人命を守るために玄関扉を破った救急隊の判断に、自治体の賠償責任が認められた。
2022年2月、横浜市中区のマンションで、新型コロナウイルスに感染し自宅療養中だった居住者と連絡が取れなくなり、親族が119番通報した。駆け付けた横浜市消防局の救急隊は、玄関が施錠され、居住者や管理会社とも連絡が取れなかったため、通報者の了承を得てバールで玄関扉を破壊し、室内に入った。
しかし、居住者は不在だった。
この対応をめぐり、マンションオーナーが横浜市に扉の交換費用など約28万円の損害賠償を求めて提訴。横浜地裁は5月14日、市の違法性を一部認め、約25万円の支払いを命じた。
判決は救急隊の判断に一定の理解
判決では、救急隊の行動について「やむを得ない行為」と一定の理解を示した。
一方で、横浜市が根拠とした消防法について、裁判所は火災などを想定した規定であり、疾病による安否確認のための玄関破壊にはそのまま適用できないと判断した。
つまり、救急隊の行動を全面否定した判決ではない。だが、所有者が無補償で財産被害を受け入れる必要はないとして、市の賠償責任を認めた。
救急現場に残る「次はどうするのか」
今回の判決で最も重いのは、次に同じ場面が起きたとき、救急隊が迷う可能性である。
玄関の奥で人が倒れているかもしれない。
管理会社につながらない。
親族は「入ってほしい」と求めている。
しかし、不在だった場合は損害賠償の問題が残る。
この判断を、現場の救急隊だけに背負わせる制度でよいのか。
消防庁によると、2024年の救急自動車による救急出動件数は771万8,380件で、集計開始以降最多となった。うち急病は519万5,867件に上る。高齢化や一人暮らし世帯の増加を考えれば、安否確認で玄関が開かない場面は今後も起きる。
問題は「命か扉か」ではない
今回の問題は、「命より財産なのか」という単純な話ではない。
建物所有者に落ち度がない以上、扉の損害を一方的に負わせることは難しい。一方で、救急隊が賠償リスクを恐れて進入をためらえば、助かる命に影響する可能性がある。
必要なのは、安否確認のための緊急進入について、国や自治体が明確な基準を作ることだ。
通報内容、現場確認、管理会社への連絡、警察との連携、破壊進入の記録、事後補償の負担先。ここを決めなければ、救急隊は毎回、法的リスクと人命救助の間で判断を迫られる。
編集部まとめ
横浜地裁の判決は、救急隊の行動を単純に否定したものではない。人命救助の必要性を認めながら、財産被害の補償も必要だと判断した。
ただし、この判決が全国の救急現場に与える影響は小さくない。
救急隊が扉の前で数分迷えば、急病者の命に関わる。一方で、所有者の財産権を軽く扱えば、別の不公平が生まれる。
問われているのは、救急隊の勇気ではない。
安否確認の緊急進入を、どの法律で認め、誰が費用を負担し、どの条件で補償するのかという制度である。
横浜市が控訴するのか。消防庁や自治体が安否確認時の緊急進入ルールを見直すのか。
この判決は、救急現場に残された制度の穴を突いた。
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