全国の精神科病院で、患者に対する虐待が2024年度に260件認定されていたことが、厚生労働省の初集計で分かった。被害者は413人に上り、虐待を行った業務従事者は看護師が最多だった。
2024年4月から、精神科病院で虐待を受けたとみられる患者を発見した場合、都道府県や指定都市への通報が義務化された。今回の集計は、その初年度の結果となる。
法改正前の2015〜2019年度に自治体が把握した精神科医療機関での虐待疑い事例は72件だった。今回の数字は、これまで見えにくかった精神科病院内の虐待が、制度変更によって表に出始めたことを示している。
通報・届出は6258件 虐待認定は260件
厚労省発表では、2024年度に都道府県や指定都市へ寄せられた通報・届出は計6258件だった。
内訳は、虐待を受けたと思われる精神障害者を発見した人からの通報・相談が1514件、患者本人からの届出・相談が4744件。報道によって通報・相談件数の表記に一部差はあるが、本記事では厚労省発表の6258件で統一する。
このうち、調査で虐待の事実が認定されたのは260件。認定された虐待に関係する被害者は413人で、男性192人、女性209人、不明・その他12人だった。
患者本人からの届出が全体の4分の3を超えている点は重い。精神科病院は、入院患者が外部へ声を上げにくい場でもある。家族や第三者が気づく前に、患者本人が訴えなければ表に出ない事案が多い可能性がある。
身体的虐待158件、心理的虐待131件
虐待の種別では、身体的虐待が158件で最多だった。心理的虐待は131件、性的虐待は23件、放棄・放置は23件、経済的虐待は4件だった。
身体的虐待には、暴行だけでなく、正当な理由のない身体拘束も含まれる。心理的虐待には、著しい暴言、不当な差別的言動、拒絶的な対応などが含まれる。
精神科病院では、入院患者が治療や生活の多くを病院側に委ねる。閉鎖病棟、隔離、身体拘束などが行われる場面もある。その中で職員側の言動が患者の尊厳を傷つけた場合、患者は逃げ場を失いやすい。
今回の260件は、数字だけで見れば通報・届出全体の一部である。しかし、病院内という閉じた環境で起きた虐待であることを考えれば、認定件数だけで軽く見ることはできない。
看護師202人が最多 現場で患者と接する職種に集中
虐待を行った業務従事者の主な職種では、看護師が202人で最多だった。准看護師58人、看護助手54人、医師14人が続いた。
看護師や看護助手は、病棟内で患者と接する時間が長い。服薬、食事、排泄、入浴、移動、隔離・拘束時の見守りなど、患者の日常に深く関わる。
その分、患者の不安や混乱に向き合う場面も多い。職員側の疲弊、人員不足、教育不足、病院内での慣れが重なれば、不適切な言動が見過ごされる危険がある。
ただし、今回の数字は看護師個人だけの問題として終わらせてはならない。病院管理者の監督、相談体制、研修、勤務体制、第三者の確認が機能していたかも問われる。
自治体の調査と改善計画 命令に従わなかった病院の公表は0件
虐待が認定された事案について、自治体は報告徴収、書類確認、立入検査、患者や関係者への質問などを行っている。
厚労省資料では、報告徴収が258件、診療録や帳簿書類の提出・提示命令が170件、職員や精神保健指定医による検査が172件、入院患者や関係者への質問が220件だった。
改善計画の提出を求めた件数は189件。必要な措置を命じた件数は8件だった。一方、命令に従わなかった病院の公表は0件、入院医療の全部または一部制限を命じた件数も0件だった。
ここには、今後の焦点がある。
虐待を認定しても、改善計画の提出だけで現場が変わるのか。再発を防ぐために、自治体がどこまで継続確認を行うのか。病院側が形式的な研修で済ませず、職員配置や相談窓口、隔離・拘束の判断まで見直すのか。
数字の公表は出発点であり、患者を守る結果につながらなければ意味がない。
長期拘束・隔離も残る問題
精神科医療をめぐっては、虐待だけでなく、長期間の身体拘束や隔離も問題視されてきた。
身体拘束や隔離は、患者本人や周囲の安全を守るために必要と判断される場面がある。一方で、必要性が薄いまま長期化すれば、患者の身体と心に大きな負担を与える。
虐待の定義には、正当な理由のない身体拘束も含まれる。つまり、暴力や暴言だけでなく、治療や管理の名の下で行われる拘束が、患者の人権侵害として問われる場合がある。
精神科病院では、患者が自由に外へ出られない、外部へ相談しにくい、病院側の説明に反論しにくいという事情がある。だからこそ、内部通報だけでなく、第三者の目が必要になる。
「氷山の一角か」 初年度260件が示すもの
共同通信系の報道では、専門家が今回認定された260件について「氷山の一角ではないか」と指摘している。
この見方には理由がある。精神科病院で虐待を受けた患者は、病状、入院環境、病院との力関係から、自分で訴えることが難しい場合がある。家族が面会で異変に気づいても、病院内で何が起きたのかを確認するには限界がある。
また、職員が虐待を見ても、同じ職場内で通報することには心理的な負担がある。通報した職員が不利益を受けない仕組みは定められているが、実際に声を上げやすい職場かどうかは別問題である。
今回の初集計で件数が増えたことは、悪い数字であると同時に、見えなかった事案が見えるようになったという面もある。問題は、ここから先である。
患者の人権を守るために必要なこと
必要なのは、研修の実施だけではない。
患者が外部へ相談できる窓口。
職員が安心して通報できる仕組み。
隔離や拘束の記録確認。
管理者による病棟巡回。
第三者を入れた定期確認。
虐待認定後の再発防止策の実施状況確認。
患者本人と家族への説明。
これらがなければ、虐待は「認定された件数」として処理されるだけで終わる。
精神科病院は、患者の治療と生活を担う場所である。そこにいる患者は、病院側の判断に強く影響を受ける。だからこそ、一般の医療機関以上に、人権を守る仕組みが必要になる。
今回の260件は、精神科医療の現場全体に向けた警告である。患者を守る制度ができても、病棟の中で職員の言葉や行動が変わらなければ、数字はまた積み上がる。
虐待を見つける制度から、虐待を起こさない病院運営へ移れるか。
通報義務化初年度の集計は、その転換点に立っている。
編集部まとめ
厚生労働省の初集計で、2024年度に全国の精神科病院で虐待が260件認定され、被害者は413人に上ったことが分かった。
厚労省発表では、通報・届出は計6258件。虐待を受けたと思われる精神障害者を発見した人からの通報・相談が1514件、患者本人からの届出・相談が4744件だった。虐待の種別では身体的虐待158件、心理的虐待131件が多く、虐待を行った業務従事者は看護師202人が最多だった。
2024年4月から、精神科病院で虐待を発見した場合の通報が義務化された。今回の集計は初年度の結果であり、これまで見えにくかった精神科病院内の虐待が表に出始めた形だ。
今後は、通報後の調査、改善計画の実効性、長期拘束や隔離の見直し、第三者による確認が焦点となる。

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