけを対象とした数字ではない。
寄付募集の増加と病院経営の悪化には関連が考えられるものの、両者の因果関係や影響の大きさを確認するには、各病院の財政状況や資金使途を個別に調べる必要がある。
一方で、病院の知名度や地域との関係、広報に使える人員によっても、寄付の集まり方は異なる可能性がある。
資金を集めやすい病院だけが設備を更新できる状況になっていないか。寄付が十分に集まらなかった医療機関は、必要な設備をどのように確保しているのか。成功事例だけでは見えてこない問題も残る。
東三河でも始まった寄付募集 豊橋市民病院はICU改修へ
愛知県東三河でも、クラウドファンディングを使った設備整備が始まっている。
豊橋市民病院は2026年9月28日、集中治療センター(ICU)の全面改修に向けて初めて寄付募集を開始した。改修費は約4億円で、第一目標は1,000万円。差額は病院予算で補うとしている。
聖隷浜松病院や北九州市立八幡病院が救急車両の更新を目的としたのに対し、豊橋市民病院は重症患者の治療環境を改善するための施設整備が対象となる。
事業費に占める寄付目標額は約2.5%で、病院予算による負担が大部分を占める点も特徴だ。
医療機関が寄付を募る目的は同じではなく、設備の必要性や財源の構成も病院ごとに異なる。
豊橋ではICUの改修後、実際の受け入れ体制がどう変わるのか。浜松や北九州では、更新した救急車両がどのように運用されるのか。
寄付によって整備された設備が、地域の患者にどのような変化をもたらすかを確認することが、今後の検証につながる。
編集部まとめ
医療機関によるクラウドファンディングは、救急車両や医療機器の更新を目的とする事例が増え、公的病院にも広がっている。
老朽化した救急車を更新する資金が確保できず、寄付募集に踏み切った病院もある。一方、寄付を通じて地域住民との新たな関係を築いた医療機関もある。
ただし、どれだけ寄付が集まったかという実績と、地域で必要な医療を継続して提供できるかという課題は、分けて考える必要がある。
救急車両や高度医療機器を整備した後には、維持管理や人員確保の費用も続く。寄付がその一部を支えても、公的な財源や病院自身の経営基盤に代わるものではない。
医療機関が寄付を募る動きが広がるなか、資金の使途だけでなく、整備された設備が実際の診療にどのような成果をもたらしたのかが問われている。
特記事項
本記事はREADYFORが2026年10月6日に公表した医療機関のクラウドファンディング実績、聖隷浜松病院と北九州市立八幡病院の公式発表、厚生労働省の医療経済実態調査を基に構成した。
60件、約11億4,000万円などの数値はREADYFORを通じた案件の集計であり、国内の医療機関すべてを対象とした統計ではない。
週刊TAKAPI 編集部/成田
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