【愛知•豊橋】汐田橋のトイザらスはなぜ撤退した?約20年で閉店した背景、跡地から見える商業の変化

豊橋・汐田橋のトイザらスはなぜ閉店したのか、2017年の撤退理由と跡地を考察

愛知県豊橋市の汐田橋周辺に、かつて大型玩具店「トイザらス・ベビーザらス豊橋店」があった。

クリスマスや誕生日を前に、玩具を探しに訪れた記憶を持つ豊橋市民も少なくないだろう。

しかし、同店は2017年7月8日に閉店。豊橋市からトイザらスの店舗が姿を消した。

では、なぜ豊橋のトイザらスは撤退したのか。

調べてみると、豊橋店について「これが閉店理由だ」と詳細に説明した一次資料は確認できない。

一方、閉店した2017年前後の小売市場、EC通販の急成長、玩具市場、そして閉店後の跡地利用まで追っていくと、当時の大型玩具専門店を取り巻いていた大きな変化が見えてくる。

週刊TAKAPI編集部が、確認できる事実と市場データから考察する。


豊橋のトイザらスはどこにあった?1997年開店、約20年営業

トイザらス・ベビーザらス豊橋店があったのは、豊橋市牟呂町扇田35-1。

汐田橋周辺の商業エリアだ。

閉店情報では1997年7月に開店し、2017年7月8日に閉店したとされており、約20年間にわたって豊橋で営業した店舗だった。

2011年にはベビー用品を扱う「ベビーザらス」を併設した店舗へリニューアルしている。

大型店舗の中に大量の玩具が並ぶトイザらスは、現在のネット通販とは違い、店へ行って商品を見ながら選ぶこと自体が買い物体験の一部だった。

その店舗が2017年に姿を消した。


豊橋トイザらスはなぜ閉店した?「売れなかった」とは断定できない

まず整理しておきたい。

豊橋店の閉店について、

「赤字だった」
「客が来なくなった」
「少子化が原因だった」

などと断定できる資料は、今回確認した公開情報からは見つからなかった。

店舗単体の売上高、利益、来店客数、賃料なども公表されていない。

そのため、本記事では特定の一つを「撤退理由」と断定せず、閉店した2017年前後にどのような市場変化が起きていたのかを検証する。


【考察①】Amazon・楽天などEC通販の拡大、「店へ行く」必要性が変わった

最初に注目したいのが、インターネット通販の急拡大だ。

経済産業省によると、2017年の物販系BtoC-EC市場は8兆6,008億円。

そのうちスマートフォン経由だけでも3兆90億円に達し、前年比17.7%増。物販EC全体の35%をスマートフォン経由の購入が占めていた。

つまり豊橋店が閉店した2017年は、スマートフォンで商品を検索し、そのまま購入する消費行動が急速に拡大していた時期だった。

玩具は特に、

「欲しい商品の名前が決まっている」
「型番や商品名で価格を比較できる」
「自宅まで配送してもらえる」

というECとの相性が良い側面がある。

かつてなら子どもを連れて大型玩具店へ行っていた家庭でも、ネットで価格を比較し、そのまま購入できるようになった。

大型店舗へわざわざ足を運ぶ意味が変化し始めていた時期だったと考えることはできる。


【考察②】「少子化だから撤退」だけでは説明できない

トイザらスのような玩具店の閉店を見ると、「子どもが減ったからでは」と考えたくなる。

しかし、ここは注意が必要だ。

日本玩具協会によると、2017年度の国内玩具市場規模は約8,000億円。前年度比99.7%で、ほぼ横ばいだった。

つまり、豊橋店が閉店した当時に玩具市場全体が急激に消滅していたわけではない。

さらに2025年度には国内玩具市場が1兆1,664億円となり、過去最高を更新している。

少子化が進んでも、トレーディングカード、ホビー、ぬいぐるみなど子ども以外も購入する分野が成長しているためだ。

したがって、

「少子化→玩具が売れなくなった→豊橋店撤退」

という単純な構図では説明できない。

むしろ重要なのは、玩具そのものが売れなくなったのではなく、「どこで買うのか」「誰が買うのか」が変化してきたことではないだろうか。


【考察③】大型玩具専門店を取り巻く競争が変わった

トイザらスの強みは圧倒的な品ぞろえだった。

玩具専門の大型売り場へ行けば、

ゲーム、
人形、
キャラクター玩具、
知育玩具、
自転車、
ベビー用品

などをまとめて見ることができる。

しかし、その後はネット通販だけでなく、家電量販店やショッピングモールなどでも玩具を購入できる環境が広がった。

大型専門店にとっては、専門店同士だけでなく異業種を含めた競争になっていく。

実際、日本トイザらスを巡っては近年、帝国データバンクも、インターネット普及による購買行動の変化や大手家電量販店など他業態との競争激化を経営環境の変化として指摘している。

もちろん、これは日本トイザらス全体についての後年の分析であり、2017年の豊橋店閉店理由を直接示したものではない。

ただし、大型玩具専門店を取り巻く長期的な環境変化を見る材料にはなる。


【考察④】汐田橋の「立地そのもの」が悪かったとは考えにくい

そして、豊橋店の閉店を考えるうえで非常に興味深いのが跡地だ。

トイザらスが閉店した後、この土地が長期間放置されたわけではない。

愛知県の大規模小売店舗立地審議会資料には、

所在地:豊橋市牟呂町字扇田35番1

として、

「(仮称)DCMカーマ豊橋汐田橋店専門館」

の新設計画が記録されている。

つまり、トイザらス撤退後も、この土地には大型商業施設としての需要があったことになる。

これは重要だ。

もし汐田橋周辺そのものが商業地として完全に競争力を失っていたのであれば、閉店後に別の大型小売施設へ転換される動きとは必ずしも一致しない。

むしろ、

「場所が悪かった」というより、「その場所で求められる業態が変わった」

と見る余地がある。