当時の新聞が伝えた「宿直室」
事件翌日の2007年5月12日付東日新聞には、現在の県警ページには掲載されていない当時の状況が残されている。
同紙は、男性がクラブハウス1階の宿直室で発見され、頭部と顔面を鈍器のようなもので殴られていたと報じている。
事件発生直後の報道と、19年後の現在も残る県警資料。
両者を重ねることで、当時クラブハウスで起きた事件の一端が見えてくる。
一方、凶器が何だったのかなど、現在公表されている資料だけでは確認できないことも多い。
未解決事件について、分からない部分を想像で埋めることはできない。
その一方で、19年が経過しても消えていない具体的な手掛かりがある。
午前5時すぎに現れた「白」と「黒」
愛知県警の事件資料には、現在も2台の車について記載されている。
車両火災があった空き地で、5月11日午前5時すぎごろ、不審な車2台が目撃されていた。
1台は、
「白っぽいセダンタイプ」。
もう1台は、
「黒っぽいバンタイプ(窓にスモーク張り)」。
ここで、もう一度時間を確認してみる。
県警が示す事件発生時間の終わりは「午前5時10分ごろ」。
不審車が目撃されたのは「午前5時すぎごろ」。
そして車両火災の通報があったのは「午前5時24分ごろ」だ。
夜明け前の短い時間帯に、複数の出来事が集中している。
ただし、愛知県警は現在の公表資料で、この2台を「犯人の車」や「逃走車」とはしていない。
誰が乗っていたのか。
事件とどのような関係があるのか。
そもそも事件に関係する車だったのか。
その答えは公表されていない。
確かなのは、事件から19年が経過した現在も、県警がこの2台の特徴を事件資料に掲載しているということだ。
なぜクラブの車は燃えていたのか
もう一つ、現在の資料を読んでも答えの見えない部分がある。
燃えていたのが、平尾カントリークラブ「所有の車」だったことだ。
クラブハウスで男性が殺害され、事務所が荒らされていた。
その一方で、クラブ所有車は別の場所で燃えていた。
なぜ、その車がそこにあったのか。
誰が移動させたのか。
なぜ燃えていたのか。
現在の愛知県警の事件概要は、そこまで説明していない。
したがって、車が犯行に使用された、証拠隠滅のために燃やされた、といった推測を事実として書くことはできない。
19年後に残された公表資料から確認できるのは、「クラブ所有車が燃えていた」という事実までである。
次ページ
事件翌年には「懸賞金」――それでも解決しなかった19年